1.群青
はるか数万年前の昔
神位魔法を操る古代人は約百個の銀河を支配していた
彼らは魔法と科学の技を使って銀河を縦横無尽に行き来できるゲートを建造し、
奇跡的な秘術で、数々の魔道具も作った
それらの力を人間たちに分け与えた
しかし人間と科学の組み合わせは世界を破滅させる危険があることに古代人は気付いていた
古代人たちがさらなる進歩を求めてこの宇宙を去るとき、
すべてのゲートには機械を通さない秘法が施された
こうしてかつて古代人がいた領域は科学を使わず慎ましく生きる魔法使いたちのものとなった
紬は長い赤毛を後ろで束ねていた。大きく左旋回すると束ねた赤毛は右にゆらゆらと揺れた。細身の小さな体は魔獣鷹という戦闘にも使える、飛行する大きな鳥の背に乗っており、その形に合わせて作られた鞍の上で、嘴に付けられたハミから伸びた手綱を左手だけでぎゅっと握っていた。紺碧の海面を見下ろせるが、それは紬と魔獣鷹が空を右に左に、上に下に方向転換するたびに、見かけ上の水平線が振り子のように揺れて見えた。
紬は魔獣鷹に回避行動を取らせた。左に大きく旋回したあと下方向へと、つまり左下のほうへ降下し、すぐさま方向転換を試み、上昇気流を捉えて右上に上昇していく。後方から稲光のような雷撃が紬の乗る魔獣鷹をかすめていった。紬は空を飛行しつつ敵の乗る魔獣鷹に追われていた。
中天にある恒星の光が眩しい日中だった。視界は良好。眼下はどこまでも続く青い海だった。雲一つなく晴れ渡った空で、人間たちは愚かにも争い合っていた。
紬は首を巡らして状況を把握しようとした。常に回りに気を配れといつも念を押されていたからだ。
敵は三騎。
後ろから紬を追ってくる電撃を放つ魔法使いが一騎。
右下から並走しつつ紬の様子を伺っている一騎。
左上からこちらに向かってくるのは氷魔法のやつだ。
包囲したつもりか!?
紬は思った。それならこうしてやる!
紬は左上に旋回上昇して氷魔法の敵に向かっていった。衝突コース。後方の電撃の敵は……ついて来ている。いいぞ。それから右手に持った魔法の杖を振って火炎魔法を繰り出した。飛ばすのではなく空中に置くような感覚で。
氷魔法の敵は突っ込んでくる紬を見て、右に避けようとした。紬は小さな火炎弾を杖から打ち出しながら、敵に合わせるように右に旋回。敵は火炎弾を容易に避けつつ紬に魔法を打ち込もうとしている。そのとき、後方で火炎の猛烈な爆発が起きた。紬がさきほど置き放った火炎弾魔法だ。後方から紬を追っていた雷撃魔法の敵は回避行動を取ったはずだ。紬と交差するように飛び交った氷魔法の敵も一瞬は炎の爆発に気を取られただろう。そして視線を紬に戻す。しかし紬は魔獣鷹の背にはいなかった。紬は魔獣鷹から飛び降りて爆裂を左に回避するように旋回した後方の、雷撃魔法の敵へ正確に狙いをつけて、逆に雷撃魔法を放って命中させた。
間を置かずに今度は左上に杖を向けて先ほど交差した氷魔法の敵を雷撃した。
これも命中。
敵からしたら予期しない方向から狙撃されたようなものなのだから仕方なかっただろう。
しかし、今、紬は無防備な状態で落下している。敵はもう一騎いるのだ。最初に紬から少し離れた右下のほうで並走していたやつだ。その敵はさきほどの戦いを見ていたはずだ。そして当然、今、紬が自由落下していることも分かっているはず。味方を撃ち落とされた怒りを抱いてやってくるだろう。
空中であるので相対的なものだが、落下している紬に向かって、降下しつつ敵が近づいてきた。杖を紬に向けている。
撃ってくる攻撃が瞬時に敵に届く雷撃魔法だったら、紬にも避ける自信はあまりなかった。
しかし敵が撃ってきたのは火炎魔法だった。
自分の得意な魔法を使ったのかな?
