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ロッカの輝石  作者: ゆ
一章
4/25

束の間の喜び


かつ、かつ、と静かな塔に小さな足音だけが響く。

外の風の音が強くなってきているので、もうそろそろ最上階になるだろう。



『ここが頂上ね。先に中を見てくるわ』



それをすることが当然と言うように返事も聞かず、リリィは扉の閉まった仮眠室に吸い込まれていく。

これはかなり利のある出会いだったかと、ロッカは少しだけリリィへの認識を改めた。



『大丈夫そうよ。けど、この部屋窓があるから気を付けて』



すぐにリリィが顔を出し、手招きをする。月の薄明かりに照らされる部屋へと入った。

ここは、元は襲撃などに備えた見張りの塔だと言われている。塔の頂上に見張り台があり、この部屋は見張り番の仮眠室として使われていた場所だ。

仮眠のために置かれていたであろうベッドは骨組みが剥き出しで、マットレスも布が禿げ落ち中身が見えていた。窓を覆うカーテンはボロボロで、そこから月明かりが漏れており、その雰囲気があまりにも不気味である。

そして、ロッカは部屋に入った瞬間、何とも言えない違和感に気づく。



(……? なんかこの部屋、変だな)


『見て、外への扉は壊れちゃってるわ』



リリィは取手の取れた扉に近付き、開閉して見せた。

答えの出ない違和感から、リリィの方へ意識が移る。



「やめてよ、外から見えたら大変だから」

『こんなに薄暗いのに? まぁ、オカルト好きがたまたま観察に来てるかもしれないものね』



うふふと品よく笑うその声は、いたずら好きな少女のよう。

こうやってこの世の七不思議は起こっているのかもしれない。



「魔物が出たと警備が湧いても面倒だ」

『没落したとはいえ公爵邸の結界よ? 並みの魔物が破れるとは思えないけれど…ま、念には念をってことかしらね。心配性なのね』

「やってることは泥棒だからね、慎重すぎるくらいでちょうどいいよ」

『あら、泥棒だったの? それにしては軽装ね。金目のものはどこに入れる気よ』



返事をしなかったが、リリィもそれほどそれを求めていなかったようで、特に会話は続かなかった。

空が白み出す前に済ませるべく、すぐに物色しはじめる。


この塔は実際に件の儀式が行われた場所。

そして、塔の仮眠室には儀式当日も見張りの兵がいたという。



「リリィは、この塔がどういう場所かは知っているの」

『そうねぇ。前にここに人が来た時に、没落したと言っていたからそれは知っているわ。…昔の記憶の中では、シャンタン公爵家はすごくお金持ちだったとしか。ほとんど関わりが無かったのだと思うわ、全然知らないもの』

「幽霊って、未練のある場所に出現するものじゃないの?」

『さぁ、どうなのかしら。私だってここで急に目覚めて驚いたんだもの。なぜ死んだのかすら覚えていないのよ。自分の未練が何かも知らないし、この家がどうしてこうなったのかも分からないわ。ロッカは詳しいの?』



尋ねられ、ロッカは逡巡する。どこまでが公になっている事情で、どこからが秘密裏に調査した内容だったかが曖昧だったからだ。一泊置いて、リリィの質問に答えるべく口を開いた。



「…このシャンタン公爵家は、ある事件によって千年以上の長い歴史に幕を閉じたんだ。それも、ものの十数年で急速に衰退していった」

『でも、公爵家には莫大な財産があったのよ? 領地の経営だって上手くいっていたし、いくつも事業を抱えていて、そんなこと…。一体、何があったというの?』


「呪いだよ」



表情は分からないが、リリィの雰囲気が明らかに凍り付いたのが分かる。

公爵家が没落した出来事を知らないということは、少なくとも600年以上前に生きていた人間だということが分かるが、その時もやはりこの”呪い”という言葉はタブーだったらしい。



「その様子を見ると、あなたの時代にもそれは触れてはいけない魔法なんだね」

『当たり前よ、あんなに非人道的な魔法なんて、早く禁忌にならなければいけないわ』

「安心して。今はもう禁忌魔法になって、その方法から何から全て世の中から葬られているから」



ただ、それによって新たな迫害の種を作ってしまった。それを知らないリリィは、ほっと胸を撫で下ろしたようだった。



「リリィの時代には、まだ呪いは禁術じゃなかったようだね。なら、やり方は知っている?」

『その時から既に、エリアス教団によって情報は制限されていたから、詳しくは知らないわ。でも、たくさんの生贄が必要なのは、知ってるわ。…もしかして、地下のあの場所は…』

