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雛人形

 祖父母実家を前にした私と八代は、汗だくになりながらも無事にたどり着いたことに安堵した。

 八代は途中何度か熱中症で倒れかけ、2人が持っていた飲み物も途中で空になってしまったときは唖然とした。


 周囲を見回しても自販機なんて気の利いた機会がど田舎の道に置いているわけがなく、いつ脱水症状に陥るかと肝を冷やしながらようやく到着したのだ。


 門をくぐって視界に広がる大きな平屋を目にしたとき、小さい頃に両親とともに帰省した当時の朧げな記憶が蘇ってくる。

 埃を被ってしまっているくらいの古い記憶ではあったが、その時の家の様子とほとんど変わっていない。

 まるで空間ごと時が止まってしまっているかのようで違和感を憶えた。 


 都会と違い、田舎の家も街並みも、きっとそんなものなのかもしれない。

 時代の流れに取り残された場所というのは。


 そういえば、幼少期に帰省してから今日にいたるまで、ほとんど帰省した記憶がない。

 小さい頃は毎年のように両親とともに実家に帰省していたのに。

 両親が離婚したわけではないし、かなりの遠隔地というわけでもない。


 いつでも帰ってくることのできる故郷。

 居心地の良い優しい場所。

 だというのに、去年も一昨年もその前の年も、帰省した記憶がなかった。


 出迎えにきてくれたお祖父ちゃんとお祖母ちゃんは花が開いたように嬉しそうな顔を向けてくれたが、なぜか八代を見て表情が引き攣っていた。

 家の前で軽く自己紹介をさせたときは、蛇に睨まれた蛙のように2人とも身体を震わせていた。

 八代の目つきの悪さは高齢者を怯ませるほどの威力があるのか。

 私は毎日見ているせいで慣れすぎているだけかもしれない。


 家の中に入ってから、さっそく件の呪われた雛人形のところまで案内された。

 田舎らしい広い平屋で、老朽化した木造廊下は歩を進めるたびにミシミシと子気味良い音が鳴り響く。

 向かった先は物置部屋だった。


 夏には使わないであろうヒーターなどの家電類やら、いつの時代かとツッコミたくなる古いレコード、ブラウン管テレビ、はたまた、家宝なのではないかと目を見張るような年代物の甲冑など時代の新旧関係なく雑多に物が置かれている中で、埃の被った長い木箱があった。


「じゃあ、あとはよろしくお願いね。ワシらはリビングにいるから、終わったら教えてちょうだい」


 雛人形がよっぽど怖いのか、お祖父ちゃんとお祖母ちゃんはそそくさと退散してしまった。


「俺ってもしかしてもう祭火の爺さん婆さんに嫌われちゃってるのか」


「たぶん目力が強くて怖がっているんだと思う」


 八代は諦めたようにため息をついて苦笑いをした。

 たまに見る彼のニヒルな笑みが、以前と比べて優しくなったような気がする。

 見た目には大きな変化はないのだが、憑き物が取れたような、肩の荷が降りたような。


「最近何か良い事あったの?」


「なんだいきなり。別に何も特別なことはないぞ。あることといえば、毎日のようにサイトに届く心霊依頼や、ウチに毎晩のようにやってくる怨霊達くらいだな」


「普通の友達よりも幽霊の友達の方が多いんじゃない?」


「実際幽霊の友達の方が多いぞ」


「……うそ、マジ?」


 冗談のつもりだった質問に予想外の返しがきて少し引いた。

 さぁてね、と八代は鼻で笑って私を軽くあしらい、特に躊躇もなく木箱を開けた。


 15体の雛人形が綺麗に並べられて収まっていた。

 そして、開けた瞬間すぐに異常が見つかった。

 真ん中に置かれたお雛様の髪の毛だけが異常に伸びているのだ。

 15体の人形がお雛様の髪の毛で埋もれてしまうほど木箱の中は真っ黒い髪で覆われている。


「これさすがにヤバくない?」


「…………?これはむしろ良い現象だろう」


 八代の言葉に私は信じられないモノを見る目で彼を見る。

 幽霊と関わりを持ちすぎて、そっち側の肩を持つようになってしまったのだろうか。

 しかし、私の疑いは大きく外れた。


「これは付喪神だ。長い間大事に扱われていた道具に宿る妖怪。妖怪と言っても粗雑に扱わなければ悪さはしない。古来から人間には友好的な存在だからな」


「友好的なら、なんでお雛様の髪をこんなロン毛にしちゃうのよ」


「ただの悪戯なんじゃないか?」


「そんな子供みたいな妖怪がいるのね……」


 茶目っ気溢れる妖怪で可愛く思えるが、不気味に伸びたお雛様を見るとそうとも言えなくなってしまう。


「とはいえ、だからこのままというわけにもいかない。依頼を受けた以上、依頼者が納得のいく対応をしないと祭火の祖父母から依頼料がもらえないからな。なので申し訳ないが、付喪神にはこの雛人形から出てってもらうよう話をつける」


 八代はそう言って手を広げてお雛様にかざした。

 雛人形に憑いた付喪神と対話をしているのか、八代は手をかざしたまま目を瞑ってじっとしたまま動かない。


 物置部屋に無音が広がる。

 窓から差し込む日光は容赦なく八代と私の体温を上昇させていく。

 物置部屋に冷房はなく、室内に広がる熱気で汗が絶え間なく流れ続ける。


「……………………まだ?」


 我慢できず催促の言葉が口を突いて出てしまった。

 浮遊霊を霊視できる程度の能力しかない私は付喪神の姿も声も認識できないため、つい気持ちが逸ってしまう。

 心霊問題を解決させたいよりもこの暑い部屋から一刻も早く出たいが本音だが悪いか。


「だめだった」


「……………………は?」


「お雛様が可愛いからこの人形に乗り移ったんだとよ。綺麗な髪を伸ばしたりヘアースタイルを変えたりと色々オシャレしたいから出ていきたくないとさ」


 断られる理由がやけに人間的で、セクシャル的だった。

 驚くというより失笑してしまう内容で、妖怪にもそういう欲求があるんだなぁと関心してしまう自分が面白い。


 とはいえ、交渉決裂。

 次の八代の行動は早かった。


「それならあとは実力行使しかないな」


 そう言って雛人形の額に指を近づけ、デコピンをしたのだが--------


「強く弾きすぎた…………」


 雛人形の髪が全て抜け落ち、ハゲになってしまった。


「付喪神が人形から剥がれ落ちまいと髪の毛を掴んでいたせいで、付喪神と同時に髪の毛まで全部毟り取られちまったぜ。まぁこれでも問題は解決できたってことにはなるか?」


 私は静かに首を横に振った。

 どうするのこれ…………。


 ********************


 問題は解決しましたと報告を受け、短いおかっぱに戻った雛人形を見た祖父母はほっと胸を撫でおろし、ありがとうと言った。

 心なしか雛人形の表情もニコニコしている。


 解決したと言えばしたし、していないといえばしていない。

 実は、雛人形には未だ付喪神が宿っているのだ。

 

 雛人形がハゲになってしまってから、八代は再び付喪神と再交渉した。

 雛人形に憑いていい代わりに、髪を元に戻すこと。

 そして、ヘアーアレンジなりコスメなり自由に着飾っていいが、持ち主の前では標準スタイルに戻すこと。

 人間とそうでないモノ達と境界は踏み越えないことを条件に。


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