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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

【夏のホラー20XX】向け短編

古き壺

作者: えどまき

 空は雲ひとつなくあきれるほどに青く晴れ渡っており、中天に浮くぎらつく太陽が大地を焼いていた。

 連日の猛暑により、もはや暑いを超えて熱いというレベルで、渇水もすでに深刻な領域に入っていた。

 そんな八月も中旬に差し掛かった頃。島田和已(かずみ)は実家に帰省した。

 実家は地方の端っこのそのまた片田舎にある。周囲の人家はまばらで、辛うじて限界集落を免れている程度の人口しかなく、それ以外は田んぼと山が占めている。その田んぼも干からびかけており、山も乾いて瑞々しさを失っていた。


 家族に顔を合わせた後、和已は自室で休んでいた。

 地元でよく飲まれている冷たい抹茶ドリンクを飲みながら、ちゃぶ台の上でとりあえずスマホとモバイルバッテリーを充電する。


「和已、おかー」

「おう、雄一。ひさしぶり」


 母方の従弟である東山雄一がやってきた。大学生の彼も夏休みで家族とともに遊びに来ていた。


「なあなあ和已、さっきここの納屋で妙なモノを見つけたんだけど」

「妙なモノ?」

「すんげー古そうな壺。なんかお札みたいなのでやたら厳重に封がされててさ」

「へえ?」


 古い壺というだけなら別段珍しくもないが、どうにも奇妙な物らしい。

 和已は現物を見ることにした。

 そこそこ広い敷地の隅にある納屋の中、奥の棚の下のスペースに隠れる形で、かなり埃を被った壺が置かれていた。意図して隠そうとした風ではなく、無造作にそこに置いていたらいつの間にか忘れられていたかのような、すごく雑な扱いに見えた。


「たしかに、これはなんというか、奇妙というか不気味というか……」

「だろ?」


 大きさはバケツくらいだろうか。材質は陶器のようだが、表面は溝や畝が奇怪な紋様を描いており、ところどころ不規則に突起や棘が伸びていた。あまり骨董品には詳しくないが、似た意匠の壺というのは見たことがない。縄文時代の火焔土器ともだいぶ違う様式である。

 壺の口は蓋がなされ、隙間を蝋でぴっちりと埋めてあった。そして、蓋に封をするようにお札のようなものが貼られていた。封はよくある魔除けのお札などと違って、およそ文字とは思えないようなこれまた奇妙な紋様がびっしりと描かれている。

 なんとも奇怪としか言いようがなく、ホラーゲームに出てくる魔界のオブジェクトと言われれば納得してしまいそうなくらいの、不気味で禍々しい雰囲気を醸し出していた。

 持ち上げて振ってみると、ちゃぷちゃぷと音がして、どうやら中には液体が入っているらしい。


「何だろう。かなり古そうだが、うちでこんな変な曰くがありそうな壺の話なんて聞いたことないな」

「なんか呪われてそうだろ」

「うーん……」


 納屋自体は昭和の終わりごろに建て替えられたので、壺が置かれたのはそれ以降になる。だが、壺自体はもっと古そうだった。

 雄一が見たいというので、手渡そうとした。そのとき、手元がくるって、壺がぽろっと落ちた。


「あ」

「あ゛っ」


 床に落ちた壺は、がちゃんっ、と音を立てて割れた。

 そして中身が床に零れ落ちた。


「水……?」


 ぱっと見、それは透明な水にしか見えなかった。

 雄一がそれに指を伸ばし、触った。くんくんと臭いを嗅ぐと、おもむろにペロリと舐めてしまう。止める間もなかった。


「ん、臭いもないし、何も味がしない。ただの水みたいだ」

「お、おい!? いくら水みたいに見えたって、毒とか細菌が混じってるかもしれんだろ」

「いやまあ、大丈夫っしょ。なんともなってないし」

「封印されてたもんだろ。何が入ってるかわかったもんじゃない」

「和已は考えすぎなんだよ。いくら古いったって、そんな大げさなもんここにあるわけないっしょ」

「はあ、まったく……ん?」


 ふと割れた壺を見ると、一瞬、中に半分ほど残っていた水がソフトボールほどの大きさの球にかたまって、ふわっと浮かび上がったように見えた。

 光の加減で見間違えたのか。しかし、それはすぐに形を崩してただの水に戻った。


 床のほうはといえば、こぼれた水はまるで石の床に染み込むように消えていくところだった。どう見ても、普通に水が乾燥していく様子とはかけ離れていた。一分もたたないうちに完全に消えてしまい、後には濡れた痕跡がまったくない床が残った。