紬は思った。何にしろ助かった。
紬は杖を横に向け風圧魔法を使うと火炎弾を間一髪で避けることができた。それを見た敵は驚いた様子を見せたが、次の攻撃を撃つために杖を振ろうとした。
紬には一弾を回避することで自分の戦いを有利にするには十分だった。なぜなら愛鳥が紬を救おうと急降下して向かっているのを知っていたからだ。信じていたからと言い換えてもいい。
紬の愛鳥イムールは時折羽ばたきながら急降下して、紬と同じ高度まで達すると、翼を開いて横からかっさらうようにして紬を背に受けた。
敵の第二弾は空を切り裂いただけだった。
これで紬は魔獣鷹の背に戻り、今や敵とは一対一だ。しかも紬は敵の後方の位置を取った。こうなれば、紬は生まれ育った星では「紅の魔女」と異名を取ったほどの空兵の手練れだった。雷撃弾を敵に当てて撃墜するのにそう時間はかからなかった。
空中戦が行われた空域には魔法の威力を低減する防御魔法フィールドが張り巡らされていた。今回の戦闘は訓練だったのである。撃墜された敵の魔法使いたちは、防御魔法フィールドの力によって大きな怪我をすることなく、それでもかなりの打撃を受けたのでしばらくは打撲などの痛みを伴うだろうが、あとで訓練が開始された島に戻れるだろう。
勝者として空に残った紬だけが悠々と魔獣鷹の背の上で勝利の余韻を味わっていた。
今回の相手、魔法界の冒険者チームの魔法使いも、空兵としてなかなかの手練れだった。それを三騎も相手にして勝利できるまでに紬は自分の戦闘能力の成長を実感していた。
これなら正木も手放しで褒めざるを得ないだろう。
紬は魔獣鷹をゆっくりと砂浜に着陸させた。波が白い泡を立てて砂浜を洗っている。ヤシの木が多く茂っていて島の中央に見える火山は小さな煙を上げていた。砂浜に降り立った紬に水着姿の少女が近づいてきた。片手を伸ばして紬に抱きついてくる。
「紬!やったわね。見てたわよ。三騎も相手にして勝っちゃうなんてすごいすごい」
金髪を肩までふわりと伸ばし、小さめの水着を着たこの少女はリンという。紬と同じようにまだ幼さの残る表情と体型をしていたが、ふと紬はリンの胸の膨らみを見て、あれこんなにこの子大きかったかしらと不思議に思った。
土を盛っているんじゃないかしら。
リンは片方の手で持っていたバスケットから林檎を取り出してイムールの嘴の前に差し出した。魔獣鷹であるイムールはキエエエエと喜びの鳴き声を上げてから林檎をパクリと食べた。
リンは青い水着を身に着けていて可愛らしかった。普通の人間として見れば十五歳くらいだろう。どうやら生まれたときから年を数えたらリンはそのくらいの年令であっているらしい。紬も同い年だった。
夏の恒星を頭上に、砂浜の海を背景にしたリンは、時折通りすがる若者たちの視線を集めていた。とてもホムンクルスには見えなかった。リンは魔法使いが作る土人形とも言われるホムンクルス(人造人間)なのだ。強大な魔力を持った特別性のホムンクルスであるのだが。
私も……と紬は思った。
紬もまたホムンクルスなのだ。紬がそうなってからおよそ三ヶ月が経った。自分の体の感じ方で言うと、普通の人間だったときと自分では何も変わらない感覚だった。紬もまた強大な魔術師としての力を持ったままホムンクルスとして作られていた。とある事件の中で命を落とした紬だったが、生前と見た目は変わらないホムンクルスの体に、その魂を封入して復活させてくれたのはリンと……、
「まあまあだったな」
この正木涼介だった。
正木はいつもの黒ずくめの格好ではなく白いワイシャツに短パン、目にはサングラス、足にはビーチサンダルという夏の海によくいる格好をしてゆっくりと近づいてきた。暑い夏の砂浜にいるので、いつもの黒ずくめの戦闘服でいれば暑くて耐えられなかっただろうから当然ではあるが。
正木は自身のことを語ることは少なかったが、三十歳を少し超えたあたりの年齢だった。今はそんな格好をしていると普段より若く見えた。
