◆第8話「落ちこぼれ艦隊、空の運動会!」 「走らないけど、飛びます!」
◆① 開幕:空に咲く演習祭!
それは、空に咲く一日だった。
青空の真ん中に、一斉に飛び上がる飛空艇たち。
赤、青、金、銀――艦尾から噴き出す色とりどりの煙幕が風に乗り、まるで空中に咲いた花のように広がる。
「空中演習祭、開幕です!」
司令塔からの宣言とともに、空の運動会が正式にスタートした。
「艦芸、始まったぞー!」
「B艦隊の“エンジン早組み立て芸”、今年も爆発オチだな!」
「お、あっちじゃ模擬屋台艦がフライングドーナツ売ってる!」
観客席の訓練生たちも大騒ぎ。
空中に設けられた“浮遊演習台”には、各艦が持ち寄った個性満点のブースやパフォーマンスが並び、賑やかに風を彩っていた。
一方――
「……なんかうちだけ地味じゃない?」
クラウゼ号の艦首、仮設デッキに立っていたリリィは、微妙な顔でお茶を差し出した。
「“艦長祈願茶”でございます。おひとつどうぞ」
隣ではレーネが深々と頭を下げている。
「飲むと無事に演習を終えられるって設定なんですよ!」
と、エレナがポット片手にやたら元気。
「茶柱の出現率95%!」
マルグリットがドヤ顔で言いながら、何やらこっそり茶柱を“仕込んで”いた。
――クラウゼ号の艦芸は「お茶と安全祈願」ブース。
お祭り感はそこそこ、インパクトは……微妙。
「どうしてうちだけ、こんな“健康と交通安全”みたいな方向性に……」
リリィは額を押さえた。
とはいえ、意外にも訪れる客はぽつぽつといた。
「疲れてたし、こういうのもいいよね」
「なんか落ち着くなー……他の艦、爆音ばっかりだし」
「茶柱……二本出た!?これ逆にフラグじゃない!?」
艦の周りには、静かな笑い声があふれていた。
リリィは、手に残った空の湯のみを見つめた。
ほんのりあたたかくて、湯気がふわりと顔をくすぐる。
(……こんなふうに、誰かの笑顔が見えるのって、ちょっと嬉しいかも)
自分が“中心にいる”という感覚は、まだ慣れない。
けれど、みんながその場を楽しんでくれていることだけは、確かに伝わってくる。
「艦長、どうぞ」
エレナが小さな湯のみを手渡してくれる。
「“艦長専用茶”です。味は……えーっと、なんか頑張れそうな味!」
「……こわいけど、ありがとう」
そっと口をつけると、意外にもふつうに美味しかった。
やわらかく、でも背中を押してくれるような味。
リリィは、視線を空に向けた。
色とりどりの飛空艇が舞い、演習と笑い声が交錯する空。
(この空に、もうちょっとだけ……いたいかも)
クラウゼ号は、今日も派手さはないけれど――
その艦橋に立つ艦長は、ほんの少しだけ前を向いていた。
◆② 出場!?:えっ、なんで私たち出るの!?
