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お前ら一生呪われる♪

『こっくりさんこっくりさん、おいでください』


 放課後、すっかり人がいなくなった教室内で、クラスメイトの女子2人と1つの机を囲んで手を取りながら呪文を唱える。机に置かれたA3の白紙には五十音の平仮名と数字、そして鳥居が描かれており、空欄を埋めるようにデフォルメされた可愛らしい狐が真っ白な地面を駆けている。


 所在なさげに狐の絵に視線を這わせると、狐の瞳もこちらに視線を向けたような気がして小さく悲鳴を漏らした。


「灯花大丈夫?何かあった?」


「ううん、なんでもない。ただの気のせいみたい」


 佳代子も紗枝も爛々と目を輝かせながら何かが起きるのを期待している様子だ。水を差してしまいそうだったので余計な事は言わないようにしようと口をつぐむ。

 いや、ここで不安を口に出してしまうと本当にそれが起こってしまうような気がして口には出せなかったという方が正しい。


 そんな私の不安など視界にも入っていない2人は、人差し指を立てて鳥居の絵の上に乗った十円玉に添える。

 急かすように私に視線を向けてきたので、私も不承不承に人差し指を十円玉に添える。


「じゃあ私から質問いっくよー!こっくりさんこっくりさん、私は竜司君と付き合えますか?」


「佳代子の質問いきなり直球すぎー!こっくりさん引いちゃうって」


「質問したもん勝ちでしょ。あ、紗枝も灯花も、こっくりさん終えるまでは絶対に十円玉から手を離しちゃだめだからね」


「離したら?」


「こっくりさんに呪い殺されるんだって」


「こっわ」


 言葉の割にはさして怖がっていない紗枝と佳代子が羨ましい。

 私なんて今の一言で余計身体が震えているというのに。


「こっくりさんに釣られてそこらにいる悪い霊も悪戯に来るかもらしいんだけど、ビビって手を離さないようにってネットに書いてあったからさ。2人とも本当気をつけてね」


 そう念押しする佳代子の表情を見るとやはりニヤニヤしている。


 余裕な面持ちの2人に比べて私は汗がじんわりと肌に浮かんでいる。

 二の腕に生じた水滴がなだらかな下り坂を下って指先へ伝い、十円玉を湿らせる。


「灯花びびりすぎ!こんなのただの遊びなんだから、そんなに肩肘張んなって…………お、おぉ?」


 紗枝の反応に私も佳代子もハッとする。

 何かに無理やり引っ張られるように指先がひとりでに動いているのだ。


「これ、まじのやつ……?マジで?おぉおおおお!!」


 十円玉が走った先は、二つの文字。


 ――――――――は。


 ――――――――い。


「いぃいいいいやっっっったーーーーーー!!」


「佳代子!指を十円玉から離しちゃだめよ!」


 今にも飛び上がらんばかりに喜ぶ佳代子を紗枝は制した。

 それでも興奮冷めやらぬ様子の佳代子はるんるんと身体を揺らしている。

 私達の指を乗せた十円玉はまたひとりでに鳥居の元に戻っていく。


「じゃあ次は私の番ね。こっくりさんこっくりさん。死滅の刃の今後の展開で、誠一君はどうなりますか?」


「紗枝は誠一君推しだったよね。私は断然四之助推しだわ。超イケメンだし」


「被り物つけてんじゃん」


「あの中身がかっこいいんだって!」


 2人が楽しそうに論じている傍ら、私はまた狐の絵に目を奪われていた。

 狐が尻尾を振りながら鳥居の周りを楽しそうにぐるぐると駆けていたのだ。


 十円玉から指を離して、紙の中を走り回る狐をつつきたい欲に駆られてしまう。

 いや、絵が動くなんて普通はあり得ない。

 緊張のせいか幻覚のようなものまで視えてしまっているようだ。

 しかし、果たしてこれが本当に幻覚なのかと問いかけたくなってしまう自分もいる。


 そして再び十円玉が動き出した。


 ――――――――し。


 ――――――――ぬ。


「えぇ~~そんな~~。主要キャラなのに死んじゃうなんてありえなくなーい?」


「あの作品主役級のキャラもどんどん死ぬ作品だからね、しょうがいないね」


 紗枝の文句など全く意に介さないように十円玉は淡々と鳥居の元へ戻っていく。


「じゃあ次は灯花の番よ。なんでも質問しな。ただしこっくりさん自身のことは聞かないようにね。タブーだから」


 聞く気もないし知りたくもない。

 適当に無難な質問をしてさっさと終わらせよう。

 何を質問しようか……、明日の天気とか?


