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約束の羽  作者: あお〜い
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重さの正体

朝の街は、約束の匂いがした。

焼きたてのパンの香りや、洗濯物の石鹸の匂いに混じって、

言葉にならなかった言葉たちが、湿った空気の中に残っている。

ユイは橋の上で立ち止まった。

川面は曇っていて、自分の姿はぼんやりとしか映らない。

それでも背中の翼だけは、はっきりとした重みで存在を主張していた。


昨日より、確実に一枚増えている。


理由は分かっていた。

昨夜、港で聞いた声だ。


――明日、迎えに来るから。


そう言った男は、もうこの街にいない。

朝の船で出ていったことを、ユイは知っている。

約束が破られた瞬間、羽が生えた。

それは痛みではなく、理解に近かった。


「……やっぱり、そうだよね」


独り言は、川に落ちて消えた。



街の人々は、ユイの翼について何も言わない。

見えていない者が大半で、

見えていても「触れてはいけないもの」として扱う。


例外は、あの少年だけだった。


昨日、路地裏でぶつかった時、

彼は一歩も引かなかった。


「重そうだね」


それは同情でも好奇心でもなく、

事実をそのまま置いただけの声だった。


ユイはその言葉が、

ずっと胸の奥で揺れていることに気づく。


重いのは、翼なのか。

それとも、覚えていることそのものなのか。



橋を渡りきったところで、

小さな女の子が泣いていた。


「どうしたの?」


声をかけると、少女は顔を上げた。


「ママがね、

 すぐ戻るって言ったのに……」


ユイは息を止めた。

その瞬間、背中がきしむ。


まだ、生えていない。

けれど――予感は、もうそこにある。


「一緒に待とうか」


そう言った自分の声が、

少し震えているのを、ユイは聞き逃さなかった。


少女の約束は、

まだ終わっていない。


だから今日の翼は、

これ以上増えてはいけないのだ。


ユイは空を見上げる。

飛べない翼が、風を受けて静かに揺れた。

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