拷問だぜ
「なかなか効かないなぁ」
「効くわけがないだろう」
「祭火さん、そんなチマチマした量をぶつけるよりも大量に使った方がいい」
「…………いや、だから、やめ----」
私の制止も聞かず、尾道は頭上から食塩を大量に振りかけた。
滝のように袋の中身が空になるまで食塩が降り注ぎ、髪は塩まみれで白髪のように真っ白になってしまった。
塩の一部が口に入ってしょっぱい……。
「目の中に塩を流し込めば効くんじゃないか?」
「地獄の苦しみではあるがただ両目が傷つくだけだ」
尾道のその発言は冗談ではなく至って真面目なところが一層怖い。
幽霊として退治されるのではなく肉体的に殺されるかもしれない。
「除霊の王道は塩なんだけどだめかー。じゃあ次は……」
祭火は持ってきたバッグの中から布袋を取り出した。
そしてその布袋から銀色の小さな物体を取り出した。
「本気で俺を殺すつもりか?殺人犯になるぞ」
彼女が袋から取り出したのは銀色の弾丸だった。
「なんでそんな代物を持ってるんだ⁉拳銃は?」
尾道は興奮気味に問いかける。
日常生活ではまず見ることのできない武器にテンションが上がっているのだろう。
「お祖父ちゃんの物を借りたの。なんで持ってるか聞いたら道端で拾ったみたい」
「普通道端に弾丸なんて落ちてるか?」
「でもさすがに拳銃は持ってなかったから――――」
拳銃の代用品らしき物も袋から取り出した。
……………………おいおい、嘘だと言ってくれよ。
それから30ほど経過し、私はただひたすらに銀の銃弾の的と化していた。
パチンコで放たれた銀色の銃弾は身体のあちこちに打ち込まれ、小さな痣がいくつもできている。
銀が効くという俗説は幽霊ではなく狼男のはずで、私はそもそも狼男ではないし狼男は実在しない。
狼男も退治方法も由来なんて古い洋画やSF小説なのだからこんなことをしても意味がない……と力説したものの、射撃は一向に止めてもらえずこの有様だった。
「……全然効かんな」
「ダメみたいね……」
「次はどうするつもり?」
「その前にお腹減らない?」
「腹減ったな。八代を誘拐してからまだ何も食べてないし何か食べたい」
「確かにもう夜の10時だし、簡単な夕飯だけどパパっと作ってくるね。ちょっと待ってて」
そう言って祭火は土蔵を出て行った。
30ほど経つと、祭火は丼が3つ乗ったトレーを持って蔵に戻ってきた。
丼には炒めたばかりの豚肉と玉ねぎがご飯の上に盛られていた。
ふわっと香るてりやきソースとにんにくの香ばしい香り。
「ありがとう祭火さん。八代の分も用意したのか」
「栄養失調になったらそれこそ大変だからね」
祭火は落ち着いた様子でトレーの上に乗った丼私のもとへ運んできた。
「はい、食べてみて」
スプーンで飯を救い上げ、私の口元に運ぼうとする。
まさか毒でも入っているのだろうか。
いや、毒でこの身体が死ぬのは彼女にとっても本意ではないはず……。
考えすぎだろうか。
迷いながらも空腹には勝てず、スプーンに乗った飯を咀嚼して飲み込んだ。
……………………うん、普通に美味い。
「にんにくは効かなかったかー」
俺はヴァンパイアじゃない!!
