表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
48/51

きさらぎ駅 ~俺はこの世界に残る~

 なぜこんな大事なことを忘れていたんだろう。

 私と八代はきさらぎ駅を調査して、無事辿り着いたんだ。

 そして、私が小さい頃に他界してしまった祖父母の霊に会いに行くつもりだった。


 それなのに、きさらぎ駅に関する記憶を忘れ、祖父母の死を忘れ、2人の実家へ帰省するということに頭の中の過去がいつの間にか作り替えられていた。


「現世から幽世へ渡ってきたんだ。踏み越えるはずのない境界を跨いで。幽世の世界に来たという現実は普通の人間の精神は受容できない。そして祭火もその例外ではなかった。だから、ここは現実の世界だとお前の脳は自らを錯覚させ、辻褄を合わせるために過去に起こった事実を忘却し、捻じ曲げた。自分の祖父母はまだ生きているという設定まで作り出してな」


 いつの間にいたのだろうか、背後に八代が立っていた。

 彼の横には祖父母が立ち、穏やかな表情で私を見つめている。


「ここが幽世だってことを知ってたならなんで私に教えてくれなかったのよ!」


 最初に八代が教えてくれていれば、私はこんな悲しい気持ちにならずにすんだのに。

 水中で目を開けた時のように視界がぼやけ、目頭が熱くなる。

 顎から水滴が滴り落ちるのを感じて、両目から涙が溢れていることに遅れて気づいた。


「悲しむ必要なんかない。ここにずっといればいいんだから。ここでの時間は現世よりもずっと緩やかで穏やかだ。それに傷つけてくるような者もほとんどいない……まぁ一部危険な怪異を除いてだが」


「ここにずっといるって……ここは幽世なんだよ?死後の世界なんだよ?私達はまだ生きているんだから、現世に帰らないとーーーー」


「現世に帰る意味あるか?」


 八代は私の言葉を遮り、吐き捨てるように聞き返した。

 馬鹿馬鹿しい現実にうんざりしたその表情には、いつものようなニヒルな笑みさえ写していない。


「現世に帰ったところで、その世界のどこにも俺の居場所なんて存在しない。憎しみだけを抱えて復讐を遂げても母さんと妹は還ってこない。苦痛と憎しみしかない現世に帰る意味なんて俺にはないんだ」


 八代は今、これまで溜め込んできた想いの全てを吐露している。

 普段は表に感情を出さない彼がここまで明確な嫌悪と拒絶の意思を示すのを私は初めて見たのだ。

 そして、彼のこれまでの生い立ちを知っている私は、彼を説得しようとして口を閉ざしてしまった。


 なぜかって?

 彼の主張は全くもってその通りだと私が納得してしまったからだ。

 たとえ現世に帰ったところで、彼の人生に救いがあるか。

 人並みに就職して結婚して家庭を持って、人として普通の幸福を掴めばいいではないかって。


 そんなペラペラで中身のない言葉を並び立てたところで、絶望しか知らない彼を、

 生者より死者を相手にしてきた彼を、納得させることなんてできるわけがない。

 彼の救いは現世ではなく、幽世にあるのだと私自身そう感じてしまった。


 では、私はどうか?


「私は、現世に帰りたい」


 帰ったら家族も友達もいるし。

 これから夏休みが始まるからプールとか海にも行きたいし。

 そこまではあえて口にしないが、生きる楽しみはいくらだってある。

 死んだ祖父母に向かって発言するのはどことなく後ろめたさがあり、ごめんねと申し訳なさそうに告げると、2人は温かい笑みを返してくれた。


「……………………八代も一緒に帰ろうよ、現世に」


 これはただの私のワガママだ。

 それが八代のための言葉ではないことは分かっている。

 分かっていても口に出してしまった。


 しかし、八代はきっぱりと首を横に振り、私の願いはあっさり切り捨てられた。


「俺は幽世に残る。幽世のどこかに母さんと妹の魂が彷徨っているかもしれない。俺はそれを探しに行く。現世で死んだように生きているよりかはよっぽど希望があるってもんだぜ。じゃあな」


 八代と祖父母は私へ小さく手を振った。

 私を現世へと送り出す彼らの姿は、まるで故郷を旅立つ子供へエールを送る家族のようで、私は一瞬だけ現世へ帰るのを躊躇ってしまう。


「私は、八代と一緒にいて楽しいことがたくさんあったよ?…………本当に帰らないの?ここで家族の魂を探すって言ったって見つかる保証はどこにもーーーー」


「くどいぞ。俺はこの世界に残る。もう決めたことだ」


 議論の余地なし。

 彼の心はもうこの世界に在るようだ。


 ーーーーーーーーモトノセカイへ、カエレ。


 井戸の中へと誘う八尺様の呼び声。

 私は別れを惜しむように手を差し出し、


「ん?」


「お互い別々の世界でも頑張ろうってことで、別れの握手。最後に」


「あぁ、分かった……………………お、うおぉ?」


 八代が驚きに声を上げるのも無理はない。

 握手した手が不意に強く引っ張られて身体のバランスを崩してしまったのだからーーーー


「チェストぉ!!」


 体勢を崩した八代の顎へめがけて回し蹴りをくらわせた。

 気絶した八代を担ぎ上げ、井戸の中へさっさと飛び込む。


 井戸の底へと降下していく直前、驚愕のあまり口を半開きにした祖父母が視界の端に写り、暗闇の水底へ身体が溶けていく最中に苦笑した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