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2.星の雫

 群青のゲートは正木たちのコテージがある島から、千キロメートル以上離れた無人島の洞窟の中にあった。さすがに距離がありすぎて馬や鳥に乗っての移動は厳しい。

 リンがコテージの前で魔法の杖を掲げた。地面に魔法陣を形成していく。

 リンはトップスに、白地に水色の差し色が入った、ゆったりとしたローブ、ボトムスには水色のスカート、脚には革のブーツという格好だった。そんな短いスカートで身を守れるのか?と正木は心配して言ったが、スカートとブーツには、紬と一緒に魔法を仕込んで、ちゃんと防御性能も高めてあるとリンは自信満々で説明した。

 正木は黒ずくめの戦闘服だ。動きやすいなめし革でできていて、ボトムスも黒のレザーパンツ、黒いブーツも革製だった。腰には黒い鞘の刀を吊るしていて、逆の腰には魔法拳銃のホルスターもベルトに付けてあった。さらに背中には大きな魔銃ライフルを背負っている。拳銃のホルスターもライフルも黒色。刀の柄にある目貫の飾りだけが赤く目立っていた。

 紬は正木のものに良く似た革製の戦闘服を作ってもらって着用していた。黒色を真似るつもりはなかったので、革はえんじ色に染めてもらった。ボトムスはリンの提案を聞いて短めの革製のスカートに魔法糸を編み込んだ黒いタイツを着用している。リンは可愛くなったと喜んだものだ。手には木製の魔法杖を持っていた。これには正木が倒した黒竜の瞳から採取した魔石の結晶がはめ込まれていた。魔石の中には禍々しく揺らめく青白い光を見ることができた。

 三人とも動きやすいように工夫された小型のザックを背負っていて、魔法をかけられたそれには見かけよりも多くの装備品を入れることができた。食料、魔銃の弾薬、騎乗用の馬や鷹を封じた魔具、野営をするための携帯用テント、快適に寝るためのマット、寝袋……etc。それぞれに最終的な装備品のチェックをし終えてから魔法陣に入った。

 リンが転移魔法の最後の術式をかけ終わると、三人はゲートのある洞窟の入口のある場所へ、瞬間的に移動していた。洞窟に入って少し進むと、すぐに地上の光は届かなくなった。リンが杖の先に魔法の明かりを灯した。

 摩訶不思議な紋様が岩の壁にぎっしりと刻まれた広い空間にたどり着くと、壁と同じ紋様が掘られてある墓石のようなものが二つ置かれているのが見えた。これが古代人が残したゲートであった。

 リンはローブのポケットから目的の場所までのルートを記録した紙を取り出した。それを読んで右に見えるゲートに近づく。

「そのメモは目的地までのルートが書かれているのね?」

 紬が訪ねた。

「うん」

「それはどうやって手に入れたの?」

「依頼を受けるときにこうやって行くんだよーって教えてくれたのをメモしたの」

「ちょっと見せて」

 紬はリンの隣に行きそのメモを覗き見た。

 こう書かれていた。

 右 二 真ん中 六 右 下 五 左 ・・・・・・まだこれの三つ分は続いていた。

 紬はゲートを使った旅のことを思い出した。ここのゲートは二つだけだが、ある星ではもっとたくさんのゲートがあったし、一つしかない星もあった。そのどれを通っていくのかをリンはメモしたのだろう。