「しかし、奇策が過ぎるな。二度は通じない手だぞあれは」
正木にそう言われて紬は頬を膨らませた。
「いいのよ。あれで撃墜された敵は本当だったらもう二度と私の前には出てこれないんだから」
「あのレベルの敵兵でも、もっと技倆で圧倒できるようにならないとだめだ」
「はいはい、がんばりまーす」
紬は戦闘服の革のベルトを緩めながら口を尖らせつつ答えた。
「まともに魔法をくらってたからあの人たちしばらくは動けないわよ。私もリンと一緒に海で遊んできていい?」
「だめだ。次は私が相手してやる」
「うへー」
今度はおそらく紬が撃墜されてしまうだろう。魔法フィールドのおかげで大怪我はしないまでも、打たれればそれなりに痛い。勝てれば撃たれなくて済むのだが、まだ正木には勝てる気がしない。紬は顔をしかめて残念がった。
「それに、リンには孔雀に行ってもらう」
「孔雀に!?」
紬とリンが同時に言った。
「ああ。先日もまたデボラさまから依頼が幾つか来ていただろう。評議会に行ってあれらの中からまだ片付いていない一件を手伝うと伝えてきてくれ」
孔雀というのは魔法界を統べる魔法評議会がある惑星のことである。紬も一度連れていってもらったことがある。緑の多い美しい星で、評議会からの依頼を受ける、高位の魔術師たちの冒険者チームが数多くいることでも知られていた。
「評議会の依頼を手伝うなんて珍しいですね!」
リンが言った。確かに、と紬は思った。時折届く魔法通信便の手紙の中には、魔法評議会からの依頼があって、正木はそれにはすべて目を通すけれど、よっぽどのことがない限りその依頼に応じることはないとリンが教えてくれたのを思い出した。実際、紬が正木とリンと暮らすようになってからは一度もそういった依頼に応じたことはなかった。
「そろそろ紬に実戦の経験を積ませてもよいと思ってな」
正木は紬を見つめながら言った。
紬は正木に見つめられると、いつもは、なぜだか恥ずかしい気持ちになってしまうのだが、今日は正木がかけているサングラスのおかげか強気になれた。
「もっと早くてもよかったわよ!」
「ふふふ、リン……だとさ」
リンが紬の腕をさすりながら言う。
「紬、油断しちゃだめだよ。評議会の依頼で行くってことはきっと行き先は……」
紬は分からずにリンと正木の顔を見比べた。
「え?なになに、どこなの?」
正木はリンに頷きながら言った。
「そう。科学文明の星だ」
紬が正木とリンの仲間になってから一番驚いたのは、やはりゲートの存在だった。
紬が生まれ育った星は魔法使いの文明だったが、まだゲートを行き来する魔法界に属しているわけではなかった。人々は魔法を使って暮らしてはいたが、古代人が残した宇宙に張り巡らされたゲートの大魔法の存在は知らなかった。
ゲートは設置されている星としても遺跡という形で認識される。古い石造りの遺跡の内部に、知らなければ何に使うか分からない遺物が安置されているのだ。それを使う方法を知った魔法使いは、ゲートを使ってその遺物が繋がった次の惑星に、同じように設置されたゲートまで瞬時に移動できるのだ。
ゲートを使った旅の途中で紬は疑問を口にしたことがあった。
「これって本当に宇宙の遠くにある星に移動してるの?なんだか大きいお屋敷の扉を通ってるくらいな感じ。すごく遠い距離を移動した感じはまったくしないね」
「リンもそう思うことある」
「ゲートの大魔法は、」
正木が説明しようとした。
「古代人が残した遺物の中で最も偉大で最も巨大な魔法でできている」
紬はその時ゲートを通った遺跡の中で正木の説明に耳を傾けた。
「……」
しかし正木はそれ以上は何も言わなかった。
「ねえ!どう偉大でどんなふうな魔法でできているのか説明してくれないの?」
「めんどうくさいな」
「無口な正木が説明してくれるって期待した私がバカだったわ」
「正木さまにそういうの、期待しちゃダメ」