 壺に残った水も跡形なく消えてしまった。

 後には割れた壺だけが残った。



 案の定というべきか、一時間もしないうちに雄一は体調を崩した。

 顔色があからさまに悪くなり、冷や汗をだらだらと流しながら、吐き気と腹痛にみまわれて、トイレに駆け込んだ。

 トイレから出た後は、自力で立ち上がれないほど憔悴しており、客間に運んで寝かせることになった。

 顔色は血の気が引いたように白くなり、寒気からか全身を震わせていた。

 あまりにも急激な悪化で、親族含めて全員が大慌てとなった。これはもうヤバいということで、救急車も呼んだ。


 それまで晴れ渡っていた空が急激に曇り始めていた。



 遠くから救急車のサイレンが聞こえてきたときだった。


「おーい、雄一、もうじき救急車くるからな、あと少しの辛抱…………!?」


 雄一のいる客間に入った和已は、そこで目にしたモノに呆気に取られた。

 寝ている雄一の上、1mほどの高さに、水の塊が浮いていた。

 それはバスケットボールくらいの大きさだった。無色透明だが、屈折によって向こう側のものが歪んで見えた。表面は波打っていて、やや形を変えながらも概ね球状を保っている。

 そんな、まさに水の塊としか表現のしようのない物体が、重力を無視するかのように雄一の上で漂っていたのだ。


「な……」


 よく見ると、雄一の体から湯気のようなものが出ていて、それが水の塊に吸い込まれ続けていた。涙腺から溢れた涙や、口からこぼれる涎までもが、宙に浮き上がって水の塊へと上っていった。

 見る間に雄一の体からは水気が失われていき、肌はカサカサに乾燥していく。


「お……ぅぉ……お…………」


 雄一の口からは力のないうめき声が漏れた。そして、眼球の水分も失われて、最後に「ふ……」と息を漏らすと、雄一は動きを止めた。

 和已が部屋に入って十秒もたたないうちの出来事だった。


 雄一が持っていた水分を余すことなく絞りきった水の塊は、不意に浮かび上がると、天井にぶつかった。そして、天井に染み込んでいって、何の痕跡も残さず消えた。

 後に残ったのは、完全に干からびた雄一のミイラだけだった。


「な……」


 目にした光景が理解できず、和已は呆然としたままだった。



 当然ながら、大騒ぎとなった。昼間は元気にしていた人間が、今は即身仏となっているのである。

 救急隊員が来たものの、干からびた遺体を診たところでやれることは何もなかった。

 あからさまな変死体ということで、警官も呼ばれることとなった。いったいいつからこの状態になっていたのか詰問されたが、ありのままを話してもまったく信用はされなかった。家族とて実物を見ても信じられない話なのだ。

 和已が目撃したモノについては、もっと突拍子のない話なので、そもそも誰にも話していない。

 遺体は救急車に収容されて搬送、検死にまわされることとなる。


 その頃になると、異様に暗く濃く垂れこめた雲から雨が降りだした。かなりの土砂降りである。激しい雨音をかき消すように、雷鳴もごく近くで轟いていた。

 ここしばらくの渇水の心配を吹き飛ばすのに十分すぎるどころか、いささか過剰すぎて水害が心配されるレベルだった。

 救急隊員も、警官も、見送りに出てきた家族の半数も、そして和已も、みんな雨に濡れた。



 和已は雨音を聞きながら、自室でちゃぶ台に突っ伏していた。

 さっきから微妙に吐き気と腹痛がし始めていた。冷や汗が止まらない。雄一の症状に酷似している。

 和已だけではない。家族の何人かも倒れ始めた。まるで感染症のようだ。


(雄一から感染した……? 違う。あの水が、雨に混じってるんだ……)