「これ、もし間違って書いていたらどうなっちゃうかな」

「間違った星に行っちゃうでしょうねえ。でも!」

 リンはにっこり笑顔を見せた。

「間違って書いてあるとおりに戻れば元には戻れるから迷子にはならないよ」

「そっか。それなら安心……かな」

 紬もそう言って苦笑した。

「じゃあ、行き先でこのメモをなくしちゃったらどうなるかな?」

「今、紬にこれ見せたから平気でしょ」

「えっ」

「帰り道。覚えてくれたかな」

「覚えられないよ!むりむり」

「リンも覚えられないよ~。そのときは迷子になっちゃうね」

 宇宙で迷子はなりたくない……と紬は思った。

「はやくしろ。日が暮れてしまうぞ」

 後ろから正木がぼそっと言った。

「紬、やってみて」

 紬は正木とリンの顔を見てから頷いた。

 墓石のようなゲートの上に杖をかかげて、教えられたとおりに頭の中で魔法の術式を構成する。そして魔力を投じると……。

 瞬時に違う部屋に転移した。

 これで以前話していた何百光年と移動したのであろうか。紬は不思議を通り越して一瞬すぎて無感覚に思えた。

 眼の前に今度は五つのゲートと思われる遺物があった。

 次は確か、二番目だったわね。

 紬は左から二番目のゲートの前に近づいていった。

「紬、ちがうよ。こっちこっち」

「あれ、二番目じゃなかった?」

「リン、右利きだから右から数えたの」

「そうなの……」

 正木が後ろで急げオーラを出しているのを感じて紬は慌ててリンに近づいてまた魔法を唱えた。



「これで最後。真ん中のゲートだよ」

 リンがメモを見ながら言った。

 紬はリンのメモが正しいことを祈りながら杖をかざした。

 瞬時に転移。

 目的地の場所、と思われる星に到着したようだ。ゲートは二つ安置されていて、紬たちは右のほうから出てきた。覚えておこうと紬は思った。

 ここは暗闇ではなかった。やはり石造りの遺跡の中にいるようだが、広いホールのようなこの場所の出口と思われるところからうっすらと明かりが射し込んできていた。

 正木がつかつかとそちらのほうへ歩いていく。紬とリンは正木の後ろについて行った。

 ゲートが置いてあるホールのようなところを出て、廊下にしては幅の広いと思われる通路を歩いた。前方からの光がだんだん強くなってきて。

 外に出た。

 紬が振り返ると大きな石造りの遺跡があった。相当に古いものだ。石の壁は苔むして、隙間から雑草が生え、薄汚れていた。

 恒星が頭上に見えた。青空も見えた。

 回りには木々がたくさんあって森の中にいるようだった。遠くで震えるような何かの音が聞こえる。あの音はなんだろうと紬が考えていると声がした。

「遅かったな。待ちくたびれたぞ」

 魔法学校の制服を着ているような格好をした青年が、ゆっくり歩きながら近づいてきた。濃い茶色の髪に茶色の瞳。背は高く正木と同じくらいあった。

「正木がどうしても俺たちに手伝って欲しいってことだったから来てやったのに、どれだけ待たせるんだって話しよ」

 年齢は紬やリンよりは年上だろうが、まだ二十歳にはなっていないくらいに見える。それなのに正木への口の効き方がかなり馴れ馴れしいと紬は思った。

「デニ。遅れてしまったんならすまなかったな」

 正木は青年を優しい瞳で見つめながら言った。良く知っている子なのね、と紬は思った。

「ひとつ貸しだからな」

 デニと呼ばれた青年は言った。

「リン、ちゃんと時間は話し合っただろう?お前計算間違ったんじゃないか?」

 紬はリンが道順を間違わないでくれて良かったと思ったが、時間の計算を間違ってこの生意気そうな男の子を待たせたのだったら結果的にリンはグッジョブだと思った。

 デニには二人、連れがいた。

 一人はデニと同じ制服のような格好をしていて、デニと年齢も近いと思われる青年だった。この青年はデニより頭半分くらいは背が低く、リンと同じくらい美しい金髪をしていた。カールした金髪を少し伸ばし気味にしていて、大きな丸いメガネをかけて真面目そうな顔をしていた。

 もう一人はこの青年二人と一緒にいるには、なんというか、不適切だと紬は感じたものだ。その女性は長く大きな濃紺色のマントを身に着けているのだが、軽い風にそれがはためくと、豊満な胸が小さな布地の衣装に隠されているだけの、露出度の高い格好をしていた。ショートパンツの衣装からは太ももが顕になっていたし、トップスは最低限の衣装しか身につけていなかったのでおへそは丸出しだった。長い髪色はピンク、まつ毛の長い切れ長の目をしていた。年齢は、こう見えてデニと同じくらいなのかもしれないと紬は思った。格好も目立つが背負った武器もまた目立つものだった。正木が持っているものよりも大きなライフル魔銃を背負っていたからだ。