リンも少し笑いながら言ったものだ。
「……いつか、そういう話しが得意なやつに説明させるよ」
むくれた紬の頭をぽんぽんと叩く正木であった。
「ちょっとお、子供扱いしないでよ。髪型もくずれちゃうじゃない」
「悪かった。ごめんごめん」
正木は悪びれずに言った。
「もう!」
「……リンが聞いたのはね、ゲートはものすごーく遠く離れたところにある星と星を繋げてるんだって」
リンが言った。
「ものすごくってどれくらい?」
「夜空にお星さまがたくさん光ってるでしょ。ゲートはそのどれかに繋がっているんだよ」
リンが得意げに答えた。
「そんなはずないわ。あんなに小さい星に行っても意味ないもの」
「すごーく遠くにあるから小さく見えるんだよ」
「そうなの?ゲートを通ってもなんだかそんなにすごい遠くまで来た感じはしないよ。どのくらいの距離なの?何メートル?何キロメートル?」
「遠すぎてそんな単位じゃ答えにくいようだぞ」
正木が言った。
「聞いた話しじゃゲートを一つ通ると百光年から千光年くらいは移動できるらしい」
「こうねん?」
「光の速さで進む距離の単位だ。百光年なら光の速さで百年進んだ距離のことだ」
「……リン、また正木がおかしなことを言い出したわ。光に速さなんてあるわけないのに」
「紬ちゃん……光にも速さはあるんだよ。リン知ってるもん」
「……?」
このように紬にはなかなか理解しずらいことが多かった。
「私はこういうことを昔から知っていた。科学文明の星の出身だからな。だがうまく説明はできん。これも今度詳しいやつに説明させよう」
紬からの質問攻めにあうと正木はそう言って逃げることが多かった。
紬が大きく気になっていたもう一つのこと,、それは正木の言葉にあった科学文明という言葉だった。これも正木に質問したことがある。
「その科学文明ってなんなのさ」
正木はそう質問されて、なんだそんなことも知らないのか、という顔をした。
このにくたらしい顔!
紬のいらいらがはじまると口調が鋭くなってしまう。
「そんな顔しないではやく教えなさいよ」
「人間の文明には二種類ある。魔法文明と科学文明だ」
「よかった~二つだけで!魔法界は私にも分かるわ。最近はゲートとか評議会とか、今まで知らなかったことが多かったなって思ったけどね!」
「それはお前のとこの星が未開ーーふごごごご、何するんだリン」
リンが座ってる正木の後ろから手で口を塞ごうとした。正木はその手をはねのけながら言った。
「失礼ですよ、正木さま」
「星の中で国を分けて争ってるようじゃまだまだなんだよ」
「もういいわ、私の星のことは」
あまり良い思い出もない紬はそう言い切った。
「科学ってなんなの?それを教えてよ」
「科学文明の星に住む人間は魔法を使わない」
「えっ。魔法を使わない?どうして?」
「使わないし、使えないな」
「魔法を使えない!?魔法なしでどうやって生活するの?」
紬のような魔法界の星で生まれ育った者には当然の疑問だった。
「火を起こしたり水を汲んだり空を飛んで移動したりはどうやってやるの?」
「それを代わりにやるのが科学の力だ」
「へえ~!すごい!もしかして攻撃魔法みたいな戦いに使える力も科学にはあるの?」
紬の好奇心を刺激したようだと正木は思った。きらきらした瞳で紬が見つめてくる。正木はリンのほうを見た。お互いに何か思い出すことがあるようだった。
「もちろんある。魔法なんかよりもすごい力もあったりする」
「そうなの!?どんな魔法……じゃなかった、科学の力ね、どんな力なの?詳しく教えて」
「めんどうくさい」
「……また、出た。正木のめんどうくさい」
リンは面白そうに笑った。
「紬もこれから科学文明の星に行くことになるよ」
「そうなの?」
「うん。だって人間の住む星の半分は科学文明の星だもの。リンたちが探してる古代の遺物の半分は科学文明の星にもあるってことだよ」
「そうだ。行けば分かる。百聞は一見にしかず、だ」
