いきなりだけど今日放課後ツラ貸せや
祭火灯花から呼び出しを受けた次の日、今度は別の女子からLINEでメッセージが送られてきた。
『よー久しぶり。今更だけど退院おめ。いきなりだけど今日放課後ツラ貸せや』
どうやらかなり口の悪い性格のようだ。
まるでカツアゲでもされているような気分にさせる文面だった。
だが実際はそうではなく、これが彼女の普段の言葉遣いらしい。
名前は尾道遠江。
新聞部所属で、神野八代にとっての数少ない友人の1人であり、心霊関係の調査で情報収集の手助けもしてくれるビジネスパートナー的存在だった。
神野八代の記憶を深堀して辿ってみると、この男が病院に入院するような怪我を負った要因の一端はどうやら彼女にもあるようだった。
もしかしたら退院祝いでもくれるのかもしれない。
まさか彼女と恋仲になるフラグが立っている可能性も……。
そんな淡い期待を抱いた私が愚かだった。
放課後、新聞部の部室に入ると、眼鏡をかけた女子が1人、キーボードを忙しなくタイピングしていた。
ドアの開く音と同時にキーボードを叩く手がピタッと止まり、静寂が流れる。
こちらに向き直り、ジトッと観察するように見つめられた。
クールで涼し気な雰囲気を持つ、なかなかに綺麗な女子だった。
「…………お前、誰だ?」
昨日の祭火灯花と同じ内容の問いかけ。
そしてかなりの目力で睨まれる。
私でさえ一瞬怯んでしまうほどだった。
「誰って……神野八代だよ。久しぶりに顔を合わせたから私の顔を忘れちゃったんじゃないかな」
少しおどけて言ってみせたが、尾道遠江の表情は変わらず冷たい敵意が張りついている。
「神野八代はそんな朗らかな笑みは作らないし、周囲の誰も信用していない。だから私のような一部を除いてほとんどの人間と仲良くしない。でも、今のお前みたいに周囲の評価や体面なんて気にしない。誰かに嫌われようとなんとも思わない。八代は八代の世界の中で必要なものだけを持って戦っているんだ。今のお前とは何もかもが違う」
彼女のあまりの言い草にカチンとくる。
私が周囲ばかりを気にしているだって?
八代は戦っているだって?
私だってこれまでずっと苦しんできたというのに。
「お前も祭火灯花と同様頭がおかしいんだな。家族もいない、友人も少ない、周囲からは疎まれ、学業もスポーツもパッとしない、そんな男よりも、友人が多くて勉強もできてサッカー部に所属している、周囲から好かれて先生からも信頼されている今の私の方が良いに決まっているだろうが!」
頭に血が上る。
怪異の時には感じなかった血の巡りを強く感じる。
「お前は誰とでも仲良くしているようで実は誰とも仲良くないんだ。誰のことも大事に思っていない。愛情がないんだ。それは本当のお前の心が空っぽだからなんだよ。見ているのは数字だけ。友達の数、テストの点数。本物の神野八代はお前みたいなつまらない人間じゃねーんだよ偽物野郎」
このガキ殺すか。
しかし、怪異の時に放っていた呪いの念が上手く発現しない。
人間の器に入っているせいで、肉体としての縛りを受けているようだ。
だがしょせん10代の女子のか細い首など素手でへし折れる。
激情に身を委ね、尾道遠江の首根っこを両手で掴み上げる。
尾道は苦しそうに顔を歪めながらも私の顔を見て小さな笑みを浮かべる。
「やっぱり、神野八代じゃなかったみたいだな」
あまりの怒りに我を忘れたせいか、自分の両目両耳から真っ黒いドロドロとしたエクトプラズムが流れ出し、視界の一部が黒く変色していく。
袖にポタポタと雫が落ちて、いくつもの小さな黒いシミを作り出す。
なぜこの女は死ぬ瀬戸際だというのに、ニタニタと笑っているのか。
「----うし、--ろ…………」
途切れ途切れの声で私の背後を指差した。
私はなんの警戒もなく彼女の指差した方向へ振り向いた。
「ごめん、八代」
背後に立っていた人間が誰かを認識する前に、顎に炸裂した衝撃で視界が激しく揺れ、まもなく意識を失った。
目が覚めると、座敷牢のような場所の中で、古びた木造の椅子に縄で縛りつけられていた。
木目の牢に板張りの床。
かなり古いせいか、木材は傷んでいてミシミシと音が鳴っている。
窓のない土壁は外界の情報を一切遮断し、外が昼か夜かも分からない。
土蔵を思わせるような造りで狭くはないが妙な圧迫感を感じる。
「目が覚めたのね」
祭火灯花と尾道遠江が目の前に立ち、こちらを冷たく見下ろしている。
「ここはどこだ」
「私の祖父母の実家にある蔵だよ。かなり歴史のある古いお家で、現代ではほとんど見かけないこんな座敷牢があるの。お祖父ちゃんに事情を話して借りたんだ」
「事情とはなんのことだか」
「友達が化け物に身体を乗っ取られたから助けたいってこと。八代が入院してた病院に巣食っていたヤツでしょ。この病院は危険だから早く出ろって八代が注意していたのを思い出したんだ」
「そんな話を祖父はよく信じたものだな」
「可愛い孫の言うことだからね」
祭火はそう言って作り笑顔を張りつけた。
「…………一体なにをする気だ?」
私の問いかけに2人は薄く笑う。
「拷問だぜ」




