(最終話)きさらぎ駅 ~最強霊能者の俺は今日も学校に行くのが憂鬱すぎる~
「すごい失礼で変な質問なんだけどさ、お前の名前なんて言うんだっけ?」
「はい?」
八代の問いかけた疑問は冗談ではなく本気らしかった。
大学入試の難問を解いている時くらいに頭を悩ませている。
まぁ、私はそんな難問解いたことないんだけど。
「ついさっきまで覚えていたはずなのに、急に思い出せなくなっちまったんだよ。俺の頭ってこんな悪かったっけな」
「少なくとも私よりは偏差値低いでしょ」
「そういうこと言ってんじゃねーよ」
八代は散らかった記憶を必死に整理しているようだった。
まるでポケットに入れていたはずの家の鍵がいつの間にか無くなっていた時のような不意に訪れる喪失感といった様子で。
八代に渡したコカコーラのペットボトルは、彼に渡してすぐに中身が空になり、透明なボディとなってベンチ脇に置かれている。
「自分の名前は覚えている?」
「神野八代だ。通っている高校も備わっている霊能力も最低限のことは覚えているんだが…………」
「私の名前はその最低限にすら入っていないのね……」
「いや悪かった。そういうつもりで言ったわけじゃない」
「…………自分の家族についてはどう?」
そう質問をするのに少々、いやかなりの勇気を要した。
それは彼の心の大部分を占める闇で、その闇を作り出したのが今の神野八代と言っていいくらい根幹となる部分。
傷だらけの心はまるでひび割れたガラス細工のようで。
ほんの少しの力加減の誤りであっけなく崩壊してしまいそうで。
苦悶の表情を浮かべる彼の顔を見ていられなくてーーーーーーーー
「…………駄目だ。全く思い出せない」
諦観とともに吐き出したため息。
それでも、私の目には彼から毒素が抜けているように思えた。
彼の心は、己に負荷をかけ続けていた重い荷物をようやく降ろしたのだ。
いや、正確に言うと私がこっそりと彼の荷物を隠したという表現が正しい。
八代は隠されたことに気づいていない。
私は、これからも一生その真実を彼に隠し続けないといけない。
心の中で膨れ上がる罪悪感。
それでも、私はそれを一生背負って生きていくと決めたから。
ポケットから小瓶を取り出し、線路の向こう側へと思い切り放り投げた。
中身が空の小瓶は太陽光を受けながら虹のようにふわりと放物線を描き、地面へと着地して砕け散った。
「俺にとってはかけがえのない過去だったような気がするんだが、何がどれくらい大事だったのかも覚えていない。俺は一体何者で、何を目標に生きていたのか」
伽藍洞になってしまった神野八代を正面にまっすぐ見据える。
「忘れちゃったものはしょうがないじゃないの。それに私はあなたのことをちゃんと覚えている。あなたは神野八代。生まれた時から高い霊能力を持っていて、大のオカルト好き。愛想も悪いし友人もほとんどいない、勉強もスポーツもパッとしない陰キャ男子」
「おいおい手加減くらいしてくれよ」
「それでも、多くの人間を怪異から救っている。どんな過去だったのかなんて、もうどうだっていいことなんだよ。今と未来のことだけを考えれば」
「未来ねぇ。知力もコミュ力もない俺にどんな将来設計をすればいいのやら」
「あら、将来何をしたいかはもう私と決めたじゃないの」
「え…………そうだっけ?」
自分の記憶の不透明さに再びげんなりした声色。
彼は気づいていない。
自身の過去の記憶の一部を忘却した彼には気づきようがない。
私の吐く大きな嘘を。
「将来私と一緒に霊能探偵事務所を立ち上げるっていう目標だよ」
あまりにも発想が突飛で笑っちゃうような話。
「へぇ、面白そうだな。そんな目標掲げてたんだっけか。霊能力を持った俺達ならではの職業だな」
彼を絶望から遠ざけるために。
大きな嘘と罪悪感を密かに抱きながら棺桶まで持っていこうと誓った。
最後までお読みいただきありがとうございました( ;∀;)
復讐ENDではなく、祭火とのアナザーEND的とさせていただきました。
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