「正木さん、こんにちは」

 金髪の青年のほうが正木に挨拶した。

「ズル、ひさしぶりだな」

 正木が応える。そしてピンク髪の女の子のほうを見て、

「リリー……か?大きくなったな」

 リリーはそう言われたが髪をかきあげて正木のほうを見ただけだった。

「ズル。お前はここのような科学文明についていろいろ勉強していただろう。うちの紬は科学文明の星に来るのは初めてなんだ。紬にお前の知識を教えてやってくれないか。それもあって今回はお前たちに声をかけさせてもらったんだ」

 ズルと呼ばれた金髪の青年はメガネの位置を手で直す仕草をしながら答えた。

「分かりました。おまかせください」

 紬は……正木の言葉に心の中で動揺していた。

 今、正木は、『うちの紬』って言わなかった?うちの紬?うちの……

 この場では科学文明について教えてくれるというズル少年によろしくお願いします、みたいな言葉をかける必要があるとは、紬にも分かってはいたのだが、さきほどの正木の言葉を聞いた動揺を隠したい一心で紬は……

 リリーを指差して言った。

「ちょっとあんた!その格好、露出度が高すぎなんじゃないの!?」

 リリーはうるさそうに、なによこの子というように紬を横目に見た。

「一緒にいる男の子たちが困るでしょ!?そ、そういうの……ふ、不適切よ」

「あんたたちだってスカート短すぎでしょ」

 リリーは冷ややかに言った。

 紬は思わずスカートの裾を延ばすように手を当てた。

「そ、そんなことない!」

「あたしのファッションに文句言わないでくれる?撃ち殺すわよ」

「リリーさん!なんてこと言うんだ」

 ズルが間に割って入った。

「紬さんも、そのお、僕たちのことを案じてくれるのは嬉しいのですが、リリーさんの…なんというか、個性を僕たちは尊重することも必要だと思っているんです」

 紬の顔は真っ赤になっていたがそれがどうしてなのかはうまくごまかせた気がした。

「わ、私、ごめんなさい」

「いいんです。気にしないで。リリーさんもあなたの謝罪をほら!受け入れました」

「勝手に受け入れないでくれる?でも、まあいいわ」

 リリーはあっけらかんとそう言って少し離れたところに歩いて行き、銃の手入れをはじめた。

 紬とズルの近くにデニが近づいてきた。

「お前が噂の紬だな。かなりの魔法の使い手だって聞いたぜ」

 紬はようやく落ち着いた様子になり、デニのほうを向いた。

「リンから俺のことも聞いているだろう?」

「……」

「モーラ家のデニ・モーラだ」

「なにも聞いてない」

「魔法界の名家モーラを知らない?」

「知らない」

「……じゃあ今日から覚えておけよ。俺が将来のモーラ家当主だかんな」

「モーラ家の当主は女性がなるんだからデニは当主にはなれないんじゃないかな」

 ズルが言った。

「俺はそんな型にははまらないぜ。伝統とかそういうのはくそくらえだってんだ」

「でもさっき名家のことを自慢してた。それは伝統なのでは」

 紬が指摘してみた。

「うるさい!お前、細かい女って言われるだろ」

 あんたがおおざっぱ過ぎなんでしょ、と紬は思ったが口には出さなかった。

「それにな、言っておくぞ」

 デニは声を張り上げた。

「俺は、紬やリンがホムンクルスだからって特別扱いはしないんだからな!」

「……それは…そのほうがありがたいかも」

 紬は苦笑いしながら言った。

「そうだろう?がんがんこき使ってやるから覚悟しておけよ。少しは見込みがありそうだから今度稽古をつけてやってもいいぜ」

 リンがデニの頭を小突いた。

「デニ!稽古をつけてもらうのはあんたのほうだよきっと!紬は強いんだから」

「うそつけ!リンみたくバカッ強いホムンクルスがそうそういてたまるかよ」

「よーしもうそのへんでいいだろう。みんな聞いてくれ」

 正木が言った。正木は生徒を引率する先生になったような気分がして暗澹たる思いだったが気を取り直そうと思った。

「今回は評議会の依頼でここに来た私のチームとデニのチームの共同作戦だ。いがみ合って足を引っ張るような真似は許さんぞ。分かったか」

「……」

「返事は!?」

 正木にしてはめずらしく大きな声を出したと紬は思った。

「はい!」

「はーい」

 みな口々に返事した。

「仲良くしろよ」

 正木は見ているからなということを手振りで示した。

「依頼の目的はこの科学文明の星に発生する可能性が高まっている、災厄を未然に防ぐことだ」