「……えっ?」
それが、リリィの第一声だった。
「えええええええっ!?!?」
そして第二声は、空に響くほどの絶叫だった。
クラウゼ号の艦橋。
演習祭の出発デッキに届いた通信文を読んだリリィは、書類を持ったまま硬直していた。
「『C艦隊、競技部門“回避演習”へ急きょ出場を命ず』……これ、誤配達じゃない? ほら、CってBの隣のアルファベットだし!」
「それは数字の隣を読み間違えるレベルですね」
レーネが冷静に返す。
「でも、本当に来ちゃいましたよ? 公式印も入ってます」
エレナがニコニコしながら書類の端を指さした。
「いやいや、ちょっと待って!? うち、今回“通信誘導係”って言われてたよね!? 誘導棒振る係だよね!?!?」
「だったはずなんですけどね~」
マルグリットが気の抜けた声で言いながら、すでに作業着を脱ぎ捨てて飛行服へ着替え中。
「B艦隊の艦、エンジンぶっ壊れたって。急遽、代打でうちが出るってことらしいよ」
「ええぇぇぇぇ……」
リリィは頭を抱え、ぐるぐると歩き回る。
「代打って! 代打で飛空艇飛ばす!? おかしくない!? 文化祭で餅つきやってた人に『じゃあ次は空中戦ね!』って言うみたいなもんじゃん!!」
「いいじゃん艦長~、回避部門だよ? 撃たれないやつ!」
「でも“避け損ねたら爆煙で落下する”やつでもあるよね!?!?」
「ふふ、艦長の操縦スキルが問われますね」
「やっぱり詐欺だこれえええ!!」
エレナは既にテンションマックスで操縦席に座り、スイッチを点検し始めている。
マルグリットはエンジン室に向かって「爆発は今日だけはナシね~!」と叫びながら走っていった。
レーネは「すでに段階5までは訓練済ですから」と、恐怖克服マニュアルの新しいページを開いていた。
リリィだけが、放心状態のまま。
「なんで……どうして……昨日まで“茶柱係”だったのに……」
「うちらの艦芸、“無事に帰る”がテーマだったのに……」
「艦長、落ち込んでるヒマはないですよ!」
エレナの明るい声が飛ぶ。
「いくっきゃないですって! せっかく飛べる艦とクルーが揃ってるんだもん。クラウゼ号の名に恥じぬ“ふわっ”と飛びましょう!」
「ふわっとする余裕あるの!? この状況で!!?」
そして、ついにリリィは天を仰ぐ。
「この空、ぜったい誰かに試されてる……!」
クラウゼ号のプロペラが、無情にも“ふわっ”と回転を始めていた――。
◆③ わちゃわちゃ競技:雲間くぐり&玉入れ!!
「――クラウゼ号、準備はいいかーっ!?」
上空から響く実況の声に、リリィは操縦席で震えた。
「よくないです!……けどもう逃げられないんですよね!?」
「ばっちり飛べますよ艦長!」
エレナが笑顔で親指を立てる。
「少なくとも、昨日よりマシにはしておいた」
機関士マルグリットが工具をぶんぶん振り回す。
「操縦記録は自動で残しておきます。後ほど“艦長ふるふる動画”として解析可能です」
レーネが無慈悲にメモを取っている。
(……何この空気。みんなテンションおかしくない!?)
そう思いながらも、リリィは恐る恐る操縦桿を握る。
指先はじんわり汗ばみ、心臓の音がうるさい。
(大丈夫、大丈夫……“スラローム”って、そんなに激しい動きじゃ――)
「第1競技、『雲間スラローム』、開始ィィィッ!!」
爆音とともにクラウゼ号は発進した。
その前方に立ちはだかるのは、空中に浮かぶ“雲の輪”群――!
大小の白い輪が、絶妙な位置関係で宙に配置され、スピードとコントロールを両方求める「空のジグザグ迷路」と化していた。
「えええ!? あれを“ぐるぐる”って抜けるの!?」
「ぐるぐるじゃないです、ひゅんひゅんです!」
エレナがノリノリで補足。
「そんなオノマトペでどうにかなるかーッ!」
ひとつめの輪、通過。
がくん。
「おっと!? なんか機体が傾いてるけど!?」
「安心してください、仕様です」
マルグリットが涼しい顔。
ふたつめ、三つめ――ぐらぐらしながらも抜けた!
「やった……あれ、ちょっと慣れてきたかも……!?」
リリィの顔に、ほんのりと笑みが浮かぶ。
(怖いけど……なんか、飛んでるって感じがする……!)
最後のリングへ突入――!
「旋回ッ! 旋回しながら回り込むんですよ艦長ッ!!」
「できるかーッ!?」
できた。
ぎこちないながらも、クラウゼ号は“奇跡的に”通過成功!
会場からどよめきと拍手が上がる。
「……生きてる! 今の、私が操縦してた……!」
ほんの一瞬、空がリリィを肯定してくれたような気がした。
***
続く競技は――「空中玉入れ」!
ルールは簡単。
艦に搭載された“風砲”でふわふわの玉を飛ばし、空中の巨大ネットに入れれば得点となる。
「よーし、エレナ砲、発射準備よーし!」
「いや命名おかしいでしょ!」
第一投――
ドゴォォォン!!!
