お前ら3人とも馬鹿で助かったよ
盤上で再び、サイコロが転がる音がする。
「翼は相変わらず運がいいな」
「さっきからずっと6の目ばっか出てる。なんか憑いてるんじゃない?」
出た目は6らしいことが彼らの会話から窺えた。
しかし、彼らが楽しんでいるらしい、恐らくすごろくゲームらしきものを覗きこむことは叶わない。
なぜなら、俺は今、現在誰も使っていない古びた体育予備倉庫で、上半身を裸にされた状態で腕と足をロープで縛られて身動きが取れないからだ。
「1、2、3、4、5、6…………鞭打ち3回の刑だな」
青空翼は愉悦の混じった声を吐きながら、近づいてくる。
俺は3人に背を向けるように縛られているため、足音だけでそう察する。
何かが布地を擦れて引き抜かれる音がした。
次の瞬間、バチンと細長い何かを打ち付ける衝撃と背中を走る焼けるような痛みに身悶えした。
「つぎぃ、2回目っ!!」
バチンと、再び襲い掛かる衝撃と痛み。
ベルトで殴打されているのだとここでようやく理解した。
「いいねぇいいねぇ。でもなんか物足らねぇんだよなぁ」
「神野がなかなか叫び声を上げないからでしょ」
「翼の力が全然足りないんじゃないのか。全く痛くないんだろう」
「言うじゃねぇか。よおーし、次はかなりきついのお見舞いしちゃうぜぇ」
青空は愉快そうに雄たけびを上げる。
叫び声は意地でも上げないと呼吸を整えて身構えたのだが。
「ッッッガァッッ――――!!??」
皮とは明らかに違う金属のような硬質な何かが背中にめり込み、思わず声を上げてしまった。
「んっはぁあ!!気持ちいい声出してくれんじゃねぇか!!神野君よぉおおお!!なぁ京真!」
興奮した青空の声に天上院も小さく笑みを浮かべながら頷く。
「人の苦しむ声というのは格別なものだな。とても気分が和らぐ。人は生きていく中で常に他人と比較される。そして、他人より秀でていると実感した時幸福を感じる生き物だ。自分より劣っている人間、苦しんでいる人間を見て安心する俺は悪と言えるかね、神野君。いいや、非常に人間的といえる。そして次が俺のダイスロールの番だ…………おっと、出目は1だな」
俺は盗み見るように身体を軽くひねって盤上を覗き見ると、
天上院が自身のをが1つ進めていた。
大判の模造紙にサインペンで雑に書かれたマス目とマスごとのイベント内容。
その上に3つの駒代わりとなる消しゴムが置かれ、それぞれがサイコロの目に従って進んでいくようだ。
なんだか小学生が即興で考えた遊びのようで笑えてくるが、彼らは加虐行為さえできればそれでいいのだろう。
すごろくとして最低限の体裁だけが整っているというレベルだ。
そんな真っ白な世界に黒い線だけが描かれたシンプルな盤上で、天上院の駒が止まったマス目を3人が覗き込む。
「30秒間水責めの刑だ」
「60秒に延長しようぜ」
「だめだ、殺したらまた面倒なことになる。あくまでギリギリを楽しむんだ」
はいはいと諦めたように返事をした青空は、水がたっぷりと入ったバケツを俺の前に置く。
天上院は俺の髪を鷲掴みして無理やり膝立ちさせる。
耳元に口を近づけ、2人に聞こえない声で耳打ちする。
「お前が生徒会室の前で描いたペンキの文字と腹が裂かれた猫のぬいぐるみの意味を説明しろ。そうすれば30秒から10秒に縮めてやる」
相手を射殺すような鋭い目線。
クールな雰囲気とは違う、冷徹な殺人鬼のような温度のない声色。
もし俺が普通の男子高校生だったなら、今頃泣きながら土下座でもしていただろうな。
…………ただの男子高校生だったならの話だが。
「この学校の生徒会長である天上院京真が、動物を殺して快楽を覚えているような変態野郎
だってことか?この変態サディスト野郎が」
淀みのない俺の反撃に、冷徹な殺人鬼の目は獰猛な獣へと変貌する。
天上院は俺の髪を引っ張り上げながら、水がたっぷり入ったバケツの中へと容赦なく叩き込んだ。
5秒……10秒……20秒、息が苦しくなってきた。
……ようやく30秒立ったが、俺の頭は水に漬かったまま。
天上院の腕の力は緩んでいない。
40秒経過、駄目だまずいと思い首を激しくバタつかせる。
50秒ほど経ってようやく解放された。
バケツから浮上した俺は激しく咳き込みながら、外気を肺に取りこむ。
後頭部を引っ張られている感覚がまだあり、完全に解放はされていないようだ。
「ねーさっき神野なんて言ったの?」
「いや、俺は聞こえなかったわ。京真、どんな会話したんだ?」