 壺に封じられていた水。それを舐めた雄一は干からびて、体から抜け出た水分が球となって宙に浮いていた。その水が雨に混じって落ちてきている。

 突拍子もない発想である。だが、直感的に和已にはそれが正解のように思えた。

 今倒れているのは、搬出時に雨に濡れた人だ。ひょっとすると、あの時あの場で雨に打たれながら搬出作業をしていた救急隊員や警官も倒れているかもしれない。


 ぴちゃん


 ふと、水音が聞こえた気がして顔を上げると、ちゃぶ台の上に水がこぼれていて、そこで充電中のスマホとモバイルバッテリーが濡れていた。


「わ、やばっ」


 水に濡れてスマホが故障するくらいならまだいい。しかし、リチウムイオンバッテリーがショートして火災に結びつくケースは最近よく耳にする。特にバッテリー本体が火を噴いた場合は本当に危険だ。

 和已は慌ててケーブルを引っこ抜くと、スマホとバッテリーを掴み上げて拭いた。幸い、発熱などの異常はないようだ。はぁ~、と和已は安堵した。


 ぴちゃん


 ちゃぶ台の上で水滴がはねた。


「え?」


 さらに雫がぽたりぽたり上から落ちてくる。いや、ぼたりぼたりとどんどん勢いを増していく。

 目を真上に向けると、天井から水が染み出してきていた。


「雨漏り……? そんなわけ……」


 この家は十年ほど前に建て替えていて、雨漏りするほど古くはない。この部屋は一階で、すぐ真上の二階には別の部屋がある。いくら外が豪雨にさらされていたとしても、この部屋で雨漏りというのは考えにくい。あるいは上の部屋でなにかバケツでもひっくり返したのか。

 上の階の様子を見に行かねばと思った矢先、ゾクっと震えがきた。

 天井の染みがぶわっと広がった。ボタボタと外の雨に匹敵するくらいの勢いで水が垂れてくる。


「!?」


 和已はぎょっとして後ずさった。すると、天井の雨漏りもにじり寄ってきた。まるで和已を追いかけているかのようだった。

 恐ろしくなって和已はその場から逃げ出した。


 廊下をドタドタと走った。だが、廊下の先でも水が垂れ始めていた。慌てて手近な部屋へ入った。

 そこは縁側もある大広間で、縁側の先には中庭が見えている。

 その中庭の小さな池の上に、大きな水球が浮かんでいた。前に見たバスケットボールサイズどころではなく、直径2~3mはありそうだった。

 咄嗟に、和已は手に持っていたモノを投げつけた。先ほど確保した大容量モバイルバッテリーだ。

 ぼちゃんっ、と音を立てて、バッテリーが水の塊にもぐりこんだ。


 そこからの出来事は本当に一瞬のことだった。

 まず、バッテリーの電極がショートしたのか、バチっと光った。

 その直後、天から雷が落ちて中庭で炸裂した。

 さらに落雷でバッテリーのケースが破損でもしたのか、爆発的な勢いでリチウムイオンバッテリーの中身が発火した。

 雷と発火の超高熱にさらされた水球は瞬時に沸騰し、水蒸気爆発でも起こしたのか、激しい閃光とともに一気に膨れ上がって弾けとんだ。


 後に残ったのは、池の上にもうもうと立ち込める湯気だけだった。

 爆風で尻餅をついた和已は、呆然としたままそれを眺めていた。雷の轟音で、耳が麻痺している。

 あれほど土砂降りだった雨は、急激にその勢いを弱めて、小雨となった。厚く垂れ込めていた雨雲に隙間ができて、月明かりが差し込んできた。


「助かった……のか……?」


 ひどくなる一方だった吐き気と腹痛、発熱もきれいさっぱり収まっていた。

 和已はほっと胸をなでおろした。



 結局、あの水と壺は何だったのか、なぜあんなところに置かれていたのか、わからないことだらけである。何もかもが意味不明なままだった。

 だがどの道、ただの一般人である和已が、あのような超常現象じみたモノの真相を理解できるかというと難しいだろう。理解できないなら、理解できないまま放っておくよりなかった。


 ただ、どうやらこれで危険は去ったのだろう。そう思った。

 ――そう思っていた。





『~地方で先月下旬から発生した奇病、通称「ミイラ病」が猛威を振るっています。これまでに死者は百四十五人に上っています。厚生労働省の緊急対策チームはCDC・米疾病予防管理センター及びWHO・世界保健機関などと協力して原因の究明を急いでいますが、依然として解明には至っていません。

 次のニュースです。全国的に張り出した異常な雨雲は停滞を続けており、全国各地で大雨洪水警報が発令されています。気象庁は土砂災害と浸水への警戒を呼びかけ――』


〔了〕


 お読みいただきありがとうございます。


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