プロローグ
プロローグ
サクラ。
バラ科サクラ亜科サクラ属の落葉広葉樹の総称。
またはその花である。一般的に俳句等で春を表現する季語に用いられる。
薄桃色の花弁が舞い散る中、我らが学び舎大江戸中学校では卒業式が行われている。
全校生徒数647名の一般的な公立中学だが、運の良いことに桜も咲き乱れこれこそが卒業式という雰囲気を立派に醸し出している。
肩を組合い写真を撮る者もいれば雰囲気や別れによって泣いている生徒もしばしば見られる。
この一生に数回しか味わえない雰囲気を噛み締めよう。
そう心のなかで意気込み深呼吸をする。
「スゥー…」
目一杯吸い込んで吐き出そうとしたその時、
「ドンッ!」背中に強い衝撃が走る。
「ぐぇっ!」
なんとも情けない、蛙を強く握った時のような声が漏れた。
せっかくの感傷に浸っていたのに何だと少し呆れながら振り返るとそこには少し小柄で肩を若干越える位の髪をなびかせる、容姿端麗な少女が居た。
「頼霞!卒業式おめでとう!」
その少女は嬉しそうな声でそう言うと小さな花束を渡してきた。
「いや…お前も卒業したんだぞ?」
半分驚き、半分呆れつつそう返すと
「素直じゃないなぁ〜、こういうときは笑顔でありがとうって言うんだぞ?」
と少し不満そうに言うこの少女、容姿端麗で運動神経バツグン、人当たりも良く男女から人気のある学校ではちょっとした有名人だ。
そして…俺の幼馴染の一人でもある。
「腐れ縁だな」そう僕が小さく呟くと
「だね!これで幼稚園から高校まで全部一緒だよ!?」とドヤ顔で語る。
「雫は?」
「雫は受付の近くで男子と写真撮ってたよ。やっぱ美人は人気だよねぇ。」
と自信ありげにうんうんと頷く。
「ふーん」と特に意味も無い返事をした俺には見える。ルカと写真を撮ろうと一人になるのを待っている男子がそこら辺に群がっているのが…こいつ女子と別れたら速攻で俺のとこ来たな?
冗談だろと思いつつ独り言が漏れる
「このちびっ子とそんなに写真撮りたがるか普通…」
「へっ?」と少女が目を丸くして言う。
やべっ、そう思った時にはもう遅かった
「ねぇ今私のこと童顔のチビっていったよね!?」
「いや待て、そこまで言ってない」
「てことはどっちかは言ったんでしょ!??」と顔を赤くしながらこちらを見る。
「いや言ってない(言った)」と真剣な顔でこちらも対応する。
「まったく、別に頼霞だって背が高いわけじゃないのにさぁ...ゴニョゴニョ」
「…」
こちらとしても感に障る言葉を聞いたが事を荒げないためにここは無視する。
「それよりさ、写真撮ろうよ」と先ほどのやりとりを忘れたように明るい表情で言う。
本当に表情がコロコロ変わるやつだなと思いつつ
「いいけど」と答え終わったと同時に手を掴まれて引っ張られる
「おいちょっと待て、引っ張るな」
「なに、恥ずかしいの?」とニヤニヤしながらこっちを見る
「別に恥ずかしいとかそんなじゃないけど俺にも世間体があるんだよ」
正直周りの男子からの目が気になるが…
そんなこんなをやっているうちに卒業式看板の前に着く。
一番後ろに並んで順番を待っていると
ルカが空を見上げながら
「ねぇ、高校に言っても楽しいこといっぱいあるかな」と子供のようなことを聞いてくる。
俯いて少し考えた後に俺は無難なイベントを答える。
「そうだな。クラス決めに体育祭、文化祭、修学旅行。沢山あるさ。」
「そうだよね、何でもできるよね」
とこちらを見ながら笑いかけてくる。
「彼氏もできちゃったりしてー」
とルカが妄想を広げつつ、エヘヘと言っているところにちょうど順番が回ってきた。
「頼霞、撮ろ」とスマホを片手にしたルカの呼びかけに応えようとしたその時、後ろから野太い男性の声が聞こえた。
「お~い二人とも、僕に写真を撮らせてくれないかい?」
声の方向な振り向くと、こそには高級そうなカメラを首にぶら下げてこちらに手を振ってくる小太りのおじさんがいた。
「あ、おじさん!ちょうど良かった、撮ってよ」と少女が愛想良く答えると
「おう!任せなさい!」と胸に手を当てて自信満々に答える。
そのやりとりを傍観しつつ卒業看板を挟んで少女の横に立つ。
カメラを持ったおじさんとルカが何か言いたげな顔をしてこちらを見ているとどこからかヤジが飛んでくる。
「こら頼霞。こーゆーときは横に立つんだぞ。」
聞き覚えのある声だ。
「そうだよ、言う通りにしなきゃ」と言いながら少女が看板と俺の間に体をねじ込んでくる。
周りの保護者達もそれを聞いて笑っているのが分かる。
おじさんも納得したようにニコニコしながらこちらにオッケーサインを送ってくる。
「じゃあいくぞ。はい、チーズ」
パシャパシャ、パパシャパシャと音を立てながらカメラが光る。
「よ~しおっけぃ!」とおじさんが満足げな表情でこちらに言ってくる。
看板から離れようとしたときルカが少し背伸びしてこちらに耳打ちをする。
「絶対に高校生活楽しくなるよ、勘だけど」と可愛げのある表情で言ってくる。
「そうだな」と俺も少し微笑みながら返事を返す。
それを確認すると少女はおじさんのところに写真を確認しに向かった。
それを見ながら俺は何となくこう呟いた。
「お前の勘はよく当たるからな、期待しとくよ」
ベタな言い方になるがこの時の俺は予想もしてなかった。
長年守ってきた俺の宝でもある平凡で平和な日常が俺のもとを去り、代わりに迎えてくれたのはうんざりすりほど刺激的な激動の高校生活だということを。
望んでいたけれど望んでいない、そんな非日常に今足を踏みいれる。