「うわ飛びすぎた!!?」
「大丈夫大丈夫! いまの“審判席の裏”にナイスイン!」
第二投――
バシュン!!
風砲が絶妙な回転を生み出し、玉は大きな弧を描いて――
ズバァァンッ!!!
正面のネットのど真ん中に着弾! 会場大歓声!
「ホームラーン!!」「クラウゼ号すごいぞー!!」「いや逆に狙ってないのにすごい!」
リリィは操縦席であたふたしながらも、少しだけ目を細めた。
(やっぱり、みんながいれば……)
――怖い空の中でも、笑っていられる。
次の玉入れに向かって、クラウゼ号はまた、ぐらぐらしながらも前進した。
◆④ 乱入?:アウローラの乙女たちが審判なのに張り合ってくる!
「――我ら、判定のため参加いたしますわ」
その一言で、空の雰囲気が変わった。
空中演習祭、後半戦の最中。
観客席がどよめく中、ひときわ美しく滑空してきたのは、アウローラ艦隊の紅白の旗をたなびかせた一隻。
その艦橋には、あの金髪碧眼の“完璧令嬢”――アナスタシア・フォン・ヴァイスベルグ。
「え、え? ちょっと、アウローラって今回、審判じゃなかったっけ……?」
クラウゼ号の艦橋で、リリィはポカンと口を開けた。
「うん。確かに“審判席”って名札ついてた。さっきまで手持ちの旗ふってたし」
エレナが双眼鏡で確認しながら言う。
「じゃあなんで、今、砲塔から演出用スモーク出して全速飛行してんの!?!?」
「アレ、もはや競技じゃなくてショーだよね……」
マルグリットが呆れた声を漏らす。
「……みなさん。空の芸は、“見せる”ものですわよ?」
通信が入った。アナスタシアの上品な声音が、空中スピーカーに乗って響きわたる。
「審判とは、最も厳しい目で演習を見つめる者――すなわち、自らも理解していなければなりません」
「判定とは“行動の美学”を語ること。だから、見せて差し上げますわ。これが、空を舞う者の所作――!」
ぶおおおん!
アウローラ艦が急角度で旋回しながら雲間を滑走する。
左右の補助翼が空気をきれいに切り裂き、機体は“一筆書き”のように描線を残していく。
「ひ、ひょぇぇぇっ、芸術飛行ってレベルじゃない!」
「タイムアタックじゃなくて空中バレエだよ!」
「いやこれさっきまで玉入れしてた祭りだよね!?!?」
観客席も競技エリアもざわつく中、他のアウローラ艦クルーたちも便乗。
「玉入れならお任せを♪」
副操縦士マリアが優雅に風砲を構え、真っ直ぐネットへと“すぽっ”と百発百中で入れていく。
「距離、風向き、空流すべて読み切る。アウローラ、演習的中率100%!」
射撃担当のロゼッタがやたら威圧的なスローガンを叫びながら加勢。
「いやいや! もうあなたたち採点側でしょ!?!?」
「これは演習です。模擬決闘ではありません!模擬決闘では……ありませんってば!!」
現場本部から慌てた通信が飛ぶも、当の本人たちは耳に届いていないかのようなノリノリモード。
リリィたちは、もはや動けない。
「これ……勝負じゃなくて、公開処刑ってやつじゃ……?」
「いや、演習です。祭りです。文化祭です……きっと」
「これで次の競技、私たちと直接対決とか言い出したら泣くよ!?」
だが、アナスタシアは言う。
「クラウゼ号――あなたたちの“沈まない”は、確かに届きました」
「でも、空に生きる者として、その意味を知りたいのなら――」
彼女はそっと笑って、こう付け加えた。
「空の舞台で、見せなさい。あなたたち自身の“答え”を――」
◆⑤ 最終競技:即席艦長代理バトル
「それでは、空中演習祭――最後のイベント! “即席艦長代理バトル”、開始ですッ!」
アナウンスの声が、空中広場に響きわたる。
「艦長代理……艦長代理……?」
リリィは、耳を疑った。
(えっ? 代理って……私、本体なんだけど!?)
