9話 リル!気に入った!
倒れた母子を公爵家へ運び込むと、姉様は迷わず「ここで休ませましょう。」と指示を出した。
使用人たちが戸惑う中、二人が客室で眠りについたのを見計らい、私はエルザ姉様に質問した。
「ねえ、ねえさま。どうして、知らないひとをおうちに連れてきたの?」
普通の母子なら、詰所か教会へ預けるはずだ。
エルザ姉様は少し悲しげに目を伏せた。
「…あの方たち、最近没落した『プランタン男爵家』の奥様とご令嬢だわ。
噂で聞いていたの。
男爵家は『虹の広場』の建設に多額の拠出をして債務を抱え、挙句、お父様は若い女を連れて逃げてしまったのだとか……。」
(あ〜。ハニートラップかな?。
債務もその女の差し金っぽいなー。
典型的な没落パターン確定じゃない?)
十二歳の姉様は、まだ同情心の残るお年頃だ。
父様や母様にバレれば「身元の保証がない者を勝手に入れるな」と叱られるだろうが、姉様なりに放っておけなかったのだろう。
やがて、目を覚ました母親のリズと娘のリルが、私たちの前で深々と頭を下げお礼を言った。
そして姉が問う。
「行くあては…あるのですか…?」
エルザ姉様の問いに、母親は弱々しく微笑んだ。
「…実家の小さな商家に。
温かく迎えてもらえるかは分かりませんが、それしか道はございませんから。」
迎えも来ず、こんな場所で絡まれている時点で、実家との関係もお察しだ。
けれど、私はここでは引き留めなかった。
人は、本当の絶望を味わわない限り、他人の軍門に降ることはないからだ。
私はすれ違いざま、娘のリルにだけ聞こえる声で囁いた。
「なにかあったら、ここにもどってきて。力になるよ。」
リルは不思議そうな顔をしていたが、「はい。その時は…。」と小さく言った。
それから一週間後。
「イザベル様!イザベル様にお目通り願います!」
ボロッボロの格好になったリルが私の元へ来た。
リルを部屋へ通し、話を聞く。
正直、予想以上にボロボロになって来たから驚いたが、冷静を装いリルに聞く。
「どうなさいましたか?」
「……お母様が、倒れました。
実家の商家は今、取引先である異種族の商人から『契約の不備』を突かれ、巨額の違約金を請求されていて……母は寝る間も惜しんで働いていました。
男爵家にいた時から、母は父から邪険に、酷い扱いを受けていたのも原因かもしれませんが……。
とにかく、もう、限界で……。」
商売慣れしていない異種族を「おもてなし」しようと、ガバガバな契約を結んだ結果、逆に弱みを握られてしまったわけね。
前世でもよくあった、無知ゆえの搾取だ。
私は、震えるリルを真っ直ぐに見つめた。
「私なら、たすけてあげられる。
父様にたのんでもいいし、お金もある。
そしたら……あなたは私に何をくれる?」
四歳児の口から出たとは思えない、冷徹な取引の要求。
リルが狼狽えるか、「力になるって言ったのに、詐欺師!」と罵るのを私は想定していた。
だが、彼女は即答した。
「私の、全てを捧げます。
……命も、時間も、未来も。
私にはお母様しかいないのです!
だから…………お願いします…お母様を……。」
その瞳には「覚悟を決めた人間」の輝きがあった。
気に入った。
この子なら、任せられる。
「いいわ、取引成ねっ!
リル、まずはお母様を助けに行きましょう!
契約書の不備なんて、私の前ではただの紙屑よ!」
あまりの「優良物件」との出会いに、私は四歳の話し言葉を忘れ、流暢に喋ってしまうほど興奮していた。