それから彼女ら2人によるなんちゃって除霊がひたすら続いた。
どこの神社で買ったのか分からない御札で何度も顔を引っぱたかれたり、どこかのオカルトサイトでダウンロードしてきたらしい除霊用のお経を私が読み上げさせられたり………。
気が遠くなるような時間が経ったような気がする。
精神も肉体も疲労が蓄積して意識が時折落ちそうになる。
それは彼女ら2人も同じで、除霊中に2人ともうつらうつらとしていた。
「なぜそうまでして神野八代を取り戻そうとするんだ。こんな男が目覚めたところで誰にとっても得にならない。むしろ、君ら2人は監禁と暴行の罪を負ってしまっているんだぞ。今解放してくれればこのことは他言しない。だからさっさと諦めろ」
「お前の方こそ、なぜ八代の身体に乗り移るんだ。目的は一体なんなんだ」
「普通の人間が誰しも送っているような普通で平穏な日常を送りたいだけだ。私があの病院に巣食っていた時は常に恨みと苦しみで悶えながら在り続けていた。毎日すっきりした顔で退院していく患者達の顔を見て、素直に羨ましかった。彼らが過ごしている日常を私も謳歌したいだけだよ。それに、今の私の方がずっと良い人間を演じることができている。勉強もスポーツも交友関係も全てだ。先生からも信頼されている。君達だって今の私の方がずっと良いと思っているだろう?」
「うっぜぇんだよ」
「キモイ」
罵詈雑言。
シンプルに傷つくね。
むしろこれまでの暴行よりもずっとダメージが大きいまである。
「そもそも、祭火と尾道が神野八代を救おうとして行っている行為が、逆に彼を苦しめているとは思わないか?」
「おいそれはどういう意味だ」
はさすがに聞き流せないと言いたげに、尾道は額に青筋を立てて聞き返してきた。
「彼は生き地獄を味わっていたのだ。母と妹を父に殺され、2人の仇を討つことで彼女達の無念を晴らさなければならない使命感に囚われ、周囲に忌み嫌われながら目的を果たすために行動し続けていた。彼本人は決して悪くないのに心無い誹謗中傷を受け、苦しむことにすら慣れて頑張り続けて。それで、その先はどこに繋がっているんだ?父を殺したとして、今度は殺人罪で彼も刑務所行きか?それで死んだ母と妹が喜ぶっていうのか?彼だってそれくらいは分かっているんだろう。でも、なんの報いも受けずにそのまま父を野放しにさせるわけにはいかないから彼はそうせざるを得ないんだ。でももし、怪異に自分の身体が乗っ取られてしまったらどうだ?不本意にしろ、彼はようやくその長い地獄の道から逃れることができるんだ。怪異に飲み込まれてしまったのだから仕方ないと言い訳も立つだろう。なのに、君達2人がやろうとしていることは、今安らぎの中で眠る彼を再び地獄に引き戻そうとしていることと同じなのだということがなぜ分からないんだ」
祭火と尾道は2人とも言葉を失っていた。
それは、誰にも神野八代を本当の意味で救うことができないと彼女ら自身が分かっているからだ。
電車に飛び込もうとした自殺志願者を誰かが助けたとしても、それが本当の救いにはならない。
なぜなら、救われた人間はまた生きながらに苦しみ続けなければならないからだ。
苦痛の原因を取り除かなければならないのだろうが、多くの場合は誰にも問題が解決できない行き詰った状態なことがほとんどだ。
希望のない人間にとっての本当の救いというのは、現世から解放してあげることが妥当なのだろうが、何不自由なく生きている人間の倫理観はそれを良しとしない。
だから彼らは何もできないし誰も救えない。
生きる喜びだのご高説をどれだけ垂れ流したところで彼の苦しみを肩代わりしてくれるわけではないし、彼らも彼らの未来が一番大事なのだから――――
「神野八代だって心の奥底では自死を望――――――むわけがねぇだろうが」
口が勝手に動き、意思に反した言葉を発していた。
まさか意識が覚醒したというのか。
身体の主導権は私が持っているはずなのに、視界が徐々に浸食され返されてきている。
暗幕がかかるように己の視界の幅が徐々に狭まってくる。
「祭火と尾道がこいつの体力を削ってくれたおかげで付入る隙ができたぜ」
そして、あっという間に、私の意識は底へと沈んでいった。
目覚めると祭火と尾道はいなくなっていた。
手足の拘束は解かれていたが、牢の扉が固く閉ざされている。
そして、ついさっきまでと違う点が2つあった。
1つは、牢の中に大きな姿見が置かれていること。
もう1つは、緑色の濁った液体が入った2リットルペットボトルが1本置かれていること。
姿見に写る私はなぜか不敵な笑みを浮かべながら口を開き、
「俺と我慢比べしようぜ」
と言った。




