表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/45

夜市 ~シェイプシフター~

 廃村をあちらこちらと歩いていると、どの通りも出店が立ち並び、お面をつけた異界の者が意味不明な言語を交わしながら売買をしている。

 一人客もいれば、家族連れのように数人で練り歩く者もいて、楽しげな雰囲気が伝わってくる。


 祭火の目にも同様に賑やかな祭り事として映っているようで、警戒心は徐々に薄れてきているようだ。


「あのお店から良い匂いがするんだけど、ちょっとだけ覗いてみない?」


 そんなことしている場合かとツッコミたくなったが、祭火はくねくねと遭遇して以来、あまり食事を口にしていなかったことを思い出す。

 料理のほとんどが想像もしたくないグロテスクな代物に視えてしまうせいで、食事が喉を通らず、飲み物でなんとか飢えを凌いでいたのだ。


 そんな彼女にとって、珍しく鼻腔をくすぐられる屋台飯。

 軽く食事をさせた方が良いだろうと出店を覗いてみると――――


「…………………………………………」


 正常な状態である俺の目から見たら食欲の失せるような代物だったのだが、


「……………………凄く美味しそう」


 え、マジでか…………。


「買ってもいいかな。だめ?」


 泣きそうな顔で懇願する祭火。

 空腹であることは痛いほど伝わってくるが、こんな飯を人間が摂取していいものなのだろうか。


 リュックから顔を覗かせるお雛様に安全性に問題ないか様子を伺ってみると、両手でグッドポーズを返された。

 見た目はともかくとして、身体には大変良い栄養満点のようだ。


「口にしても問題ないらしい。せっかくだから買ってやるよ」


 それでは取引開始だ。

 物々交換という慣れない取引で相手は異界の者。

 とりあえず、交換可能な品がないか、リュックに詰めた物を適当に手に取っては、店主に見せて確認していく。


 リュックから取り出した品々を店主は興味深そうに眺めている。

 店主も他の参加者と同様お面を被っているが、顎からタコのような触手が何本も生えており、興味を示した品を触手で取ってはしげしげと観察する。


 そして、中から1つを選択した。

 表面に恐竜の絵が可愛くデザインされたベーゴマだった。

 店主はベーゴマを俺の前に掲げ、ウーだのアーだの問いかけてくる。


 何を言っているのかさっぱり分からない。

 使い方について問われているのだろうか。

 周囲の客から向けられる好奇の視線も気になり、俺は急かされたような気持ちでベーゴマに紐を巻いて、地面に勢いよく放った。


 素早く引かれた紐により、ベーゴマは地面の上で回転しながら踊る…………まぁごく普通のコマだった。

 しかし、ただ回り続けるだけの何の変哲もないベーゴマを見て、店主は大いに興奮した様子で顎の触手を手拍子のようにペチペチと叩いた。


 やがて、ベーゴマは回転の勢いが落ちて止まった。

 地面に転がるベーゴマを、今度は店主が顎の触手で絡め取ったかと思うと、器用に巻き上げて放り投げる。

 再び回転を始めるベーゴマに、店主と、いつのまにか観客と化した周囲から歓声が上がった。


 今日日、人間世界で需要があるかどうかも怪しいベーゴマなんかが、なぜこれだけここではウケるのかは甚だ疑問だ。

 まぁ、人間ではない彼らの価値観や感性なんて理解できなくて当然といえば当然か。


 店主は屋台に据えた業務用鍋からぐつぐつと煮込まれたソレを掬い、2杯のお椀に入れて渡してきた…………2杯?

