私は神野八代以上に神野八代を演じることができている
神野八代という男が学校で嫌われ者だということは、この学校に通いだしてから1か月も経たずに察した。
クラスの人間はおろか担任の先生でさえ、こちらを軽蔑の眼差しで見ながら露骨に距離を取ってきているのだ。
こちらから挨拶をしただけで驚かれるのだから余程煙たがられていたのだろう。
神野(つまり今の私の身体)の記憶を辿ってみると、過去に母と妹が実の父に殺され、その父は現在も人殺しを続けながら逃亡中ということが憎しみとともに深く心に刻まれていた。
この私が怪異という存在であった頃に病院で長年溜め続けてきた怨念に劣らないくらいの憎しみが心の中に渦巻いているのだから驚いた。
私が意識を支配して、彼にとってみればむしろ良かったのではないかとすら思う。
恵まれない環境で周囲にも疎まれ、孤独の中でただひたすらに怪異と戦う日々。
こんな激情を抱えながら生きていくのはさぞ苦痛だったろうに。
意識を奪った後も神野八代の意識から何度か抵抗を受けたが、ここしばらくは鳴りを潜めている。
意識の主導権を奪い返せたとしても、ただ辛い日常が待っているだけだというのに、彼はそうまでして父に復讐を遂げて一体何になるというのか。
酔狂な人間と言わざるを得ない。
学園生活というのは、長年病院で燻っていた私にとってはとても楽しかった。
神野八代の学業成績はそこまで良好とは言えず、どの科目も平均点よりやや低いという有様だった。
しかし、あの病院で死んだあらゆる人間の負の意識の集合体である私は、各人の経験と英知を保有しており、いわば他よりもかなり優れた人間の私にとってみれば、高校の勉強はどの科目も非常に簡単でいて楽しく、あっという間に吸収していった。
この前行われた中間テストでは学年成績1位という、神野八代にとってはかつてない好成績を叩きだし、担任の先生が言葉を失っていたのだ。
我ながらあっ晴れであろう。
ただ、高校生活と言えば、勉学だけではなく部活動も両立してこそ華々しく輝く。
最近テレビで観たワールドカップでサッカーに興味が湧き、2年生という中途半端な時期でありながらサッカー部に入部した。
2年生で未経験でおまけに周囲から嫌われているという三重苦の環境の中でも、私は基礎練を勤しみ、走って走ってとにかく走った。
身体から吹き出る汗が、脈打つ血管が、痛みで叫びを上げる筋肉が、身体中の細胞が湧きたっていることに喜びを感じる。
頑張っている姿というのは誰かしら見ているもので、私のサッカーの能力が少しずつ向上していく中で、私を認めてくれる人間が1人、2人と現れだした。
学業も部活も順調で、私を囲む輪は少しずつ広がっていく。
挨拶をすれば先生もクラスメイトも部活の仲間も気持ちよく返してくれるし、教科書を忘れたら近くの知り合いが気づいて見せてくれる、昼休みはフラフラと出かける必要もなく、教室内で友人と喋りながら昼食を取る。
私は神野八代以上に、神野八代を演じることができているのだ。
――――全くもって順風満帆な学園生活だというのに。
「今日放課後みんなでカラオケ行くんだけど、神野も来る?部活休みっしょ?」
今日は一日中雨で、サッカー部の練習は休みという連絡がグループラインで回覧されたところだった。
「うん、いいね。朝まで歌いまくろうぜ」
「高校生でオールはまずいっしょ!」
なんて高校生らしいやりとりだろうと微笑ましく思いながら帰る準備をしていた時だった。
「放課後ちょっと話あるんだけど、いいかしら」
どこかで見たことのある女だったような……。
曖昧な記憶がはっきりすることはなく、俺はとりあえず快諾の返事をした。
クラスメイトにそのことを告げると
「学校のマドンナ様に放課後告られるとかどこのギャルゲーの主人公なんだよー。いいなー。リア充うぜー」
というような恨み節を吐き散らかされた。
確かに顔はかなり可愛い部類の女子だった。
学園生活の青春と言えばやはり恋愛は欠かせぬ一大イベントだろう。
しかし、私の胸は全く沸き立ってこない。
それは私を見る彼女の目が、恐ろしく冷淡で侮蔑的だったからに他ならなかった。