「そうだよ。あなたも、地下で何か悪いことが起こったって感じていたでしょう? 呪いには、強い怨念が必要。あなたのいた地下のあそこはね、この公爵家の使用人や兵士を含む、少なくとも200人もの命が残酷に嬲られ、殺された場所なんだよ」

『……!』

「魔力の対価として得られるエネルギーが通常の魔法とすれば、呪いは人の負の感情を対価として発生する道理を外れた魔法。呪いは、人の理が通じない。呪われた人がどれだけ真っ当に生きていようといまいと、魂の行く末を理不尽に捻じ曲げる。人を嬲り、苦しめ、殺して…そして、その魂は永遠に穢されたまま、浄化されることはない。それは、その当人だけでなく、傍にいる人にまでもその手を伸ばす」



ギリ、と、左胸が痛んだ。魂の在りかは左胸にあるのかもしれない。



「公爵の不義の子が、嫡子を呪って起きた事件だったんだって」

『公爵の、不義の子…』

「それ自体は、よくある話でしょう。公爵夫人の侍女に手を付けたらしいけれど、公爵夫人は納得できなかったみたいでね。母子共々かなり手酷く扱ったらしいよ。その恨みが、強い呪いとなって返ってきたわけだ」



史実に残っている内容が真実であるならば、公爵家の人々は呪われても仕方がないのかもしれない。しかし、使用人や、兵士、この家に近しい人々など、関係のない人々までが犠牲となるこの呪いという魔法は、易々と使われていいものではない。


なぜなら、呪いは魂を穢す魔法。穢れは染みのようにじわじわと周囲にもその手を伸ばす。呪われたものの傍にいるだけで影響を受けるのだ。この公爵邸が結界によって守られているのも、それが理由である。事実、事件後しばらくして公爵家の近隣に居を置く人々は、全員が苦痛の中で死んでいった。現在は、公爵家の周りには結界が張られているため抑えられている。


一度穢れた場所は、二度と元のようには戻らない。公爵家を破壊できたとしても、この地に残る呪いの欠片がまた新たな犠牲者を呼ぶだけである。であれば、徹底して覆い隠すしかない。



『…でも、公爵家は王家の血筋を引く一族よ。彼らは王家に次ぐほどの魔力を持ち、魔法の扱いに長けていたわ。それほどの人たちを呪い殺すなんて、相当な穢れがここには残っているはずでしょ。そんな危険な場所で、ロッカは何をしようとしているの?』

「私は…、そうするしか仕方がないんだ。知りたいことがあるんだよ」



リリィに背を向け、周囲の捜索を再開する。

言葉を選ぶのに少し時間はかかったが、リリィは黙って待っていた。



「多分だけど、リリィは600年から700年前に死んだ人の幽霊だと思う。600年前にはギリギリ公爵家は健在だったし、呪いの方法が秘匿され始めたのは700年程度前。穢れを嫌う教団の神官たちが、帝国史に残る呪いの禍根を排除しようとしたのがそれくらいだから」

『たしかに、そうなのかも…』

「さっきもリリィは詳しく知らないって言ってたけど、呪いに必要なものって生贄以外に何があるか分かる?」

『一応は魔法だから、正しい呪文と、媒介とか? それとも術式?』

「600年前でもすでに、それほど曖昧な情報しか残っていないわけでしょ。ということは、現代に生きる私がそれについて調べるには、相当危険な道を進まなければいけないわけ。実際に事件があった場所に足を踏み入れるとかね」

『そこまでして、何故呪いについて調べたいの? それに、呪いについて知りたいなら、禁術を取り締まっているエリアス教団に忍び込む方がまだ安全だわ』

「それも仕方がないんだよ。私、教団と相性が悪くてね」



ギリリ、と、左胸が更に軋んだ。

まるで、何かを忠告するかのようだった。



『………』



リリィは黙り込んだ。リリィには悪いが、全ての事情を教えることは出来ない。穢れは、新たな穢れを呼ぶのだ。



「呪いの事例が少ない中でも、確かにそれを成功させた人がいるってことは、呪いの方法を誰かから教わっているはずなんだ。本とか、そういうもので伝えられているのかもしれないけれど」



