夕闇怪奇倶楽部の神野君
平日の16時半、依頼主から指定されたファミレスは客が少なく閑散としていた。
駅からも遠く、まばらにある住宅に溶け込むように建っているせいか、自転車で向かっている最中うっかり通り過ぎるところだった。
自分が自転車通学ではなかったら駅前のファミレスをこちらから指定しただろう。
ただ、依頼内容が特異であるため、客入りの多い店舗で話すことは憚られるだろうことを考慮すると、やはりここのような寂れた場所の方が最善なのかもしれない。
真向かいに座る依頼主のおっさんは、不安げに、いや、胡散臭そうにこちらを見ている。
「夕闇怪奇倶楽部の神野君?で間違いないんですよね?」
某有名心霊サイトの掲示板で自身が相談した相手、サイト運営者が一介の男子高校生だとは予想だにしていなかったと男の表情から見て取れる。
「何度も言いますが、俺が”夕闇怪奇倶楽部”の運営者で、心霊専門の相談を請け負っている、
神野八代です。浜崎開斗さんの自殺に関する相談で参りました」
淡々と事実を告げたものの、依頼主、浜崎開斗の父親は腕を組んだまま怪しげな人間を見るような態度は変わらない。
疑いたくなるのも無理はないだろう。
その界隈で有名な心霊サイトの運営者が、自分の息子が自殺した学校の同級生だったなんて偶然が。
「息子の開斗さんが亡くなってから、自宅で心霊現象が起き始めたそうですね。掲示板で聞いた事前情報を読み解く限り、恐らく開斗さんが何か家族にメッセージを残したいという想いで壁を叩いたり無言電話をしています。無言電話の理由としては、霊能力のない人間は幽世の者の声を聞くことができないだけで、恐らく、彼は受話器越しに何かを訴えかけているはずです。今後の調査活動の参考に、開斗さんの写真を見せてもらえますか」
浜崎父は、俺の話を聞いて少し逡巡しながらも息子の生徒手帳を差し出した。
真面目で気弱そうな男子だった。
無害で攻撃性が全く感じられない、いわゆる”良い子”なのだろう。
反骨精神と攻撃性が極めて高いひねくれ者の俺とは正反対の人間のようだ。
「お気の毒です。今更ですがお悔み申し上げます」
「あぁ、そんなことはいいよ。心霊現象をどうにかしてくれるなら」
「それならもうほとんど解決したようなものです。今日からはもう何も起こらないでしょう」
「どういうことだい?」
「開斗さんはあなたの隣に座っているからです。ここにきてからずっと」
浜崎父は、まさかと大きく目を見開いた。
慌てて横を向いたが、そこには誰もいない……いや、視えていない。
透明になった息子を抱こうと伸ばした両手は虚しく空を切っている。
浜崎開斗の幽霊は透明な身体を使って身振り手振りで必死に何かを訴えかけているようだったが、彼の姿が視えない父親はおろか、俺の耳にもノイズばかりが耳に入り込んできた。
俺は霊能力を耳に集中させる。
開斗の必死で伝えようとしているメッセージが、ノイズのような雑音から徐々にクリアになっていき、…………悲哀に満ちた彼の肉声が鼓膜を震わせた。
「彼は悪戯に心霊現象を起こして両親を驚かしたかったわけじゃない。自分が死んだ理由を、その身に受けた不条理を訴えたかっただけだったんだ」
僕は自殺ではなく殺された。
僕をイジメていたあいつらに殺されたんだと。
浜崎開斗は父親の隣で何度も泣きながら訴えていた。
そして彼が慟哭した内容を浜崎父に告げると、浜崎父はこらえきれずに号泣してしまった。
依頼主からの依頼内容追加。