001 回帰
約20年前、突如として空が割れ、世界中に巨大な浮遊城が姿を現した。
それは全100階層から成るグランドダンジョンであり、名を【夢見の摩天城】と言った。
摩天城の中には、いかなる現代兵器も通用しない邪悪な魔物が蔓延っていた。
そして、各階層には攻略までの制限時間が設けられており、それを超えるとダンジョン・ブレイクと呼ばれる破壊現象が発生。
ダンジョン内の魔物が地上に溢れ出すという、地獄のようなシステムまで備わっていた。
だが、摩天城が与えたのは決して絶望だけではない。
摩天城の登場を境に、人々はステータスやスキルという強大な力に目覚め、その力を使いダンジョンを攻略する者を冒険者と呼んだ。
さらに、ダンジョン内から取れる資源は高価に売却できることに加え、最上階に辿り着いた者はどんな願いでも叶えられるという。
多くの冒険者が名誉や金を求め、摩天城の攻略に挑んだ。
そして俺こと佐伯 奏多もまた、理由こそ違えど、冒険者として摩天城に挑んだ一人だったのだが――
◇◆◇
――現在。
夢見の摩天城 第80階層。
10階層ごとに登場する強力なフロアボスを前に、俺たちは呆気なく敗北した。
『ルォォォオオオオオオオオ!』
頭上を旋回するのは、この階層のボス『紅玉のオルトドレイク』。
俺を含めた最前線の冒険者二十数名を一蹴した、怪物級の魔物だった。
胸元の火傷痕を抑えながら、俺は朦朧とする意識の中で思考する。
(まずい……俺たちが負けたら、コイツを含めた大量の魔物が地上に氾濫する。そうなったらもう、この世界は終わりだ……)
抵抗しようにも、ここからアイツを倒せる手段など存在しない。
そう考えていた、その時だった。
「おい……生きてるか、カナタ……」
隣で俺と同じように横たわる、アメリカダンジョン出身のS級冒険者、ルーカスがそう話しかけてきた。
俺は絞り出すように返事をする。
「なんとかな。だが、残された時間はあまりなさそうだ」
「そうか。ならもう、これを使うしかないな」
「っ、それは……!」
ルーカスが懐から取り出した砂時計を見て、俺は思わず声を上げた。
そうだ。まだこれが残されていた。
俺は改めて、その砂時計の情報を確認する
――――――――――――――――――――
【回帰の砂時計】
・レア度:S
・入手場所:〈叡智の無限回廊〉
・世界の時間を10年間巻き戻すことができる。
使用者本人のみ、10年前に記憶が引き継がれる。
――――――――――――――――――――
この【回帰の砂時計】は、第77階層に存在していた大図書館〈叡智の無限回廊〉にて入手したS級アイテムであり、世界の時間を10年間巻き戻すことができる。
これまでに積み上げてきた全てをなかったことにしてしまうが、もはやこれ以外に残された選択肢はなかった。
「それじゃ、あとは頼んだぞ、ルーカス」
後を託すようにそう告げるも、なぜかルーカスは眉を上げた。
「はあ? 何言ってやがる。これを使うのはお前だよ、カナタ」
「……いや、俺なんかより、ずっと最前線組のリーダーを務めてたルーカスの方がいいんじゃ……」
しかし、そこでもう一人の生き残り――イギリスダンジョン出身のS級冒険者、シャーロットが静かに告げる。
「いいえ、カナタ。この結末を変えられるとしたら、それは誰よりも早く最前線までたどり着いた貴方しかいません」
「それにカナタ、お前も分かってるだろ。〈叡智の無限回廊〉にはダンジョンに関する様々な情報が詰まっていた。俺たちがこの先に進むためには、あのスキルが必要不可欠だ。そしてそれを得られるとしたら、10年前の時点でまだ冒険者になっていなかったお前しかいない」
そう言いながら、ルーカスは真剣な表情で俺に砂時計を差し出してきた。
「だから、あとはお前に託す」
「……ああ、分かったよ」
俺は砂時計を受け取ると、それを強く握りしめた。
この信頼だけは、絶対に裏切れない。
「それじゃ、最後のひと踏ん張りといくか」
「そうですね。アイテムを使う時間を稼がなければ」
そういって、ルーカスとシャーロットの二人がオルトドレイクに挑んでいく。
それを見届けながら、俺は砂時計をひっくり返した。
数分後、最後の一粒が落ちると同時に、青色の魔力が俺の体を包み込む。
(ありがとう。みんなの願いは、俺が必ず叶えてみせる――)
やがて俺の体は、世界とともにゆっくりと消えていくのだった。
◇◆◇
「――――はっ!」
目を覚ますと、俺は懐かしい自室のベッドの上にいた。
起き上がり鏡を見ると、確かに姿が18歳の頃のものに戻っている。
「……本当に戻ってきたんだな、10年前に」
窓の外を見ると、あの日と変わらぬ姿で摩天城が浮かんでいる。
そしてその中心には、これでもかと巨大なカウンターが表示されていた。
――――――――――――――
The 42nd Floor
Limit Time
645h:17m:52s
――――――――――――――
現在、攻略しているのは第42階層。
それを一か月以内に攻略できなければ、地上に魔物が溢れかえってしまうことを、あのカウンターは示している。
俺は拳を握りしめると、改めて決意を固めた。
(いつまでも感慨にふけってはいられない。まず初めにすべきことは、あのスキルを入手すること。そして――)
俺は摩天城を見上げながら、力強く宣言する。
「――待っていろ。俺がもう一度、最前線まで最速で駆けあがってやる」
こうして、俺の二周目の人生が始まったのだった。
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