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ロッカの輝石  作者: ゆ
一章
23/25

空からの視線

土曜出勤で、更新遅れてすみません。



今夜の仕事はそれほど難しいものではない。

数時間前までそう思っていた自分たちは、慢心していたのかもしれない。


いや、途中まではたしかに順調だったのだ。時計塔に時限式で爆発する魔道具を仕掛けるまでは。


浮足立つ新入生や、準備に忙しない在校生、教員たち。

少なくとも学生が過ごす敷地の方では、誰もが別のことに注意を割いていて、すこぶる動きやすかった。


特に、この入学式の日に図書館で勉学に励む学生などは稀だ。時計塔に目を付けたのはそのせいだった。


学生全員が集まる大聖堂と位置がほど近く、何かあれば全員の注意がそちらに向く。そのうえ、価値が高く、真っ先に修復や内部の確認に人員が割かれる場所。

大陸有数の蔵書量を誇る図書館は、貴重な蔵書も多々ありうってつけだった。



「ちくしょう…!」



最初は、リーダーの膝が貫かれた。

それも、おそらくわざと、膝の裏から。

膝や肘、肩などの関節は防具をつけるのが一般的だが、膝裏は防具で硬くしてしまうと素早く動けない。

そういった裏家業の普通を、理解している人間の仕業だろう。


今も、急いでその場を離れたが、何故だかいつまでも何かの気配が付いて来る気がする。

どれだけ不規則に動こうが、気取られにくい道を選ぼうが、お構いなしだ。



(まるで、空から見ているかのような…)



そう思って、ゾッとした。

長時間、自分の意図した方向へ空を飛ぶことができるなど、どれほどの魔法使いなのかと。いや、そもそも魔法使いなのか、と。


カアンと、遠くに金属音が聞こえた。

いつもの美しい音色とは違う、乱れた鈴音が静かな夜に響いた。いくつかの鳥の羽音が聞こえ、男は、完全に今日の仕事が失敗したことを理解した。



(さすがはアルテミス王国随一の魔法学校か)



男はアルテミス王国の隣に位置するマルニー帝国の生まれで、そこでは簡単な生活魔法も使えない人がほとんどだった。10人に1人、ランプに火を灯すなどの生活魔法が使えればよい方。ほとんどの人は、生活魔道具の電源を点ける程度の魔力しかもっていない。

しかし、アルテミス王国では、10歳を超えた国民全員が生活魔法を1つは習得していて、10人に1人は魔法使いになれる素質をもっており、大陸にいる10人の1級魔法士のうち8人はアルテミス王国出身である。


要するに、世界一の魔法国家と言われるだけあって、国民すらも魔法の素養が桁違いなのだ。


そうは言っても、魔法とて万能ではない。空を飛ぶ魔法など、難易度でいえばかなりのものだ。



(くそ、まだついてくるのか?!)



それを、15分は逃げているだろうか、その間付かず離れずついてくるのだ。

人間一人を浮遊させ、重力や摩擦、空気抵抗などを瞬時に計算し、地上を走る人間を観察しながら追跡する…

そんなことが、本当に可能なのか?



(というか、息を吐く音すらしないような…)



自分もそうだが、影に生きる者たちは呼吸が浅い。できるだけ気配を消すために、普段から呼吸音ですら音を立てないようにしている。しかしながら、完全に人の気配を消すことは不可能だ。生きていれば必ず発生する音というのが、少なからずある。

それを敏感に感じ取るために、特殊な補聴器を男は着けていた。人間の呼吸や、鼓動、関節の音など、そういった波長を拾いやすいように出来ているそれは、集中していれば半径100mくらいの周囲の人間の音を聞くことが出来る。



(さっきもそうだ。あの弓矢は、少なくともその範囲より外側から撃ち抜かれていた。しかも、膝裏を)



男は気づいた。相手は、間違いなく自分よりも格上。それなのに15分間何も攻撃してこないということは…つまり。



(弄ばれている…?)



まるで、肉食動物が戯れに仮の練習をするかのように。

相手はいつでも自分をしゃぶり尽くせる。いつ、飽きて襲われるか分からない。その恐怖から、男は動きが雑多になった。

とにかく命中率を下げようと、先ほどよりも左右に大きく振れながら、とにかく足を動かした。


しかし、それを見ているはずの空中の敵は、一切攻撃をしてこない。ただただ、視線が自分の背中に注がれていることを感じるだけだった。


男は、後ろを振り返ることが出来なかった。


途中から、ある考えが男の脳内を支配していたから。



相手は、本当に人間なのか?



アルテミス王国は歴史の古い国である。そして、学園はその王国の歴史とそう大差ない歴史をもっていた。


そして、男は聞いたことがあった。

魔法学園には、魔物が潜んでいる、と。


いわく、それは世の中の理不尽を恨み、呪い、穢れた魂だけになってもこの学園を徘徊しているらしい。そして、見つけた獲物を執拗に着け狙い、最後には…


恐ろしい想像が男の脳内を侵食していたためか、男は集中力を欠いていた。そのため、気付かなかったのだ。


男が先ほどから恐ろしく感じていた存在の気配が、自分の前方に移っていることに。そしてその存在が、木の陰に隠れる自分の仲間をじっと観察していることなど、知る由もなかった。



「おい、止まれ」

「うわぁ!」



この仕事をし始めて、男は初めて仕事中に大きな声を出した。



「馬鹿野郎、処罰対象になるぞ。それより、何があった」

「あ、す、すみません。なんかちょっと…?!」



男は、気付いてしまった。

状況を把握するために遠くで待機していた上司の周りに、白い靄がかかっているのを。

そしてそれを、上司は一切気にしていない。



「あ、あのゾールさん…」

「お前、名前で呼ぶな。誰かに聞かれたらどうする」

「す、すみませんゼロさん。あの、なんか体調悪いとか、そういうのないっすか」

「? 何言ってんだお前。とりあえず、任務は失敗だろ。ほかの奴らは戻って来られそうか」

「はっ、そうだ。リーダーが撃たれました。膝裏を一撃で。おそらく手練れの狙撃手だと思います。気配を感じる範囲外からの攻撃でした」

「そうか、感づかれたんだな。時計塔の爆破はうまくいったんだろう」

「そっちは滞りなく」

「じゃあ、情報が漏れていたわけではなさそうだな。とりあえず、戻るしかないだろう」



そう言って、あらかじめ用意してあった魔道具を木の皮の下から掘り出し、地面に置くと、ゼロと呼ばれた男はそれに魔力を注ぎ始めた。



『あ、まって!』


「?!!!」

「おい、どうした」

「今何か、うめき声みたいなのが聞こえませんでしたか!?」

「さっきからどうしたんだお前。無暗に動くと失敗するぞ」

「ひぃっ、それも怖い!」



男が直立不動になった瞬間、周囲の空気が陽炎のように歪み、2人の男たちは魔道具に吸い込まれていく。



『あら…でも、よくやった方よね?』



そこには、一人の幽霊と、土くれになってしまった転移魔道具だけが残されていた。

たまたま霊感が強かったようです。

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