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夜市 ~付喪神~

 離れにある小屋を出ると、もう夕暮れ時になっていた。

 意識を失った祭火を抱えて彼女の部屋に運んでいこうとしたところで、外出先から帰ってきた彼女の祖父母と鉢合わせしてしまった。


「小屋の中で筋トレしてたら疲れて寝ちゃったみたいで」


 咄嗟に吐いたとはいえ赤面したくなるくらい真っ赤な嘘。

 小屋で筋トレする奴が一体どこにいるんだよ。

 自身の頭の回転の悪さに辟易する。


 これまで周囲とのコミュニケーションを怠った弊害か。

 陽キャラで友人がもっと多ければ、ボキャブラリーも豊富で言い訳なんて次々と思い浮かぶだろうに。


「若いのは元気があっていいねぇ」


 祖父母は大して怪しむ様子もなく、家の中へと戻っていった。

 取り越し苦労でホッと胸を撫で下ろしつつ、彼女の部屋へ向かい、ベッドに彼女を寝かせた。


 さて、これからどうするか……を考える前に、あの無能お雛様を滅せねば。

 あの無能の指示に従ったばかりに、祭火を不必要に疲弊させたばかりか、強い警戒心を抱かせてしまった。

 お雛様の指示を信頼した俺にも落ち度はあるが、付喪神とはいえ、そもそも怪異の類を放し飼いにしておく必要もない。

 とっとと消し炭にしてやろう。


「おい役立たずの付喪神、滅せられる覚悟はできてんだろうな?」


 物置部屋に入ってお雛様を引っ張り出し、艶のあるウェーブがかった長い髪を引っ掴んで罵声を浴びせる。

 右手に霊力を集中、変質させて小刀を作る。

 半ば八つ当たり気味にキレ散らかす俺に対し、お雛様はこれといって臆することもなく、霊力を通して俺の脳内に直接語りかけてきた。


 ――――まだ他にも方法がある、と。


 記憶の補修。

 今の祭火は、くねくねを通して地獄の一端を視てしまったことで、認知機能にほつれのような障害が生じてしまっている状態だという。


 歪んだ認知で視た世界は、正常な人間が視ている世界とは全く異なり、そこには地獄が広がっていて、そこには実体のある苦痛が伴う。


 くねくねを視たという記憶を改竄することで、祭火の脳内に生じた異常を取り除いて補修を行い、正常に戻すということらしいのだが、そもそもどうやって?

 記憶の改竄なんて、セラピストでも認知科学の専門家でもない俺ができるワケがない。

 お雛様が示した光明は、そんな俺の想像を軽く超えてきた。


 ――――人の記憶に触れ、操作し、改竄、消除することのできる薬が存在する。


 ――――年に一度この地域で行われる夏祭りの日、丑三つ時より一刻という短い時間の間だけ開かれる、異形達による不思議なバザール。


 ――――通称、夜市。


 ――――夜市では、一般では目にすることがないような、希少で不可思議で異相な品々が取り扱われているという。


「そんな怪奇ミステリー小説みたいな市場が存在するなんて信じられないな。大体何でお前がそんな世にも珍しい市場の存在を知っているんだ」


 その言葉を待ってましたと言わんばかりにお雛様は得意げに笑みを浮かべ、右手に持つ扇子を優雅に仰いだ。


 ――――私を誰と心得ているのか、と。


 こいつの正体は付喪神、すなわち物に憑く神様。

 あらゆる品々に何百年以上と移り住むモノ。

 人形、生活用品、電化製品、書籍……品種を問わず時代を超えて移り住んでいく中で、この世のモノにはない珍奇な品々にも触れ、それを扱う異形な商人達とも巡り会ってきたという。


 夏祭りの日、それはつまり、明日の夜だ。


「…………、今度こそお前を信じていいんだよな?」


 他に頼れる者はなく、彼女を助けられる他の方法も思いつかない。

 だから、蜘蛛の糸に縋るしかない。


 お雛様は年長者らしい堂々たる胸を大きく広げて手を当てた。


 ――――私に任せろ、と。


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