受け取らない、という選択
背中が、まだ重かった。
羽音は止まっているのに、
翼はそこにあることを主張し続けている。
ユイは広場の端に座り込んでいた。
石の冷たさが、体温をゆっくり奪っていく。
「終わらせるって……どうやって?」
問いかけは、ほとんど囁きだった。
少年は少し考え、
それから言葉を選ぶように口を開いた。
「約束には、二つの終わり方がある」
一つは、守られて終わること。
もう一つは――
「誰も受け取らないまま、終わること」
ユイは顔を上げた。
「……受け取らない?」
「そう。君は今まで、
“誰かが忘れた約束”を全部引き受けてきた。
だから翼が生えた」
少年はユイの背中を指ささない。
あくまで、そこにあるものとして語る。
「でも本当は、
受け取らなくてもいい約束もある」
風が吹いた。
羽が、わずかにざわめく。
ユイは首を振った。
「でも……
受け取らなかったら、その約束は――」
「消える」
少年は、はっきり言った。
ユイの胸が、きゅっと縮む。
消える。
忘れられる。
最初から、なかったことになる。
それは、
彼女がずっと恐れてきた結末だった。
*
その時、遠くで声がした。
「……ごめんね」
振り向くと、
朝に会った少女が立っていた。
母親の手を、しっかり握っている。
「待たせちゃって、ごめんね」
少女はそう言って、
もう泣いていなかった。
その瞬間、
ユイの背中が――何も反応しなかった。
羽は生えない。
重みも増えない。
ただ、風だけが通り抜ける。
ユイは息を呑んだ。
守られた約束には、
翼は必要ない。
当たり前の事実が、
今になって胸に落ちる。
*
少年が、静かに言う。
「全部の約束を、
君が覚えてる必要はない」
ユイは、ゆっくり立ち上がった。
背中に手を伸ばす。
羽の感触が、確かにある。
でも――
「……これは」
ユイは、はっきり言葉にした。
「これは、私のじゃない」
初めてだった。
翼を、拒んだのは。
約束を背負うことを、
優しさだと思わない、と決めたのは。
その瞬間、
一枚の羽が、静かにほどけた。
落ちるでもなく、
消えるでもなく。
――最初から、そこに無かったみたいに。
ユイは泣かなかった。
代わりに、深く息を吸う。
少しだけ、背中が軽い。
少年は、わずかに笑った。
「今のが、選択だ」
ユイは空を見上げる。
飛べない翼は、まだある。
でももう、それだけじゃない。
――受け取らない、という未来も。




