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ロッカの輝石  作者: ゆ
一章
24/25

追憶



「お前さえいなければ、あの子は死ななかったのに」


「アンタが来てから、この村では悪いことばかり起こる」


「全てお前のせいだ」


「出て行け、悪魔め」



それは、8歳になるころの記憶。

幼い頃の自分には耐えきれない罵詈雑言に、その場を逃げ出した。


縺れそうになる足に喝を入れ、朝靄に包まれる街中を走る。

ただ人目を避け、走る。


誰もかれもが、自分を見ている気がした。



壁伝いに屋根に登り、反対側の路地に出た。

それほど離れていないところに足音が差し迫っている。



「!!」



背後に気を取られすぎて、目の前の老人に気がつかなかった。ドンっと音を立て、相手が尻餅をつく。


うめき声を上げ、腰を抑える老人に、とっさに手を差し出した。


手を借りようとした老人が、痛みをこらえながらちらりとこちらを見て、サッと表情を強張らせる。しまった、そう思った時にはもう遅かった。



「あ、悪魔だ!!」



その一言で、心臓は大きく跳ね、体が硬直する。

亡び、潰えてから数百年経とうとも、未だその呼び名は消えないものか。


いや、むしろ一族が滅びたと言われる今だからこそ、この色は再び悪魔の象徴になってしまったのかもしれない。


尻餅をつきながら後ずさり、恐怖に慄いた目を向ける老人に、気持ちが急激に冷めていくのが自分でも分かった。

ふいっと視線を外し、その場から逃げ出した。

背後で、老人の助けを呼ぶ声が響く。


その声を聞き、追手がこちらに気づいたようだった。

紺色の衣装に身を包んだ騎士風の男たちが、老人の指さす方へ集まってくる。



(ここで捕まるわけにはいかない…!)



衛生面とか、匂いとか、そういったことは気にしていられなかった。目に入ったごみ溜めに身を潜める。


騎士たちの硬い足音が少しずつ遠ざかっていった。

間一髪、ごみ溜めの中に身を潜め、追手の目をかいくぐることが出来たようだ。



「…お父さん」



目を瞑り、脳裏に浮かぶのは、灰色の髪をした気難しそうな男の顔。


こんな髪色の自分でも、自分のせいでどれだけ周りから嫌われても、それでも大切にしてくれた人。


物心つく頃には、なぜか自分を嫌う人がいることには気づいていた。大っぴらに差別をする人は多くないけれど、なんとなく距離を置かれていた。


自分が嫌われているのかも、と父に伝えると、数日後にはその村を出ることになった。


その後は、気楽な二人旅だった。長く一所に留まらなければ、目深に被ったフードを言及されることも少ない。


父には片足が無かった。義足だったのだ。

昔事情を聞いたとき、「事故だ」と教えられた。


だから、歩くのは大変なはずなのに、長くとも数か月と同じ場所には留まらず、様々な土地を渡り歩く日々が続いた。


なぜ旅をしているのか、理由は分からなかった。


いや、私は分かりたくなかったのだ。



「災いを呼ぶ、悪魔め…!!!」



ついさっき、襲いかかって来た男が、私のことをそう呼んだ。



“悪魔”



本当は分かっていた。

全て、私のせいだったのだ。


仲良しのあの子が、崖から落ちてずっと意識が無いのも

私を可愛がってくれたあの人が、風邪をこじらせて死んだのも

食べ物を分けてくれた、あの夫婦が暴漢に襲われ殺されたのも

親代わりの男が、左足を失い、背中に大きな傷を負ったのも…


ギュッと目を瞑り、踞る。


珍しく、2年同じ村で過ごしていた。

父の足の容態が良くなかったのだ。村の奥地の小屋に住み始めた日、父には、村の者と関わってはいけないと言われていた。


その言いつけを破ったのは、自分。


隠し通せと言われた髪を見られたのも、自分のせい。


それを見た村人の反応が、とても好意的とは言えなかった。

様子が変わったのは、それからだった。


ついさっき、村人たちに囲まれたときの言葉が、勝手に頭の中で反芻される。



「この2年で、不幸な事故により4人の命が奪われた」



崖から落ちたあの子が死んだのだ、そう思った。



「100人にも満たないこの小さく平和な村で、たった2年で4人が不可解な事故で死んだのだ。悪魔のせいと言わずなんという。お願いだ…この村から出て行ってくれ」



やっと気づいた。いや、ずっと気づいていたけれど、やっとその膿に目を向けることができた。


この、体を蝕む呪いがいけないのだ。


ズキンと、左の胸が痛む。


時々、左胸にある痣はこうやって痛んだ。

何かを訴えかけるように。


この胸の痣は、呪われた者の証。


父が、教えてくれた。いや、教えられなくても、禍々しい色を放つこの痣が良くないものであることは、幼いながらに察していた。


呪いは、穢れ

穢れは、また別の穢れを呼び…そして、全てを飲み込んでいく。一所に留まれないのも、穢れが周囲を侵食するのを防ぐため。


2年で、4人死んだ。

それも、自分に良くしてくれた人たちばかり。


黒髪が悪いのではない。この呪いが、自分から発生するこの穢れが、周囲にまで侵食しているのだ。


村人たちが、4人の死が悪魔である私のせいだと言うのは、まったくもって間違いではない。


ただ、一つだけ違うのは、黒髪は、目印になっただけに過ぎないということ。


偶然、伝説の悪魔と同じ色だったことが、最悪の方向に働いた。



「……」



異臭に塗れた体を抱きしめるようにして、ぎゅっと小さくなる。


この痣のことは、誰にも知られてはいけない。


ただただ、父と平和に暮らすことだけを願って、薄暗い路地裏を一歩、歩き出した。

第1話に挿入したかったのですが、仕様上できないようなのでこちらに投稿します。

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