「災厄?災厄ってなに?」

 紬が質問した。

 みなが紬に視線を向けた。どうやら雰囲気的にほかの者はそれについて分かっているようだ。

「ズル、あとで紬に説明しておいてくれ」

「分かりました」

 紬は口をへの字にして不満そうだったが何も言わなかった。

「どうやって災厄を防げばよいのかはまだ分からない。まずは近くにある都市に行って有力者にでも接触してみることにしよう。まずはこの森を出るまで歩いて様子を見てみるかな」

 正木はそう言ってから先頭に立って歩き出した。



「それで?……私の専属の先生さん。災厄ってなんなの?」

 紬は歩きながらズルという青年の横に近づきながら言った。ズルの顔立ちはまだ少年と呼んでもおかしくないくらい少し幼さが残っていた。

「紬さん。君はまだ科学文明についてあまり知識がないのでしょう?」

「うん。そういう星に来たのもはじめてよ。今のところあんまり他の星と変わったとこはなさそうだけど」

 紬は森の中の小道を歩きながら回りを見渡した。他の星でもよく森のなかで見かける木々があって、何の変哲もないように思える。

「だったら」

 ズル少年は紬に諭すような話し方をした。

「まずは科学文明がどういったものかということから知っていきましょう。いきなり星が壊れて生物が大絶滅するほどの災厄の話しをしても理解できませんからね」

 紬はズルが冗談を言っているか、話を盛って大げさに言っているのだろうと思い、ズルの顔を見たが、なんだか冗談を言っているような顔に見えなくて困ってしまった。

「ズルって呼ぶわね。ズルが冗談を言っている感じしないのが少し怖いわ」

「彼等に冗談は通じません。気をつけるべきです」

「彼等?科学文明の人たちのこと?魔法使いのように科学使いがいるのかな」

 ズルは少し首をかしげたが、

「ええ。います。それに……」

 ズルが思わせぶりに言葉を切ったから紬は少し苛立った。

 しかし次の言葉で紬に気を使ってのことだと分かった。

「機械人間」

「きかい……にんげん……ホムンクルスのような存在がいるのね?」

「います。彼等は魔法の代わりに機械を使いこなします。そして僕たち魔法使いが土人形、ホムンクルスを造るように、彼等も機械人間を作ります。彼等はその人造人間のことをアンドロイドと呼ぶ」

「アンドロイド……」

 今まで正木やリンとの話しの中では出てこなかったことだった。しかし、それもありえるだろうなと紬は思った。魔法使いたちだって、いろいろなことを手伝わせるためにホムンクルスを造って従わせる。同じことを科学文明の人間たちもやったっておかしいことじゃない。

「ホムンクルスは便利だもの。掃除洗濯お料理に子どものお守り。いろんなことを手伝わせらるしね。とくにお金持ちの魔法使いたちはみんなホムンクルスを持っているでしょう。科学の人たちも同じことを考えてその機械?の人間を造っても不思議じゃないわね」

 ズルは紬の感想を聞いてこくりこくりと頷いた。

「そうですね。たしかに。僕なんかは戦闘アンドロイドの恐ろしさばかり思い出してしまうのですが」

 戦闘アンドロイド。

 私もそれと同じような存在なのかもしれない。

 戦闘ホムンクルス。

 紬は少し悲しい気持ちになった。それだけじゃないって自分では思っているけれど……。

「そうだ。先に気になっていることを教えてくれないかな」

 紬は気分を変えたいこともあってそう言った。

「なんでしょう」

「この星はどれくらい離れているのか、とか。正木にゲート転移について聞いたんだけど、光の速さがどうのこうのとか、こうねん?とか言ってて良く分からなかったの」

「なるほど。いいですよ」

 ズルはにっこり笑って答えてくれた。彼もアンドロイドのことを話すのは気が重かったのかも知れない。

「僕たちデニ隊は惑星『孔雀』から来ました。孔雀を知ってますか?」

「一度行ったことがあるわ」

「そうですか!また孔雀に寄られる機会があればぜひ孔雀の魔法料理をご馳走させてください。デニと僕の知り合いがやっている良いお店があるんです」

「いいわね」

 紬もそういうことなら否やはなかった。

「正木さんたちは確か惑星『群青』から来たのですね?」

「そうよ」

「孔雀と群青は同じ銀河の中にあります」

「……?」

 紬はズルの言葉を頭の中で繰り返してみたが良く分からなかった。同じ銀河のなか?

