第4話 ドライヤーを買いに(家電量販店編)
連休のあと、ドライヤーが壊れた。
ぬるい風しか出ない。
髪が長いと、ドライヤーがないのはけっこう困る。
仕方なく、家電量販店に来た。
棚を曲がったところで、嫌な予感がした。
――いた。
電気ケトル売り場で、ぶつぶつと数字を数えている男。
三上灯馬だった。
「四十八、四十九、五十……」
「何を測ってるんですか?」
つい話しかけてしまった。
「沸騰までの時間だ」
「……沸いてないですよね」
三上は箱を指さした。
「このモデルは、沸騰すると底面のランプが消える」
「……そうなんですか」
「今、消えた」
消えていない。
三上はうなずいた。
「約六十秒。沸騰の音も悪くない」
音まで聞こえているらしい。
沸騰していないのに。
「湯気と音とランプ。三点セットで、人は満足する」
「……はあ」
「沸騰の定義は100度だけど、満足の定義は演出なんだ」
意味が分かるような、分からないような理屈を言う。
やっぱり、この人の見ている世界は少し違う。
三上は隣のケトルの箱を見て、また測り出した。
「ストップウォッチは使わないんですか?」
「今日は忘れてきたんだ」
「スマホでも測れますよね」
「測れるね。でも、計測は計測の道具でやるべきだ」
「違いあるんですか」
「集中できる」
「精神論じゃないですか」
「そもそも、スマホはガラスだろう。指が滑る」
そこなのか、と思った。
「……じゃあ、時計見ればいいんじゃないですか」
「時計を見ると、どうしても今何時か、何分経ったかに意識が引っ張られる。
知りたいのは体感だからね」
「何かご不明な点がございますか?」
すぐ後ろから声がした。
振り向くと、店員が立っていた。
いつから聞いていたんだろうと思った。
三上は振り向きもせず言った。
「全部だ」
店員がきょとんとする。
わたしも、きょとんとした。
「全部を箱に閉じ込めてる」
「展示品がない。これでは、本体の想像まで客にやらせることになる」
店員が、どう返していいか分からない顔をした。
「想像は疲れる。疲れると、人は買わない」
なるほど、とは思いたくなかった。
わたしはケトル売り場を離れた。
目的はこっちだ。
ドライヤーの棚の前で立ち止まる。
強風とか、大風量とか、マイナスイオンとか。
どれがいいのか、正直よく分からない。
ふと、ホテルのドライヤーを思い出した。
あれは、やたら強かった。
乾くのが早くて、ちょっと感動したくらいだ。
……ああいうのがいいのかな、と思う。
でも、節約もしたいし。
棚の前で、いちばん安いドライヤーを手に取る。
まあ、これでいいか、と思った。
「そのドライヤーは、時間を乾かしてる」
三上が、いつの間にか隣に立っていた。
「これ、風量いくつ?」
「知りません」
三上は同じ箱を手に取って言った。
「毎分の風量が弱い。乾くまでに余計に七分かかる」
「七分くらい、別にいいです」
「毎日七分だと、一年で約四十二時間だ」
なぜ年単位で考えるんだ、この人は。
三上は棚の上段を指さした。
「こっち」
値段が、倍だった。
「高いです」
「時間は安くない」
即答だった。
わたしは箱を見比べる。
高い方。
安い方。
風量。
値段。
頭の中で、天秤みたいなものが揺れる。
「花をやめれば、買えるね」
「やめません」
即答した。
「……これにします」
結局、真ん中くらいの値段の箱を持って、レジに向かった。
三上は言った。
「悪くない選び方だ。
七分が三分になれば、人生で二ヶ月くらいは取り戻せる」
計算が早すぎると思った。
しかも、さっきまで一年単位だったのに、急に人生になった。
家に帰って、新しいドライヤーを使った。
乾くのが早い。
前のより、はっきり分かる。
少しだけ、悔しかった。
三上に言われたからではない。
たまたまだ。
そういうことにしておいた。




