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夜市 ~パートナー契約~

 公園からほどなく歩いたところに、風化してほとんど朽ちかけた寺が建っていた。

 人気はなく、出店もない。

 隣接している墓地は誰からも忘れ去られたかのように供えられた供花はどれも枯れていて、雑草は伸び、荒れ果てていた。


 祭火は不思議そうな表情で辺りを見回す。


「店どころか人っ子一人いないみたいだけど、こんな所に一体何しに来た----」


 隙を見て右手に集中させた霊力で瞬時に手刀を作り、背後に立つ祭火の顎へめがけて思い切り振り抜いた。


 不意打ちを食らった彼女はそのまま吹き飛び、地面を転がる。

 顎に当たったはずなのに骨に当たったような手応えはなく、ゴムに触れたかのような緩い感触。


 地面から起き上がった彼女の首は枯れた植物のようにへたれていて、不自然に折れ曲がった角度のままこちらに視線だけこちたに向ける。


「さすがにシェイプシフター相手に霊力は効かないか」


「私が偽物だとよく分かったわね」


 殴られたというのに怒っている様子はなく、無感情に淡々と話す様は、やはり人間らしさが欠けていた。


「俺の背負っているこれを”ただのリュック”だとお前は言っていた。でもこれはただのリュックじゃない」


「君は一体何を言っているの。それはただのリュックよ」


「普通に見ればただのリュックだ。だが、くねくねを視て認知機能が歪んだ祭火からすると、これはデカい蝸牛の殻に視えるそうだ」


 その事実を聞いてもシェイプシフターは驚くこともなく、あぁなるほどと淡白に相槌を打つ。


「…………あぁ、まさか彼女は地獄から湧き出たあの亡霊を視てしまったのね。可哀そうに」


 その言葉に憐れみは全く感じられない。


「それに俺の姿も正しく認識できないせいで、俺と視線が合うたびに怖がる始末だ。お前は俺と目が合っていても落ち着いていた。だから偽物だと分かったんだ」


 素晴らしい観察眼だと言って拍手を返されるが、これもまた称賛されていると全く感じない。

 かといって馬鹿にしている風でもなく、台本通りの言葉を口にしている大根役者のようだった。


「君に興味が湧いた。共に人生について語りたい」


「嘘つけ。本物の祭火はどこだ」


「彼女のことは諦めた方がいいよ。もう一対のシェイプシフターに攫われているはず。今頃きっと綺麗に捌かれて高級食材に変わっているわね。でも安心して。彼女の代わりに私が祭火灯花になってあげるから」


「なれるわけねぇだろ。偽物はどこまでいっても偽物なんだよ。どれだけ精巧に似せても本物にはなり得ない」


「本物か偽物か区別なんてなかなかできないものだわ。八代だって騙されそうになっていたじゃない。それに私は祭火灯花本人以上になれるわ。あなたの友人にも、恋人にも、家族にだって、望めばなってあげる。それってあなたにとって、便利で有益で最高のパートナーじゃない?」


 やはりこいつは祭火灯花にはなれないなと鼻で笑う。

 むしろ、人間になることすらできない。

 人が通常持ち合わせている情や倫理観がこいつからは感じられないのだ。


「それは対等なパートナーなんかじゃないただの従者だ。他者に依存することでしか自意識を確立できないお前は誰のパートナーにもなれねぇよ」


 煽ったつもりだったが、彼女は首を傾げる。

 何の話をしているのかと言わんばかりに。


「都合の良い存在の方が良いじゃない。対等だと必ず争いが起きるのが人間でしょ。対等だからこそぶつかり、優劣ができて妬みや嫉妬が生まれる。対等であるよりもある程度力関係に差をつける方がお互いにとって幸福なのよ。私がこれまで何百年何千年も人と共生してきて得た教訓だわ」


「話にならないな。そもそも俺は天涯孤独。これからも一生孤独に生きていく俺にとって誰の存在も不要だ」


「…………可哀そうな人生ね。せっかく君のことが気に入ったから無償でパートナーになってあげようと思ったのに」


「お前らシェイプシフターはガラクのおっさんの商品なんだろ。商品のお前がそんなこと勝手に決めていいのかよ」


「私達シェイプシフターからしてみればガラクの存在は、新しい主人を探してくれる紹介事業者みたいなものだから、特に問題ないわ。契約で縛られているわけでもないし。まぁ儲けがなくなっちゃう彼にとってはたまったものじゃないだろうけど、そんなの私達の知ったことではないしね」