最終競技の内容はこうだ――
各艦が“艦長代理”を立て、即興で課される課題をこなしていく演習バトル。
一騎討ちではなく、複数艦による同時進行。速さ、正確さ、判断力、全てが問われる空の即興舞台。
各艦では、操縦士や副長たちが立候補していた。
「うちの艦長、普段は書類仕事ですから~」なんて笑いも聞こえる。
――そしてクラウゼ号。
「さて、うちは誰が出る?」
「艦長でしょう」
「当然です」
「反論の余地、ゼロですね」
「満場一致、リリィ艦長で決定~!」
「待って!? 私!? ねぇ、“代理”って、艦長がいないときのためじゃないの!?」
「うちは艦長が“即席”なんで、逆に最適!」
「現艦長、まだ育成モードだから代理でOKという説も」
「本体出場で勝てたら、それこそ演習祭の伝説になりますよ?」
「ちょっと待って、伝説とかいらないから……!?」
でも、仲間たちは笑っていた。
「艦長なら、もう“飛べる”って思ってるよ」
「クラウゼ号は艦長の手で飛ばしてもらいたいんです」
「だって、怖がり艦長が逃げずにいる姿――私、けっこう好きですよ?」
エレナが、にこっと笑った。
リリィは、操縦席にそっと手をかける。
まだ、怖い。
高度計を見ただけで手がじんわり汗ばむ。
風の音に心がざわつく。
だけど――
(でも、今度は逃げない。逃げたくない)
ここに立っていたい。
クラウゼ号と、みんなと、“空”に、もう少し近づきたい。
「……よし」
リリィは息を吸い、座席に身体を預けた。
「“即席”艦長、いってきます!」
プロペラが回る。
クラウゼ号が静かに浮かび上がる。
観客席から、ひときわ大きな拍手が上がった。
恐怖は消えていない。
でも、それよりも強い気持ちが、いま、背中を押してくれる。
リリィは、ついに自分の意志で、空を飛びはじめた。
まさかの、次競技へのフラグであった。
◆⑥ラスト:空を好きになる理由
「クラウゼ号、最終ターン――指定課題、“乗員を守る旋回”へ、移行!」
アナウンスが高らかに告げる。
「……了解、旋回に入ります」
リリィの声は、かすかに震えていた。
(こわい。風が速い、揺れる……こんな中で、本当に守れるのかな)
けれど、すぐそばで聞こえるのは、いつもと同じ仲間たちの声。
「艦長、大丈夫! 姿勢制御、安定してます!」
「重心後ろ気味だから、旋回は左からが安全です!」
「……それに、“うちらの艦長”、もうとっくに沈まないタイプだしね」
(――そっか。私はひとりじゃないんだ)
「じゃあ……いくよ、クラウゼ号!」
リリィは操縦桿を握りしめ、思い切って左に切った。
ぎゅうん――。
機体が大きく旋回をはじめる。
風を切る音。重力の傾き。遠心力の揺れ――
そのすべてを、彼女は“自分の手で制御している”。
操縦席のパネルに小さく光るインジケーター。
そこに、“乗員無事”を示す緑のランプが灯る。
「……っ、よし!」
ぎこちない。でも、確かに的確な旋回だった。
観客席から、どっと拍手が巻き起こる。
「おおっ!クラウゼ号、成功だー!」
「今の、ちゃんと“守るための飛行”だったな!」
「落ちこぼれ艦、やるじゃん……!」
「艦長、顔、顔~。にやけてる~」
エレナが後ろから笑ってつついてくる。
「えっ、そんなこと……えっ、してる!?」
「うん。してる。すごいしてる」
マルグリットがニヤニヤしながら言う。
「そっか……」
リリィはほほを押さえて、小さくつぶやいた。
「……まだ怖いけど、飛ぶのは……ちょっと、楽しいかも」
その瞬間、クラウゼ号の屋根越しに、空がぐんと開けた。
大きな入道雲が、夏のステージのように彼女たちを見下ろしていた。
“沈まない”ことに、ただしがみつくんじゃなくて――
“沈まない”ことを、自分たちらしい意味で示していくために。
リリィの空は、少しずつ変わりはじめていた。