ある程度のところは探し終えて、視線を動かした。

唯一、まだ手を付けていないところがある。



「呪いのルーツが分かれば、呪いの詳しい方法に辿り着くはず。方法だけでなくて、それをどうやって知ったか、とかね。その手掛かりを、私は知りたいんだ」



本棚の横、簡易的な木製のテーブルに乾いたインク。


全体を確認し、机の下を見ると、薄い引き出しを見つけた。

立て付けが悪くなっているのか半分ほどしか開かないが、中に本のようなものが入っているのがわかる。

慎重にそれを取り出し、表紙を叩いた。



『日記、って書いてあるわね』



古くなっているようなので、ゆっくりと開こうとするが、本はびくともしない。

何気なく裏表紙を見てみると、人の名前らしきものが彫られていた。



『A…r、sかしら。古くなっててほとんど分からないわね』

「でも、名字が書いてある。おそらくこの部分はミドルネーム。ってことは、女神の洗礼を受けた貴族だよ。それに、名字の最後の綴り、見てみて」

『ntanって書いてあるわね。シャンタン、なのかしら』

「少なくとも、600年前の貴族で最後の綴りがntanになる貴族は思い浮かばない。それと、頭文字がA、最後がsで終わる名前の人間も、公爵家の系譜には残っていない」

『ということは…、どういうこと?』



公爵の私室や書斎、公爵夫人との寝室、嫡子である息子たちの部屋…使用人の部屋に至るまで全ての部屋を捜索した。そして、この部屋に入ってすぐに感じた違和感。



「この部屋、ちょっと変なんだ」

『どういうところが?』

「いくつかあるけど…まず、鍵がね、外からしか掛からないんだよ」

『え?』



そう声を上げ、リリィは扉を確認しに戻った。少しして、本当だわ、という声が聞こえる。



「部屋の中も、ちょっと不自然なんだ。こんなに大きな本棚、いる? 見張りの合間に読むにしては多すぎる。ワードローブにも、兵士の使うような道具じゃなくて、おそらく衣類がしまわれていた。まるで、この部屋で何日も過ごさなければならなかったみたいだよ。高い塔の上で、…外から、鍵をかけられて、強制的に」

『そんな、いったい、誰がこんなところに…』

「いるでしょう、一人。この部屋の持ち主になり得そうな人が」

『…もしかして』


「公爵の不義の子」



その人の名前は、どの歴史書にも載っていない。性別すらも分からない。



「アリス、アリーシャ、アレクシウス…まぁ、Arsが使われる名前なんてのはひねらなくてもいくつかあるし、なんだっていいんだけど。おそらくこれは、その人の書いた日記なんだろう」



とりあえず外側だけでも確認しようと、全体を見てみるが、特段おかしなところはない。

ただ、特定の人だけが開ける魔法がかかっているようだった。

腐っても公爵家、婚外子が使うようなものでも、外部に漏れないよう保険をかけているのだろう。



「魔法の解除が必要か…まぁいいや、日も登ってきそうだし、今日はこれくらいにしよう」



日記を懐に入れ、ちらりと窓の外を見やる。外はもう薄暗くなってきていて、早くこの塔を出なければ見つかる危険性が高くなってしまう。そう思って、出口に向かおうとした、その時だった。



ガシャン



あまりに鋭い気配と共に、小さく硬い足音が聞こえ、とっさに物陰に身を隠した。

リリィには聞こえなかったようで、慌てて後ろを付いて来る。



『な、なに? どうしたの?』

「誰かいる」

『ど、どこに…』

「すぐそばだ」



気を緩めた瞬間など、この一晩一度もなかったが、足音が鳴るまでこれといった気配は感じられなかった。

音のした方からすると、見張り台の方らしい。だが、ここには結界があるから、魔法で空を飛んで来ることは出来ないはずだ。まして、まともな生物であるならば、この塔に近づくのを本能で避けるはず。


嫌な予感に、心臓が早鐘のように鳴る。



『ロッカ、早く逃げましょう』

「いや」



静かな否定の言葉に、リリィが振り向いた気がした。

そして、リリィの背後には…



「間に合わない」



轟音と共に、朝日を背にして白金色の騎士が現れる。ロッカは身構えた。



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