夜市 ~忘れ薬~
小さな池が2つ並んだひょうたん型の公園に、赤い天狗のお面を被った商人は出店していた。
雑草は伸び放題で荒れ果て、申し訳なさそうに佇むブランコや滑り台などの遊具は塗装が剥がれて経年劣化の激しさを物語っている。
この公園にも多くの商人達が池の周囲を囲むように出店を構えていて、赤い天狗の店は、その中ではこじんまりとした大きさだった。
リュックから飛び出したお雛様が天狗の商人に声をかけると、商人はお雛様の中に入ったモノが付喪神であるとすぐに分かったようで、軽快に挨拶を交わした。
お雛様が早速事情を話すと、商人は後ろの木棚に並べられた色とりどりの液体が入った小瓶の中から、エメラルドグリーンに光るそれを取り出した。
「これが忘れ薬か?」
俺の問いにお雛様は深く頷き、リュックを指差す。
さっさとリュックの中身を広げろというご指示だ。
まるで召使いのような気分で腹立たしいが仕方ない。
リュックを開けてどの商品から紹介しようか思案していると、祭火が恥ずかしそうな顔で肩を叩いてきた。
「どうした」
「…………ちょっと、トイレ行きたいんだけど」
「こんな廃村にトイレなんてないぞ」
「分かってる。だから、人気のない所でサッとしてくるつもり」
「俺も見張り番でついていった方がいいか?」
「それは大丈夫。逆に気が散って出なくなっちゃうし」
「分かった。ただくれぐれも気をつけろよ。お面を被ってはいるがこれは身の安全を保証してくれるものではないんだからな」
「分かってるってば」
そう言い残して公園を小走りで駆けて行った。
それから、リュックの中からあれやこれやと品を取り出しては天狗の商人に見せていった。
商人はどの品も興味深そうに眺め、手に取って観察する。
時には意味不明な言語を喋り、お雛様がそれに対して回答していった。
商人の口にする言葉は、まるで動物の鳴き声のような、人間の言語とは思えない音の流れで、よく聞き取ろうとすればするほど、音の連なりが解けて頭がくらくらしてくる。
ゲシュタルト崩壊のような感覚に近い。
きっとそれは、異界のモノ達の間でしか通じない言語で、人間の理解できる領域の外にあるのかもしれない。
人間の俺が数分だけでも集中して聞いたら吐き気を催すくらいだ。
最終的に商人が選んだものは、埃で薄汚れたピカチュウのぬいぐるみだった。
商人は受け取ったピカチュウのぬいぐるみを愛おしそうに抱きしめている。
こんな汚れたぬいぐるみのどこに価値を感じるのか。
そんなことは愚問だろう。
忘れ薬を受け取って無事取引が終了したとき、ちょうど祭火がトイレから戻ってきた。
「お待たせ」
「取引は無事終わった。さっさと夜市を抜けるぞ。長居する理由もないしな」
「分かった」
……………………。
「…………なにかあったか?」
「いや?特になにも問題はなかったけど。どうして?」
「やけに落ち着いているというか……、こんな魑魅魍魎行き交う夜市を一人で歩いて、もっと怯えてたかと思ってな」
俺の疑問に祭火はふっと頬を緩めた。
「全てが非現実的すぎて、おかしなことに慣れてきちゃったのかもしれないわね」
そう言って楽しそうに笑う祭火にどこか違和感を覚えたが、普段の生活で見せるような自然な笑顔と口調で、どこか体調が悪いというわけでもなさそうだ。
気づかないうちに俺の方が疲労を溜め込んでいるのかもしれない。
「もしよかったら、そのリュック持ってあげようか?八代もかなり疲れているでしょ」
………………………………。
「これ……持って大丈夫なのか?」
「ずいぶん大袈裟なリアクションね。多少荷物で膨らんだただのリュックじゃないの。全然平気よ」
「…………そうか。ありがとう。じゃあ頼む」
「りょーかい」
そう言って祭火は、なんてことなさそうにリュックを背負った。
全く、何の問題もなさそうに。
「なぁ、最後に1か所だけ、少し寄りたいところがあるんだけどいいか?」