「孔雀と群青は……そうですねえ、たぶん五千光年くらい離れていますね」

「出た。こうねん。五千光年??」

「はい。今いるこの星は、孔雀と群青がある銀河とは別の銀河にあります。だからものすごく遠く離れたところにあります。ちょっと細かい数字は分かりませんが百五十万光年くらいです」

「ズル……」

「はい?」

「言いにくいんだけど、お願いがあるの」

「どうしたんです?」

「あのね、私をね、何も知らない幼稚園児だと思って教えてくれないかな」

 ズルはそう言われて楽しそうにあははと笑った。

「分かりました。すみません。まあこういった知識はゲートをよく使う冒険者でない限り、普通の魔法使いは知らないことでもあります。ゲートを通るのであれば知っておきたいことではありますが」

「はい。先生」

「では……」

 ズルは杖を自分と紬の間の空中で振った。すると魔法で念写したイメージが二人の前に現れた。そこには夜空のイメージが浮かび上がった。

「夜空の星々を見たことはありますね?」

 紬は頷く。

「どんな星にいるかで見え方は違いますが……群青だとこんな感じでしょうか」

夜空のイメージが切り替わり、星々の配置が変わったように見えた。

「右側に映っているもやもやとした部分」

「天の川ね」

「そう、空の上に川が流れている様子に例えられることが多いんですが、これは自分が所属する銀河の中心部分を見ていることになります」

「星の雫が流れていてきれいよねえ」

「ええ。美しいです」

 紬は夜空の念写イメージをうっとりと見つめた。

「紬さん、聞いて下さい。これは何かが流れているんじゃなくて、恒星」

 と言ってズルは頭上に光る恒星を指さした。

「あのような恒星がたくさんあるのでこのように見えるんです」

「そうなの?おばあちゃんから星の雫が流れて子どもの星たちを流しているんだって聞いたわ」

「銀河はいろいろなイメージで語られます。そうだ、群青からはすぐ近くの銀河が比較的大きく見える季節があります」

 そう言ってズルは念写イメージを切り替えた。

「ここを見て」

 夜空のイメージの一点を指差す。

「あら、こんなのがあるの?知らなかったわ」

 それはレンジャーが使う武器の円盤のような形をした光る物体だった。

「これが銀河を遠くから見た姿です」

 紬はそのイメージを目を凝らして見た。

「これが銀河?……どういうこと?」

「たくさんの恒星の集まりなんです」

 ズルはまた頭上の恒星を指さした。

「あれと同じような恒星がたくさん集まって、このように見えるんです」

「でもズル」

 紬も頭上の恒星を見上げた。眩しい。

「ここには恒星は一つしかないわ。そんなにたくさん見えない」

「でも夜になって地面に隠れたら回りの近くにある星々がたくさん見えてくるでしょう?」

「……うん」

「こんな経験はありませんか?どこか山に登ったとします。隣の山は離れて見えていたのに、下山して遠く離れてみると、登った山と隣の山がすごく近くにあるように見えたことが」