青空はクラス内での雑談と同じトーンで軽快に質問を投げかけたが、天上院の射殺すような睨みですぐに口を噤んだ。
「あの2人はお前のかつての悪名を知らないんだな」
「逆になぜお前がそれを知っているのか、誰から聞いたのか。教えてくれればこの地獄からすぐに解放してやってもいいぞ。それからお前にはもう2度と関わらない。あの2人にも手出しはさせない。いい取引だろう」
確かに悪くはない取引だろう。
その取引が正当になされるのであればの話だが。
「それを喋った後に殺されない保証はあるのか?浜崎開斗みたいに」
俺の言葉に天上院は大きく目を見開いた。
予想もしていなかったカウンターを受けた時のような表情。
しかし、すぐに表情を取り繕う。
「彼は学校の屋上から自殺したんだろう。非常に痛ましい事件だった。彼が抱えていた悩み、劣等感、苦しみ、それらに全く興味はないが、生徒会長として1人の生徒の死は哀しく思うよ」
「白々しいな。お前ついさっき、青空との会話で、”殺したらまた面倒なことになる”と言ったな。それは以前に誰かをイジメ殺したような物言いに聞こえたが、違うのか?」
「一体なんのことだか分からないな」
天上院は慌てた様子もなく、しらを切り通すつもりだった。
しかし、後ろの2人は俺の言葉に過敏に反応しているようだった。
「京真……こいつはもう殺すしかなさそうだぞ。俺達の秘密を知っちまってる」
「翼の言う通りだよ!ていうか私達3人の秘密にしてたはずなのになんでバレてんの!?しかも友達のいない陰キャの神野なんかにさ!誰か目撃者がいるんだよ!きっとそいつが陰でコソコソとバラしてるんだ絶対!」
天上院は逆上している2人を軽く見やり、舌打ちをした。
彼らの怒りを抑えることは困難と悟ったのか、大きくため息をついて俺に視線を向ける。
「浜崎開斗の情報をお前に流したのは誰だ。そいつの名前を教えてくれれば、お前をここから解放してやる。応じなければ、これからお前を殺す。これは取引だ。選択肢は他にない」
天上院の持ちかけた取引に俺は思わずニヤリとしてしまう。
彼らの口から出てくるのをずっと待っていたことを彼らは知るはずもない。
「それは、お前達3人が浜崎開斗を殺したと認めるってことでいいんだな?」
俺の質問に、天上院はゆっくりと頷く。
「あぁ、認めるよ。今のお前と同じように散々いたぶり、痛みと疲労で思考力が鈍り始めた頃合いを見計らって屋上から飛び降りをさせたんだ。お前ほどタフではなかったから存外つまらなかったがな。泣き喚くあいつを見ているのは正直不快でもあった。弱すぎる者を見ていても優越感は感じない。苛々したくらいだった」
天上院は鼻で笑う。
青空は激しく興奮したように鼻息を鳴らしている。
「お前はもう生かしちゃおけねぇ。俺の彼女にも気持ち悪いラブレター送りやがって。ここで殺してやる。浜崎開斗の二の舞にしてやるよ」
青空は両手でベルトを持って輪っかを作っている。
今すぐに俺を絞め殺さんとばかりに俺を睨みながら近づいてくる。
「待て翼、誰からその情報を得たか口を割らせるのが先だ」
「今の一連の会話は自白の証拠として録音させてもらった。お前らのボロを引き出すためにお前ら一人一人に接触して嫌がらせをすることでこの状況まで誘導してきたが、ここまでスムーズにいくとは思わなかったな。お前ら3人とも馬鹿で助かったよ。もうお前らに用はない。今すぐ目の前から消えろ」
俺の言葉に3人はポカンと口を開けていた。
呆気に取られているのかと思いきや、我慢できないとばかりに大笑いされる。
「こんな状況になってスムーズに事が運んでるってのか?頭大丈夫ですかぁ?証拠を掴んでもここから無事に出られなきゃ意味ねーだろ。イジメがいがあるわーこいつ」
「いや、終わりだよ」
俺は血だらけの口内から舌を出し、砂でざらついた床にとある文字の羅列とそれらを囲むようにサークルを描いた。
舌を筆代わりに、血は墨の代わりに描かれた真っ赤な文字の流れが彼らに襲い掛かる呪いの詩とは誰も思うまい。
突如床を舐めだした俺を見て気が狂ったのかとぎょっと身を引く3人の殺人鬼。
嫌悪感満載の視線を向けられるのには慣れているが、普通の道から外れた俺にこれから断罪されるお前らは一体何様なんだと言ってやりたい。
まぁ、人の道理を説いたところで、道理から外れたこいつら殺人鬼には何を言っても無駄だろう。
論理や理屈を持って理解できないのであれば、痛みと恐怖を持って理解させるしかない。