くねくね(前編)
居間で横になりながら、アンテナが全く立たないスマホの画面を見てため息をついた。
開け放たれた襖を通って、庭から蝉の鳴き声が騒々しく響いてくる。
スマホが使えないことにイラついた私は、蝉の大合唱に余計にイラつき襖を閉めようとしたのだが、熱気が室内に籠るためやむを得ず開けたままにしておく。
「……………………暑い」
口に出すと余計に暑く感じる。
畳に熱が籠っていたので何度か体勢を変えてみるものの、無為に体力を消耗するだけだったので起き上がることにする。
クーラー完備でフローリングの自宅がとても恋しい。
室内は広々として開放感があるのだが、クーラーがないというのは令和となった現代では死活問題であり、祖父母のような高齢者は特に注意が必要だ。
夏になると熱中症で高齢者が亡くなるという報道は毎日のようにテレビで目にするのに、うちの祖父母2人は平気なのだろうか。
高校生の私でさえ気が滅入って耐えられないというのに。
気晴らしにどこか出かけないかと八代を誘おうとして、はっと思い出す。
彼は、一緒に昼食を取って以降、ずっと物置部屋に籠っているのだ。
物置に置かれた骨董品やらガラクタやらに興味を惹かれたらしい。
昼食を取ってからずっと籠っているので、おおよそもう2時間になるだろうか。
クーラーなしの閉め切った密室で2時間以上も過ごすなんて自分だったら耐えられないが、八代にとってはそれだけ夢中になれるものなのだろう。
そう考えると、それだけ熱中できるものがある彼を時々羨ましく思える時がある。
私は彼よりもずっと社交的で友人も多いし、学業の成績も悪くない。
しかし、彼のように特別に秀でた能力や大きな人生の目的なんてないごく普通の女子高生で、変わったことといえば、こっくりさん事件に遭って以来幽霊が少し視えるようになったくらいだ。
彼のように悲惨な過去を持つ人間からしてみれば、私のような普通の人生こそ恵まれているのだろうが、それでも普通の環境で不通に育ってきた私の目には、彼が高く遠い存在に見えることがある。
自分がああなりたいとは思わないが、自分の人生の薄っぺらさにどこか空虚さを感じてしまう。
何かを失った人間や心が欠けた人間には、底知れぬ怖さと強さがあるのだと私は思う。
幸か不幸か一線を越えてしまうような悲劇に遭ったからこそ、普通の人間には越えられない一線を容易に越えることができてしまう。
彼を間近で見ていると、そう思えることが多々あり、それは自分にはない能力だ。
身も蓋もない考えだなぁ。
居間でぼんやり考え事をしていると憂鬱になってくるので、気晴らしに1人で散歩でもしようか。
デニムの短パンに白Tシャツというなんともラフな格好で、当てもなく外に出た。
と言っても村にはカラオケもゲーセンも本屋もなければ、ショッピングモールどころかコンビニすらない。
代わりにあるのは野菜の無人販売所や寂れた個人商店くらいなのだ。
付近から聴こえてきた川のせせらぎに引き寄せられ、近くの川沿い堤防散歩道に出る。
都心では見られないような透き通った綺麗な水。
岩陰に姿を潜める小魚の群れ。
川の流れにゆったりと身を任せるように揺らす水草。
流れに乗るように散歩道を下っていくことにする。
自然が豊かで人が少ない田舎道の散歩というのは久しぶりで、心が洗われるような気分になっていく。
足先だけ川に浸かって涼もうかなと思い、畦道を下ろうとしたところで、ふと、奇妙な姿をした物体が目に入った。
川を挟んだ向こう側の水田地帯。
水田の青と、整然と植えられた稲の緑、畦道の茶色で彩られた鮮やかな空間には不釣り合いな、細長くて白い物体がうねうねと蠢いている。
かなり距離が離れているためはっきりとは視えないが、人型のようにも視えるし、真っ白い植物のようにも視える。
人と同じくらいの背丈はありそうだったが、それくらい大きな真っ白い植物が田んぼのど真ん中に立っているというのはどうにも不自然だ。
ただ、人だと考えてみるとなおさらおかしい。
というか、かなり気持ち悪い。
こんな暑い真夏に誰もいない田んぼの真ん中で白い布地を纏って踊っているというのか?
何のために?
その違和感と気持ち悪さが好奇心へと変わったのは、八代の影響を受けたせいだろうか。
彼の顔を思い出して苦笑しながらも、アレの正体を見極めようと目を細めた。
目を凝らした先に視えたアレの正体は--------。