「いつ行く?いつ行けるかな?なんだか楽しみになってきたわ」
「もう少しお前が戦えるようになってからだな」
紬はそう言われて難しそうな顔をした。惑星「群青」に来てから毎日のように魔法戦闘訓練を行っているのだ。自分では強くなっている実感があるが、まだ正木には遠く及ばないし、リンにもかなり差を付けられていると感じていた。
「それならもうすぐだよ。紬、強くなってきてるもん」
「本当?リンにそう言ってもらえたら嬉しい……」
今では紬はリンのことを最も大切な存在であると思うようになっていた。初めて出会ったときは紬はまだ人間の魔法使いとして生きていた。リンは敵の立場だった紬に思いやりを見せてくれて助けてくれた。そして今は同じホムンクルスとして仲間になった紬を守ってくれている。
紬はホムンクルスになった自分のことを考えて悲しくなることもあった。夜に一人ベッドの中ですすり泣いているとリンが部屋にやってきて優しく抱きしめてくれることがあった。
「リンも同じ思いをしたことあるよ」
それだけ言って朝までそばにいてくれた。
ホムンクルスとしての微妙な立場もリンと共有していることだ。
紬の生まれ育った星では、人間と同じような魂を持つホムンクルスなどは存在しなかったのだが、ゲートを行き来する魔法界では魂入りのホムンクルスはそれほど珍しいものではなかった。珍しくはなかったが、さりとて大事にされているわけでもないということを知ったとき、紬は複雑な気持ちになった。特に魔法界の中心地である惑星「孔雀」やその周辺と言われる星々では、その傾向が強いようだ。あからさまにホムンクルスを蔑む態度を示す高位の魔法使いたちもいた。
「これでも正木さまたちが戦ってくれたおかげでだいぶマシになったんだけどね」
リンは少し悲しそうな顔でそう教えてくれたこともあった。
正木たちは以前、高位の魔法使い冒険者チームとして惑星「孔雀」に住んでいたらしい。しかし、そう言ったことに嫌気がさして「群青」に移り住んだようだ。
惑星「群青」は名前のとおり美しい青い海の惑星だ。
点在する多くの島に魔法使いたちは暮らしていた。
群青の魔法使いたちはホムンクルスである紬やリンにも優しかった。
紬はそんな群青の環境で日々の戦闘訓練に明け暮れていた。正木とリンには借りがあった。それを早く返したいと思うし、彼等の力になるくらい強くなりたいと思った。
私が得意なのは戦う魔法を使うこと。ホムンクルスになってもそれは変わらないみたい。いつかは正木にだって勝てるくらい強くなりたい。
紬は自分にならそれは可能なのではないかと思っていた。時間はかなりかかるだろうけれど。
午後は正木との戦闘訓練だった。紬はさんざんに魔法を撃たれ力の違いを見せつけられたが、訓練の中で何も得られなかったわけではなかった。正木と戦うたびに正木の戦術の引き出しの多さに感心するが、それが自分のものになっていく感じもした。
日暮れまでもう少しという時間帯。へとへとに疲れた様子で三人で暮らす大きめのコテージに紬が帰りつくと、ほどなくリンも惑星「孔雀」から戻ってきた。リンは正木に、デボラさまからですと言って一通の手紙を手渡した。正木は封を切ってそれを一読すると明朝出発すると宣言した。
「科学文明の星に?」
紬は期待を込めて聞いた。
「そうだ」正木が答えた。
「紬、良かったね。はじめての科学文明の星でしょ?」
紬は頷いた。
「ドキドキする……どんなところなんだろう」
「初めてだったらきっと驚くことばかりだと思う。危険もいっぱいだから気をつけようね」
「うん」
紬は期待を込めて頷いた。
光の速さでも何年もかかるほど遠くにある見知らぬ文明の星。明日の朝になればそこへ行けるのだ。光に速さがあるなんてと今でも思うし、魔法を使わないで暮らす人々がいるのも、とてもとても不思議だ!いったいどんな星なんだろう。紬は期待感が高まって今日は眠れそうもないなと思った。