夜市 ~軟禁~
いつの間にか意識を失っていた。
目覚めると、6畳ほどの洋室のベッドで横になっていた。
さっきまでのおぞましい出来事は全て悪夢だったのだろうか。
そうとは思えないほど記憶は鮮明で、思い出そうとすると痛みと吐き気が同時に込み上げてきそうだ。
なんとか意識を他へ逸らそうと辺りを見回すと、まるで廃墟の建物の一室かと思うほど壁も床も薄汚れていて、あちこちに蜘蛛の巣が張っている。
おまけに今横になっているベッドは埃っぽくて黄ばんでいる。
私は一体どこに連れてこられてきたのだろう。
あのジェイソンに似た仮面を被った男は一体何の目的があって私を酷い目に遭わせるのか。
特に縛られているわけでもなく、軟禁状態であることが救いではあったが、またいつ何をされるか分かったものではない。
また昆虫を食べさせられるなんてまっぴらごめんだ。
スマホは没収されずポケットに入ったままだったので警察に通報しようとしたが、そもそもアンテナが立っていなかった。
ここも祖父母宅と同様電波の届かない地方の僻地なのかもしれない。
あとは、この建物から脱出して誰かに助けを呼ぶか、近隣の街まで自力で逃げ延びるか。
ダメもとで扉のノブを捻ってみると、鍵はかかっておらずあっさりと開いてしまった。
軟禁状態であることといいスマホが没収されていないことといい、誘拐にしてはやけに緩いような気がして拍子抜けする。
扉を開けると通路にも人の気配はなく、照明の付いていない通路の奥は、まるで怪物がぽっかりと口を開けているように深淵が静かに佇んでいる。
ご自由に逃げて下さいと言わんばかりで、あまりにも不自然すぎる。
私はそっと扉を閉め、今度は部屋の窓辺から外を見てみることにする。
真っ赤な三日月が夜闇に浮かび、窓から赤いヴェールを降ろして室内を赤く照らしている。
異世界じみた光景で現実感が欠けている。
頬をつねってみると痛みは確かに感じるので、夢ではないようだ。
窓の外は荒れた庭が殺風景に広がっているのみで、人影はない。
今が逃げるチャンスかと窓枠に手をかけたところで、ハッと息をのむ。
視界の端で異形の存在が蠢いていたのを目にして身体が固まった。
黒い人型の影のような存在がうねうねと身をくねらせながら闊歩しているのだ。
サッと身を引いて窓を閉める。
くねくねと身体を捩らせる軟体動物のようなもの。
つい昨日、川沿いの水田で見かけたアレを思い出して、背筋がぞわっとする。
見てはいけないモノを見てしまったような。
脳が理解を拒絶しているモノに触れているような。
そんな身体の拒否反応で身体が激しく震えだし、私は身を守るようにベッドにくるまった。
アンテナの立たないスマホのホーム画面には、体育祭の時に友達と撮った写真が表示されていて、それが果てしなく遠い昔の出来事のように懐かしく感じられた。
文化祭の時、球技大会の時、家族で行った旅行先の写真など、設定した写真がランダムに切り替わり、安心と孤独がせめぎ合う。
そういえば、彼は今どこにいるのだろう。
いくつかの写真に時折写る神野八代の偏屈そうな表情を指でなぞり、ため息をつく。
愛想が良いとは言えがたい皮肉じみた彼の笑みを見て安心するなんて、今の私はよっぽど追い詰められているのだろう。
フォトライブラリで八代と撮った写真をスクロールして、思わずクスッと笑ってしまう。
少しだけ気が緩みかけた時、コンコンと部屋のドアをノックする音がした。
ギョッとして身体が一瞬こわばる。
「中に入っていいか」
「入ってこないで!!」
威嚇するように声を荒げる。
被り物の中から発せられているようなくぐもった男性の声色。
ジェイソン男だ。
独房のような部屋の中で受けた度重なる拷問、暴力、虫責め……………………。
次々にフラッシュバックする恐ろしい光景で胃液が逆流して喉に込み上げてくる。
口を抑え、唾を飲み込んで吐くのをなんとかこらえた。
「…………分かった」
私の拒絶に対しやけに素直な返答だった。
部屋の鍵はなくいつでも開けられるのに、無理矢理中に入ってくる様子はない。
ジェイソン男はドア越しから再び語りかけてくる。
「祭火のおかしくなった脳を治す方法が見つかった」
「……………………は?」
私は馬鹿にされているのか?
なぜ?
しかも治すなんて、まるで私が精神病患者のような言い草だ。
それに、なぜ私の名前を知っているのだろう。
頭の中で膨れ上がる疑問を口に出そうとしたが、それを阻むように意味不明な提案をされる。
「明日、俺と夜市に行くぞ」
「……あんたの頭の方がおかしいんじゃないの?」