「そうなのか。しかし残念だがパートナー協定は決裂だ。さっさと祭火が捕らえられた居場所を吐かないとお前を殺す」


「もう間に合わないと思うけど。それに君じゃ私を殺せないわ。多少霊能力には長けているようだけど、シェイプシフターである私には関係ない。パートナーになってくれないなら、ガラクの言いつけ通り、あなたも捌いて食材になってもらうわね」


 彼女は少し残念そうな表情を浮かべたまま、身体がドロドロと融解していく。

 折れた首も手足の擦り傷も無に帰すように全てが肉体の泥へと変わり、それはまた新たな輪郭をかたどり、別の生物へと変態する。


 オレンジ色の体色に黒い縞模様、4足歩行の長い尻尾に獲物を補足する鋭い目。

 彼女が新たに変身したその姿を理解して絶句する。


「……………………さすがに虎相手は無理ゲーだろ」


 虎に変身した彼女の体長は3メートルを超えていそうだった。

 小さな豚から人間の少女、そして今度は虎へ。

 質量保存の法則を完全に無視している。


 こうも易々と物理法則を飛び越えられてしまうと、もう笑うしかない。

 抵抗する気力を失い、腰に隠し持っていたナイフを取り出そうとした右手は、力なく地面へと垂れる。


 なすすべもないままことを悟り俺はゆっくりと目を閉じる。

 断頭台に立たされた死刑囚のように、その大きく鋭い爪が俺の首筋へと振り下ろされる瞬間を静かに待とうと目を閉じて――――


「スト----ップ!!!!」


 明らかに場違いと言っていい、聞き慣れた少女の声が廃寺中に響き渡った。

 そこには祭火灯花……と、横に1匹の黒い猫がいた。


「八代に手を出さないで。襲うっていうなら、まずはこの子が相手になるから。ジジ、お願い」


 ジジと呼ばれた黒猫は、ニャーオと陽気に鳴いて応答した。

 猫語でも喋っているのだろうか、ニャーニャーと虎相手に鳴き喚いている。

 張り詰めた空気を弛緩させる甘い猫の鳴き声。


 混乱して言葉が出ず、ボーっとその様を眺めていると、虎は黒猫の主張を理解したのか、俺へ向けていた爪を収めた。

 とりあえず九死に一生を得たことにほっと胸を撫でおろすが、何が起きているのか理解が追いつかない。


「お前は…………本物の祭火灯花だよな。一体どういう状況なのか説明してくれないか」


「こういうことよ。ジジ、変身して」


 祭火の呼び声に、ジジと呼ばれた黒猫は子豚へと姿を変えた。


「この子から新しい主人になってくれないかって誘われたから、新しい主人になっちゃいました」


「…………マジか?」


「マジなのよ。本当は攫われて捌かれて人肉として売られるところだったんだけど……、私のことを最初見た時から気になっていたんだって。もしよければ、僕の主人になってくれないかって告白されてね。もちろん無償でって言われたから、便利で可愛いペットができたなー、みたいな?何にでも変身できる可愛いパートナーができるなんてお得じゃない?」


 祭火に頭を撫でられた豚は嬉しそうに尻尾を振っている。


「ジジってこいつのあだ名か?」


「そう、可愛いでしょ。魔女の宅急便の黒猫の名前を取ったの。基本は黒猫でいてもらおうかなって」


 あっけらかんと答える彼女に俺は驚きのあまり言葉を失う。

 虎は再度問いかけてくるように俺に視線を向けてきた。


「…………まぁ対価が必要ないなら、俺も試しに契約してみようか」


 まるで月額の安いサブスクを契約するような気軽な感覚。

 だが、それでいいのかもしれない。

 これも何かの縁ということで…………。


 釈然としないが、今日一日で色々ありすぎて精神も身体も疲労困憊でこれ以上何も考えたくなかったので、そういうことで一旦結論づける。


「シェイプシフター、金ピカの腕時計に変身してくれ」


 せっかくだから高級そうな腕時計に変身するよう命令してみる。

 ただの思いつきで言ってみたのだが、先ほどまで虎に化けていたシェイプシフターは、俺の指示通りマジで金色の腕時計に変身しやがった。


 どうやら変身するものは生物に限定されないらしい。

 かなり便利なヤツだな。


 金色の腕時計を左手にハメた俺を祭火が呆けた顔で見つめている。


「カッコいいか?」


「・・・・・・・・・・・・だっさ!」


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