夜の空を走る
肌を黒く塗り、闇に溶け込むような黒装束で足音を立てないような歩き方をする人影。
彼らが学生ではないことは、一目瞭然だった。
『そうでもないって、何が…?』
「各僚の入り口近くに一人ずつ、そこから少し離れた林の中に、距離を開けて三人。一番離れたところにいる一人は、伝達役だと思う」
『…! 本当だわ、よく見えたわね』
ロッカとて、自分が普段同じような格好をしていなければ気づけなかっただろう。それくらい、彼らの動きは板についていた。
その筋の者とみて間違いないだろう。
『予感的中だったわね』
(当たってほしくはなかったけれど)
情報収集を手伝ってもらっているとはいえ、アレクシウスとの契約はロッカにとって面倒なもの。
できれば楽に任務を遂行したいと考えていた。
しかし、目の当たりにしてしまえば手を出さざるを得ない。
約束を違う真似は出来ない性分なのだ。
(6人か。リリィには周辺を探ってもらうとして、6人相手に私一人で戦えるかどうか)
ロッカにとって、魔法を扱うのは容易ではない。呪い魔法の力を抑えるために、普段から魔力自体を抑圧する魔法道具を身に着けているからだ。
言うなれば、とても細いストローから思いっきり硬いゼリーを吸うような感覚。文字通り捻出しなければ、ロッカに魔法は使えない。だからと言って魔法道具を脱ぎ捨てれば、周囲に呪いの魔力が漏れ出してしまう。
呪いとは、感染力の強い不死の病のようなものだ。本人の意思とは関係なく、じわじわと体を侵食し、周囲にまでその魔の手を伸ばす。
放っておいてくれれば、いっそのことマシだったのに。ロッカの敵は多かった。
ロッカは、生きるために魔法以外の腕を磨くしかなかったのだ。
(手持ちの魔法道具は少ない…目くらましくらいにしかならないな)
貴重な魔法道具だが、アレクシウスに言えばそれなりに簡単に手に入る。しかも経費だ。初めにそれを知った時、ロッカは歓喜した。魔法が使いづらいロッカにとって、魔法道具は命の綱だ。
「リリィ、周囲を少し探って問題が無ければ、一番後ろにいるあいつを追って。多分あいつが伝達役だから、何かあれば一番に逃げるはず」
『分かったわ。ロッカはどうするの?』
「あいつが多分リーダーだから、そいつをつける」
先頭で周囲を探っている奴や、隠れている奴も、全員がある一人の影のハンドサインを見て行動していた。指示役を潰せば、群れに隙が生まれる。とりあえずはリーダーに奇襲をかけることにした。
『気を付けるのよ』
「そっちもね」
リリィが離れていくのを背中で見送り、群れのリーダーを注視する。先遣役が寮内部の様子を探り、手で合図を送った。それに、リーダーが小さく頷く。
途端に、小さな群れ全体がそれぞれの立ち位置の穴を埋めるように動き出す。一糸乱れぬ、組織として完成した動きだった。明らかに、群れがプロであることを示していた。
(だけど、だからこそ読みやすい)
ロッカの存在が未だあちらにバレていない。それだけがアドバンテージだった。相手はプロ集団。こちらの存在を気取られれば、一気に不利な状況に陥る。
(こちらの存在がバレる前に、リーダーを潰す)
隠密は、ロッカの得意分野だ。気配を気取らせぬよう射程距離圏内に入る。薄っすらと冷える地面に伏せ、小型のボウガンを構えた。
ある部分に、矢を放ちやすい瞬間を狙う。
(狙うは、足!)
狙った位置に足が来る瞬間を狙い、草陰から弓矢が空を切る。風切り羽が特殊なもので、ハーピーの羽を使ったもの。空を切る音すらしないことから、ハーピーは空の誘拐犯との通り名がある。
「っ」
小さなうめき声を背後に聞きながら、手早く場所を移動する。プロならば、矢の向きからすぐに狙撃手の場所を割り出すだろう。
(相当痛いだろうにわめきもしない。おっそろしい)
木の上に登り、様子を見れば、自身が放った矢は標的の膝を見事に貫いていた。
(上等。さすが、空気抵抗を受けにくいハーピーの矢)
つい先ほどまでロッカがいた場所には、既に影が辿り着いていた。数を数えなおせば、影は5人。
さっそく、伝達役だと睨んだ影はいなくなっていた。リリィの姿も見えないため、後を追ったのだろう。
(奇襲でもないのに魔法道具だけでプロ5人を相手にするのはさすがに無理だしな…)
考えを巡らせ、相手の出方を探っていると、ある事に気が付いた。
リーダーに異変があったことで編成が変わった集団のうち、一人だけ立ち位置を変えない影があったのだ。
それは、金鈴寮の近くにいた影。
(やっぱ、目的は金鈴か。王族に用があるのか、それとも貴族同士の諍いか。どっちにしても、やることが大げさなんだよな)
相手の目的が分かればこっちのものだ。とりあえず、相手の方から逃げざるを得ない状況を作る。
ギリ、と、もう一度ボウガンを構える。
狙うは、金鈴の象徴。
(当たれ!)
音もなく空を走り、矢が向かうのは、金鈴寮の最上階に位置する、金色の大きな鈴。
寮生の朝を知らせる、寮の名の象徴だった。
カアン!!
大きな金属音を立て、鈴が揺れる。遅れて、普段よりも幾分か乱れた鈴の音が響いた。