「灯花はあいつのこと聞くんじゃないの~?」


「あいつって誰?」


神野八代(かみのやしろ)っしょ」


「えぇーーーー!?あいつはやめときなって灯花。何度も忠告してんじゃん。あいつの父親って現在進行形で逃亡中の連続殺人鬼なんだから危ないって。あいつ以外の家族も惨殺したってニュースで見たし。だからあいつもやばい奴だよきっと!関わらないようにしときな」


 紗枝は心底嫌そうな顔をして私に何度目か分からない忠告を繰り返した。

 嫌悪の陰に隠れた薄暗い笑みを見るたびに、私は言葉を窮してしまう。


「八代自身は悪い人間じゃないからさ……」


「友達もいないしいつも不機嫌そうな顔しててさ。あんなんじゃ友達できるわけないっての。

 灯花が親切に話しかけてもぶっきらぼうに答えるだけじゃん」


「あれは絶対に父親の邪悪な血を色濃く受け継いでいるね。目つききもオーラもやばいもん。しかも、幽霊が視えるって噂もあるし」


「え、なにそれやっば!マジで?」


「誰もいない教室や廊下で誰かと話してたって目撃談多数ありの模様」


「うっわー痛い奴じゃんそれ。自分から話しかけられないからって、突飛なキャラ作って誰かに話しかけてもらおうっていう魂胆。嫌いだわー。幼馴染だからってあいつに構わない方がいいよぜったい!灯花まで巻き込まれちゃうかもなんだからさ」


 私を置いて目の前で繰り広げられる嗜虐と迫害と愉悦の応酬。

 そんな澱んだ空気を壊す勇気もなく、私はいつも通りの消極的返答でその場を濁す。


「別に八代に興味があるわけじゃないよ」


 こう返答してあげると、2人は満足そうに矛を収めるのだ。

 私が傷つけられたわけではないのに、私の胸に穴が空いたように風が身体を突き抜けて心臓が冷たくなっていく感覚を覚える。

 八代から見たら、私も彼を取り巻く黒い輪の中の1人として見られているのだろう。


 私自身それを手放すことができないのだから仕方ないかと自嘲混じりにため息をつく。

 さっさと適当に質問を投げようと思い直したところで再び水を差すような言葉が紗枝から投げられた。


「神野なんかよりもさ、竜司君について聞いた方がいいと思うけどなー」


 紗枝のいわくありげな物言いに私よりも先に佳代子が反応を示す。


「ちょっと、それどういうこと?」


 尖りのある佳代子の声色に紗枝は一層楽しげにトーンを上げる。


「竜司君の友達に聞いたんだけどぉ、竜司君って実は灯花のこと気になってるらしいよ」


 小さな子供がはしゃいだように楽しげに語る紗枝の口元はどこか歪に歪んでいる。

 そんな紗枝の様子に佳代子はみるみる顔を紅潮させる。


「そんなのあるわけないじゃない!さっきこっくりさんだって私と竜司君が付き合うって

 示してくれたじゃん!それが証拠よ!」


 必死さが滲み出る佳代子の言葉に、紗枝は我慢できないくらいに大笑いした。


「うっそうっそ!あれ私がふざけて動かしただけだもん。そんなわけないじゃん。でもしょうがないんじゃないの?灯花ってぶっちゃけかなり可愛いし男子にも人気あるけどさ、佳代子って…………ブスじゃん?イヒッ。イヒヒヒヒッ」


 いつもの紗枝の口からは決して出てこないような下卑た笑い声。

 彼女のあまりに不自然な様子に私は言葉を失いながらも彼女を静かに見つめていると、紗枝は両目から薄く涙を流して始めた。泣きながら笑っている。


 いや、笑っているというより、口の端を無理やり何者かに引っ張られているかのように口元と頬が奇妙な方向に歪んでいる。


「…………そんらこと、おほって……らいろに」


 舌ったらずに喋り続ける異様さにどうしていいのか分からず佳代子の方を向くと、佳代子は怒りのあまり身体が震えていて、紗枝の不自然な様子に気づいてすらいないようだった。


「佳代子、私は竜司君なんて興味ないからさ、大丈夫だよ。落ちついて、ね?」


 異常な状況下でもなんとか冷静に務めて声をかけたつもりだった。


「竜司君……なんて?」


 それが佳代子の神経を逆なでしてしまうことなど予想がつくはずもなかった。


「佳代子落ち着いて。竜司君とちゃんと付き合えるって。佳代子可愛いんだからさ。自信持って」


 なんとかなだめて落ち着くように佳代子の肩に触れたが、激しく振り払われた。


「美人のあんたにそんなこと言われたって余計に惨めに見えるだけだっての!そんなことも分からないの?大体いつも灯花はそうやって優しいフリして――――」


 とめどなく溢れる佳代子の感情の嵐。それを不自然に不気味に歌うように、紗枝が言葉で遮ってくる。


「はっなしたー♪はっなしたー♪人差し指を、はっなしたー♪お前ら一生呪われるー♪」


 ようやく紗枝の異様さに気づいたのか、佳代子は目を大きく見開いて彼女を見た。


 そして、自身が十円玉から手を離していることにようやく気づく。


「あ…………、ごめ、なさ……。でも、だってこれ、ただの……遊びのつもりで…………」


 誰に向けているのか分からない謝罪の言葉を、うわ言のように呟く佳代子。

 泣き笑い顔を浮かべながら呪いの詞を歌い続ける紗枝。

 私は2人を交互に見ながら、どうしようかと何度も自分に問いかけているが、答えが全く返ってこないどころか膝が震えて立つことすらままならない。


 紗枝は私の両肩を掴んだ。彼女は私より小柄なはずなのに、万力に固定されているかと思うくらいの力の強さを腕から感じる。


 だんだんと締め付ける強さが増していく。やめてと叫ぶ声はもはや彼女に届いていない。


 彼女は白目を剥き、泡を吹きながら笑っていて正気ではなくなっていたのだ。


「さーようならっ♪さーようならっ♪2人の明日にさーようならっ♪」


 肩を掴む彼女の手が首へと這うように登っていく。


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