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『三十四歳、同じ教室の別々の恋』

『三十四歳、同じ教室の別々の恋』Part.2

作者: 綾戸燈和
掲載日:2025/12/23

第五章|夜の廊下、知らない街


― 修学旅行/片思い ―


修学旅行の夜は、いつも現実味がなかった。

知らない街。同じホテル。消灯時間を過ぎても、誰も本気で眠ろうとしない。

廊下に出ただけで、少し大人になった気がした。


彼と話したのは、自動販売機の前だった。

「眠れない?」

それだけの会話。それだけなのに、胸の奥が、ひどく騒がしかった。

好きだと気づいたのは、ずっと前だった。でも、伝える勇気はなかった。

修学旅行という特別な時間が、背中を押してくれる気がして、私は彼の隣に立った。

「明日、自由行動だね」

「うん」

会話は、それ以上続かなかった。

部屋に戻る途中、廊下のカーペットがやけに柔らかく感じられた。現実から切り離された場所。

何も起きなかった。

手も触れなかった。

約束もしなかった。

それでも、私の中では、その夜が特別になってしまった。帰ってからも、彼を見るたび、修学旅行の夜を思い出した。でも彼は、何も変わらなかった。


 三十四歳の同窓会。

「修学旅行、覚えてる?」

勇気を出して聞いた。

「うーん……楽しかったよね」

それだけだった。私は、胸の奥で小さく息を吐いた。


片思いは、相手が忘れてしまった瞬間に、ようやく現実になる。あの夜は、私だけの物語だった。

それでいい。

思い出は、共有されなくても、確かに存在していた。


第六章|正解だった恋


― 両片思い/清算 ―


付き合っていた期間は、長くなかった。

はっきりした理由もなく、気づけば連絡が減って、自然消滅のように終わった恋だった。高校を卒業してから、それぞれ別の道を歩いた。名前を思い出すことも、年々少なくなった。


三十四歳の同窓会で、彼と目が合ったときまでは。

「久しぶり」

その一言で、当時の記憶が一気に戻ってきた。


放課後の帰り道。特別なことは何もしていない。ただ隣を歩いて、同じ方向に帰っていただけ。

「なんで別れたんだっけ」

彼が笑いながら言った。

「覚えてないね」

私も笑った。

若い頃は、恋に“理由”を求めすぎる。好きだった。

でも、それを続ける方法を知らなかった。それだけのことだった。

「正直に言うとさ」

彼が、少し真面目な顔になる。

「君のこと、ずっと好きだったよ」

一瞬、言葉を失った。

「私も」

驚くほど、自然に出た。

両片思いだったと知っても、もう胸は痛まなかった。

今さら、やり直そうとは思わない。あの頃の二人には、あの形が精一杯だった。

「失敗だったと思ってた?」

彼が聞いた。

「ううん」

私は首を振る。

「正解だった」

短くても、未熟でも、あの恋があったから、今の自分がある。


『乾杯』


清算とは、忘れることじゃない。

間違いじゃなかったと、胸を張って言えるようになること。それができた夜、同窓会は静かに終わった。


第七章|三軒先は恋


― 幼馴染/両片思い ―


家は三軒隣だった。だから、好きになる前に、生活の一部になってしまった。

朝は同じ時間に家を出て、帰りも、自然と並んで歩いた。雨の日は傘を半分こして、それを特別だと思ったことはなかった。

「今日、先行くね」

「うん」

そんなやり取りが、ずっと続くと思っていた。


高校に入って、周りが次々に恋を始めても、私たちは変わらなかった。変えなかった、のかもしれない。告白しなかった理由は、簡単だった。もし断られたら、この距離が壊れる気がしたから。

彼が誰かと付き合ったと聞いたとき、胸が静かに沈んだ。でも、何も言えなかった。幼馴染は、失う怖さが、恋心より先に立つ。


三十四歳の同窓会。久しぶりに並んで立つと、距離感だけは昔のままだった。

「そういえばさ」

彼が言う。

「俺、好きだったよ」

心臓が、一拍遅れた。

「ずっと?」

「たぶん、最初から」

私は、思わず笑ってしまった。

「私も」

言ってしまえば、あまりにもあっさりしていた。

でも、後悔はなかった。両片思いだったと知っても、もう人生は交わらない場所にいる。それでも、この関係を失わずにいられたことが、何よりの答えだった。


家は今も、三軒隣。でも、もう同じ道は歩いていない。それでいい。幼馴染の恋は、叶わなくても、帰る場所みたいに残る。


第八章|いなくなった席


― 転校/片思い ―


月曜日の朝、彼女の席だけが空いていた。前触れはなかった。金曜日までは、普通に隣で笑っていたのに。

「転校したんだって」

誰かがそう言った。それ以上の説明はなかった。机はすぐに片づけられ、名札も外された。まるで、最初からいなかったみたいに。

私は、何も聞けなかった。好きだった。でも、それを自覚したのは、彼女がいなくなってからだった。話しかける理由も、告白する勇気も、全部、「明日」がある前提だった。転校は、その明日を、いきなり奪う。

卒業まで、彼女の話題はほとんど出なかった。新しいクラスの空気は、すぐにそれに慣れてしまう。私だけが、慣れなかった。


三十四歳の同窓会。会場の隅で、スマートフォンを見つめていると、一通の通知が届いた。


――久しぶり。

彼女からだった。

「同窓会、行けなくてごめんね」

画面越しの言葉は、少し他人行儀だった。思い切って、聞いてみた。


――急に転校して、大変じゃなかった?

しばらくして、返信が来る。


――正直、自分のことだけで精一杯だった。それでいいのだと思った。

片思いは、相手の人生に入り込めなかった自分の距離の話だ。彼女は、どこかでちゃんと生きている。それを知れただけで、この恋は終われた。いなくなった席は、今も記憶の中にある。でも、もう振り返らなくていい。

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