 俺は絶対食わないから1杯でいいって、と指を1本だけ立ててそう訴えたが、通じていないのだろうか、店主が引く様子はなかったので俺は大人しく2杯受け取った。


 そのうち1杯を祭火に渡してやると、目を潤ませながら大喜びして受け取り、美味しそうに食べ始めた。

 しかし、ありがとうと笑みを浮かべる彼女の顔を直視できない。


 お椀の中に入ったソレは、ドブの水かと思うくらい濁った灰色の煮汁、ウネウネと身を捩らせるミルワームに似た生物、ンテコな形のキノコや芋が入っているのだ。

 匂いを嗅いでみると、卵が腐ったような硫黄の臭いと魚の腐敗臭をブレンドした激臭。


 せっかくもらった手前、捨てるわけにもいかないので恐る恐る口をつけてみると、


「…………………………意外と美味いな」


 酷い見た目と臭いの割に、かなり美味しかった。

 腹ごしらえを手早く済ませ、探索に早く戻ろうか腰を上げたところで、


「ちょいと旦那。そこの旦那方よ」


 調子の良さそうなおっちゃん口調で背後から声がかかった。

 振り向くと、ひょっとこのお面を被った1人の商人がちょいちょいと手招きしてきていた。

 人型ではあるが、全身の肌色が濃い紅色で、裸の上にちゃんちゃんこという変わった出で立ち。

 尖がった両耳がこめかみ辺りから垂れていて、RPGのゲームに出てくるゴブリンを彷彿とさせる容姿だった。


 …………いや、もしかして本物のゴブリンだったりするか?


 こちらの疑わしげな視線を察してか、商人は慌てたように両手を振る。


「そんな警戒しないでくれよ。儂はガラクってんだ。しがない商人さ。旦那がリュックにぎょーさんこしらえた商品にも興味があんだ。ウチでは変わった生き物を商品として取り扱っているし面白いぜ。是非見て行ってくれよ。な?」


「俺達はとある探し物をしている最中なんだ。他の商品を買うつもりはない」


「見ていくだけでいいからさ。それに探し物があるってんなら尚更ウチの商品は役に立つぜ」


 ヘヘヘッと愛嬌のある笑い声は非常に人間らしく、探し物の手助けにもなるかもしれないという期待からとりあえず寄っていくことにした。

 こちらをご覧下さいと示された先には、2体の白いマネキンが立っていた。


 薄い板張りの上に赤い布を敷いただけの簡易的な台座の上で両手を繋ぐ何の変哲もないマネキン人形。


「変幻自在、あらゆるものに変身するシェイプシフターでございます」


 ガラクの言葉に、一瞬呼吸が止まってしまうほど耳を疑った。

 俺が疑問を口にする前にガラクはこちらの心理を読んでいるかのように話を続ける。


「嘘だと思っていることでしょう。シェイプシフターは伝説や神話の中だけの存在だと。ところがどっこい、こいつらは正真正銘本物のシェイプシフター。彼らの変身した姿を見てもらう方が早いでしょうねぇ。ちょいと変身してもらいやしょう。エヘヘヘッ。じゃ、おめぇら、お客様に見せてあげな。チェンジ!!ブタぁあああ!!」


 パチンとガラクは指を弾く。

 次の瞬間、俺は目を疑った。


 2体の白いマネキンが、ただのプラスチックの塊が、ニヤリ不敵な笑みを浮かべたのだ。

 全身がドロドロと融解していき、溶けだした液体は自ら意思を持って新たな形に再構成されていく。

 4体の足、まるまるとした身体にくるりとカーブした小さな尻尾、ピンクの肌に体毛。

 1分もかからず、2体のマネキンは豚に変身してしまった。


 ブーブーと可愛らしく鳴く2匹の豚を前にして、俺も祭火も言葉を失った。


「見た目だけじゃなく、身体機能も変身後の動物の能力を持ってんだ。犬っころのような嗅覚の鋭い動物に化けさせれば、旦那様の探し物なんてあっという間に見つかるってわけさ」


 ブヒブヒと誘うような目でこちらを見つめる2体の豚。

 ガラクが売り物にしている彼らは、間違いなくシェイプシフターだった。

 喉から手が出るほど欲しいという強い欲求が沸き上がっていくのを感じる。


 確かに、犬に変身してもらえば捜索の手助けにもなるだろうし、鳥類になって、空から探索してもらうというのも良い手だろう。


 しかし、シェイプシフターの使い方はそうではなく――――


「すでに死んでしまった生き物にも変身は可能なのか?」


 そんなこと聞くつもりはなかったのに。

 自然とそんな言葉を発していた。

 まるで長年渇望していた物が手に入るかもしれないという救いへ手を伸ばすように。


 俺の問いかけに、ガラクは低い声でいやらしい笑みで囁く。


「…………できまっせ」


 ということは…………いや、あり得ない。

 見た目はどれだけそっくりでも中身はしょせんシェイプシフター。

 俺は一体、彼らに何を夢見ているのか。


「大事な人を失ったんでしょ。シェイプシフターに変身してもらい、その代役になってほしい。分かりまっせ。そういったご希望で購入される方もこれまでたくさんおったな」


「これまで?シェイプシフターはそう何体もいる存在ではないはずだ。目の前にいるシェイプシフターの他にも存在しているのか?」


「おっしゃる通り、全世界を見渡しても、現存するシェイプシフターはこの2体のみ。ただ、シェイプシフターは何千年と長い時を生きる存在。購入されたお客様が天寿を全うされて亡くなった後、彼らは売り手である私の元に戻ってくる。そして私は、彼らの新たな主人を探すってわけさ。もちろん取引として」