「……あるわ。私は空兵だったの。空高く飛ぶと地上の何もかもが豆粒のようにぎゅっと小さく見えるわ」

「それと同じことが言えます。遠くに見える星は、実はこのように集まっていて、ものすごく遠くから見るとこのような形をしているんです」

 紬は何か分かりかけてきた気がした。夢中になって円盤の念写イメージを見つめた。

「紬さんがもしこの銀河のここにいたとしたら」

 ズルは円盤銀河のはじっこのほうを指さして言った。

「そして夜にこの銀河の中心のほうを見たとしたら?」

 紬はごくりとつばを飲んだ。

 ズルが円盤銀河のイメージの隣に、さきほどの天の川のように見えるイメージを並べた。

「こう見えるのね!?……すごい、ズル……あなた頭いいのね。たいへん!リン!たいへん」

 紬は前方を歩いているリンのほうに向かって駆け出した。

「リン!」

 紬に駆け寄られてリンが面食らう。

「どうしたの?紬」

「リン!分かっちゃった。私分わかっちゃった」

「何が分かったの?」

「銀河」

「ふふふ。ズルは教え上手だからね」

「星の雫じゃなかった。星の集まりだった」

「銀河の大きさとかも」

 正木が近づいてきて言った。

「分かったのか?何光年くらい、とか」

「ぐっ」

「ぐ?」

 正木は声を上げて笑った。

「光年はまだ分かってない」

 紬は悔しそうに言った。両手の拳を握りながら言うのが可愛いとリンは思った。

 ズルが後ろから走って追ってきた。

「紬さん、かけっこが速いですね、はあはあ」

「ズル。紬に教えてくれてありがと」

 リンが言った。

「いえ、たいしたことじゃないです」

 ズルはリンに感謝してもらって恥ずかしがった。

「紬が銀河のことが分かった!ってすごく喜んで言ってきたのよ」

 ズルも嬉しそうに笑った。

「紬さん、ここが大事な点なのですが」

 ズルが眼鏡の位置を直しながら言った。

「こういった知識は科学文明がもたらしたものなんです。魔法界ではゲートを通って違う星に行けるんだなってことしか考えていなかった。でも科学文明と少なからず交流を持ったときに、このゲートはあの銀河、こっちに行くとあの星に行けるって分かるようになってきたんです」

「科学文明の知識……」

 紬はズルの言葉を繰り返した。

「知識こそ科学だな」

 正木が言った。

 その時、地面が震えるような気がした。

 いや震えていた。何か重いものが地面を叩いて震わせているようだ。

 遺跡から出たときに聞こえた重い音が近づいてきた。

 ばきばきと木々をなぎ倒す音も聞こえてきた。

「警戒!」

 誰かが鋭くしかし大きすぎない声で言った。皆、思い思いに武器を取った。

 少し離れた丘の上に突如大きな怪物が現れた。四足歩行のそれは木々をなぎ倒しながらこちらに進んで来る!

 紬はみたことのない怪物だった。

「四つ足の……ゴーレム?」

 思わず叫んだ。

 まだ距離があるが大きいことが分かる!ちょっとした屋敷くらいの大きさの怪物だ。紬が不思議に思ったのはなんだか魔獣のような怪物とは様子が異なる点だった。まるで鉄の塊が歩いて動いているような??

「機械獣だ!」

 正木が言った。そして周囲を確認してから指示を出しはじめた。

「紬とデニは魔獣鷹に騎乗!他のものは散開しろ!」

 正木も魔具から愛鳥ラオールを召喚しながら言った。紬も迷わず自分のザックから魔具を取り出し魔獣鷹のイムールを呼び出す。デニの行動も素早かった。もう魔獣鷹に騎乗しようとしている。

「動的防御フィールドを忘れるな」

 正木が指示を出す。設置型の防御魔法より力は弱まるが、動的な防御魔法フィールドを展開しておけば、移動しつつも魔銃弾による攻撃をある程度は防げる。紬は言われたとおり自分とイムールに防御魔法をかけつつ離陸した。

 機械獣なるものはドスドスと走ってきたがスピードを緩めた。

 背中にあるトゲのような部分……そこからなんと銃弾を発射してきた。乾いた炸裂音が続いて鳴った。パパパパパパン!

 四方八方に銃弾を射出しだした。

 紬はいとも簡単に被弾してしまった。幸い防御フィールドを張っていたおかげで無傷だ。

 正木が不用意に近づくな、と腕を振って合図した。

 機械獣は再び走りだした。金髪の少女のほうへ突進していく。

「リン!危ない!」

 正木とデニは機械獣のまわりを飛びながら巧みに銃弾を避けつつ攻撃をしかけようとしていた。

 私は、私はどうすれば!?

 とにかくリンを助けに行かなければ。

 紬はイムールの手綱をリンが追われている地上のほうへ向けた。


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