後日談 役目の終わった場所で
彼は、街の外れに立っていた。
振り返れば、
あの橋も、川も、もう見えない。
それでいいと思った。
役目を終えた者は、
振り返らない。
それが、彼が最初に教えられたことだった。
*
約束を終わらせる者は、
約束を持たない。
名前も、居場所も、
「また会おう」も。
彼はそれを、不自由だと思ったことはない。
少なくとも――
彼女に会うまでは。
翼を持つ少女。
いや、もう持っていない少女。
彼女の背中から
最後の羽が消えた瞬間を、
彼は確かに見ていた。
終わりは、静かだった。
拍子抜けするほど、普通だった。
でも、
それでよかったのだと分かっている。
*
彼は思い出す。
初めて彼女を見た時、
翼よりも先に目に入ったもの。
――立ち止まっている足。
飛べないからじゃない。
重いからでもない。
進まないと決めていた足。
あれが、
彼女が背負っていた本当の重さだった。
*
「全部、終わったのか?」
誰もいない道で、
彼は自分に問いかける。
答えは、すぐに出る。
――終わっていない。
約束は、今日も生まれる。
守られないものも、きっと増える。
彼の役目が消えたわけじゃない。
ただ、
一人分、減っただけだ。
それでいい。
*
彼は歩き出す。
次の街へ。
次の約束へ。
けれど、歩きながら、
ふと立ち止まる。
胸の奥に、
今までなかった感覚がある。
名前のない、
小さな引っかかり。
――覚えていたい。
その考えに、
彼自身が驚いた。
*
「……いや」
彼は首を振る。
覚えるのは、
彼の役目じゃない。
でも。
彼は、ほんの一瞬だけ、
約束をする。
――翼のない彼女が、
ちゃんと前に進めていますように。
誰にも渡さない約束。
守られなくても、
終わらせなくてもいい約束。
それでも――
彼の背中に、何も生えなかった。
彼は、少しだけ笑う。
「悪くないな」
そして今度こそ、
振り返らずに歩き出した。