「なぜこいつらはガラクの所に戻ってくる必要があるんだ。わざわざ自分から商売の品になるメリットもないだろ」


「分かってないねぇ旦那は。シェイプシフターは何者にも変身できる故、何者にもなれない。彼らはあらゆる存在に変身できるが、己の出生や己が誰かということ、自身に関する事は何も知らず、記憶もない。彼らは生まれついてから、自分以外の誰かに変身し、誰かとして生き続けてきた。そこに"自分自身"にまつわる事柄はない。だから、彼らは常に孤独で、誰かと共生することでしか生きることができないんだ。儂はそのお相手探しの手伝いだな。代わりに取引としての対価を受け取る。いわば、マッチングサービスみてぇな商売だな。旦那が心を埋める相手をお探しなら、彼らこそうってつけの存在だと思うがねぇ」


 ガラクはひとしきり喋った後、脇に置いてあった徳利に口をつけ、喉を潤した。

 アルコールの匂いがフワッと漂ってくる。


 ガラクはほんのり赤くなった顔でこちらに手を伸ばしてきた。

 取引したければリュックの中身を見せろと。

 リュックから顔を出したお雛様は取引に応じるなと顔を何度も横に振っていたが、俺は何かに突き動かされるように勝手に手が動いてリュックを掴み、ガラクに差し出してしまった。


 ガラクは満足そうな笑みでリュックを受け取り、中に入った品々を1つずつ取り出していく。

 一品取り出しては注意深く観察し、一品取り出しては興味深そうに目を細めたりと、次々と手に取って吟味していく。


「ちょ……やめてってば。くすぐったい」


 背後からは緊張感の欠片もない祭火の喘ぎ声。

 後ろでは、シェイプシフター(豚)が幸せそうに尻尾をパタつかせながら祭火の足の匂いを嗅いで舐めている。


 ――――ブヒブヒブヒ。

 ――――ブヒブヒブヒヒヒ。


 それはただの鳴き声とは少し違う、まるで豚の言葉で何かを語りかけるような音の連なり。

 彼らの鳴き声を耳にしたガラクは、突然リュックを漁る手をピタッと止め、目を大きく見開いてこちらを向いた。


「もしやもしや、旦那様方って…………人間か?」


 興奮を押し殺すような息遣い。

 何の気なさそうな質問のつもりのようで、言葉の奥底から滲む黒い欲望がまるで舌なめずりでもしているのを感じる。


「……………………いや、俺達は人間じゃない」


 正直に答えるのは危険と判断し、真顔で毅然と応える。

 そもそもお面を被っているので表情を読み取られることはないことに後から気づいた。

 自身が冷静じゃないことを告げるように、額から一筋に汗が流れる。


 俺の回答を聞いてガラクは僅かに肩を落とした。


「あれ?血の通った人間らしい芳醇な匂いだと俺も思ったんだけどなぁ。おいブタ共!適当なこと言いやがったなぁ?恥かいちまったじゃねぇか畜生め!」


 ガラクに怒鳴られた彼らは納得がいってないのか、抗議するように鳴き続けている。

 シェイプシフターが変身した豚の嗅覚が俺達の身体の匂いを嗅ぎ取ったということか。

 恐ろしい変身能力だ。

 幸いガラクにはまだ気づかれていないようだった。


「人間というのはここでは珍しい動物なのか?」


 自分の正体をはぐらかしつつ彼らの認識している人間について探ってみる。


「そりゃ珍しいですぜ。こんな現世と幽世の狭間の世界で生きた人間なんてなかなか出会えるものじゃねえ。死人はいくらでも見るが生きた人間ってのはそうそうねぇな」


「生きた人間には商品価値があるのか?」


「旦那はここいらでの商売に関する知識はからっきしなんだな。生きた人間は大変美味な食材として知られてんだ。一昔前の時代だと、飢饉や災害、疫病、神頼みの時にはいつも生きた人間が神の供物として捧げられていた。その時はこの市場にも生きた人間がよく出回ったもんで、俺は頬っぺたの肉を食べさせてもらったが、うめぇのなんの。煮込んだ脳味噌を絡めて食べたら最高でぶっとんじまったぜ。しかし時代が進むにつれて人間達の神への信仰は徐々に弱まり、人身御供なんてものは今ではすっかり消えちまった。だから今となってはこの市場で生きた人間は希少なんだ。かなりの値が付く」


 ガラクの言葉に背筋が冷たくなっていく。

 この市場で仮面を被らなければ、今頃俺達はどうなっていたか分からないということだ。

 あっという間に狩られてバラバラにされ、どこかの商品棚に並べられていた可能性だってあった。


 ガラクはつまらなさそうにため息をついてリュック漁り再開しようとした時だった。

 祭火が足元をうろちょろするシェイプシフター(豚)に足を取られ、その場で転倒してしまった。


 受け身を取り損ねた祭火の仮面は、床に倒れた衝撃であっさりと外れた。

 すぐにお面をつけ直したが、一瞬露わになった彼女の素顔をガラクは見逃さなかった。


 ウへへへッ、と下卑た笑い声とともに口の端が横に裂ける。


「やっぱり人間様だったんだなぁ。どうりで嗅いだことのある匂いのような気がしたんだ。でも安心しなせぇ。これでも儂は商人の端くれ。旦那様方を無理矢理捕って食おうなんて考えてねぇ。むしろ、それ相応の取引をさせてほしいってもんだ。正直リュックの中身でシェイプシフターに見合うほど価値のあるものは見つからなかったが、旦那様方が人間っていうなら他にいくらでも交渉の余地があるってもんだ」


「渡せるものなんて何もないぞ。髪の毛とかなら多少は――――」


「1本だけでもいいんで売れませんかねぇ」


「…………髪の毛をか?」


「腕が一本欲しい」


 冗談のつもりかと思ったが、どうやら本気のようだった。


「腕一本とシェイプシフター1匹交換か?」


「いやいやまさか。人間とはいえたかが腕一本でシェイプシフター一匹は釣り合わねぇ。1年間のレンタル契約が妥当なところだ」


「それじゃこっちが大損だろ」


「でも、片腕がなくなる代わりに失った大事な人にまた再会できるんだぜ」


「中身は違うがな」


「見た目はそのままさ。旦那の記憶を読み解いて変身してくれるんだ。現世で普通に生きてたら叶うことのない再会が果たせるんだぜぇ?俺だって毎年この夜市に出るわけじゃねぇんだ。こんなまたとない好機を逸するくらいなら腕の1本くらい大したこたぁねぇだろ。片足でも構わないぜ」


 商売人らしい油がのった営業トークで、彼の言うことには一理ある。

 大切な腕とはいえ、死んでしまった妹にさえもう一度会えるなら腕一本くらい惜しくはない。


 それどころか命さえ惜しくはない。

 だが――――――――


「……………………この取引はなしにしてくれ」


 やはり見た目がどれだけ妹に似ていても、正体はシェイプシフター。

 中身は伽藍洞。

 さっさと話を切り上げその場を立ち去ろうとリュックを背負い直す。


「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくれよ!じゃあ指1本だけでいいからさ。1週間レンタルなら上等な取引じゃあねぇですかね?こりゃあ良い取引だ!」


「食い物にされたくはないんだ。それじゃあな」


「じゃあ血をちょっと舐めさせてくれるだけでいい!舐めるだけ!ペロペロペロペロ!」


 聞くに堪えず、俺はガラクに背を向けて歩き出す。

 祭火はというと、シェイプシフター(豚)に両足をペロペロ舐められていたようでくすぐったそうに身を捩っていた。


「…………………………へッ」


 背中に睨みつけられるような視線を感じたが、無視して歩き続ける。


 ――――ブヒブヒブヒ♪

 ――――ブヒヒヒヒヒ♪


 豚の愉快な鳴き声は、彼らの姿が見えなくなるまでしばらく不快に響いていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