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ロッカの輝石  作者: ゆ
一章
20/25

月のワルツ


外なのに百合の香りが充満するバルコニーから逃げ出し、ホールに戻るとそこもまた別の熱気が充満していた。

ロッカはその熱気に気後れしつつ、人込みを避けて目的の人物を探す。

第一王女と話している間にホールに戻ったかもしれない第一王子のことだ。



『あ、ロビンがいたわ。女の子に囲まれているけど、いいの?』

「ロビンとは別に…殿下は?」

『見当たらないわね…まだバルコニーにいるのかも』

「もう、そっちに突撃しちゃおうかな」



周囲には悟られないようにため息を吐き、王子たちが談笑していたバルコニーの出入り口でこっそり聞き耳を立てる。



(何も聞こえないな…やっぱりホールに戻ったのかな?)



ふと顔を壇上に向けると、そこには絢爛な衣装を身にまとった王子が。第一王女とは装飾が違うので、間違いなく第一王子か第二王子のどちらかだ。

何やら学園長と何かを相談している様子で、学生たちは歓談しながらも皆そちらに意識を向けている。



『あら、あっちの方は中に戻っていたのね。もう一人はどこかしら?』



見渡すが、制服を着ていた方の王子はどこにもいない。仮面をしているからすぐ分かるはずなのに。



「あっちが殿下かなぁ。そうだったらもう探さなくていいのに」

『…ロッカ、まだ殿下の見分けついていないの?』

「?」



リリィの言葉に首をかしげていると、ふと背後に気配を感じた。

振り向くと、バルコニーに続く扉が数センチ開いている。さっきは確かに閉じていたのに。



「…?」



警戒してじっと見つめていると、最近嗅ぎ慣れた香水の香りがした。



(なんだ、まだこっちにいたのか)



視線だけで周囲を見回し、壇上で今まさに話し始めようとしている学園長を誰もが注目しているのを確認して、音も立てずに外へ出た。



「アスタルテがそっちに行ったから、すぐにこっちに来ると思ったが遅かったな」



扉を閉めると、何ともなしに話し始めた美しいプラチナブロンドの男。その髪色に第一王女を、そして百合の香りを思い出してロッカは少しげんなりする。



「王女殿下と特別なご友人のおかげで、ほんの少し動揺しまして…遅れてすみません」

「別に、咎めてない。あと、あの二人はご友人というよりは公私ともにパートナーという感じだぞ」

「パートナーね、私もそう思いましたけど。公というのは?」

「俺たちに合わせて姉上は男装しているからな、社交の度に相手を変えるのも面倒で、いつもグロリア嬢をエスコートしている。彼女は謀略渦巻く社交界も上手く転がせる聡明さがあるから」


(なるほど、ビジネスパートナーとしても優秀なのか)


「というか、第二王子殿下が中にいたのでてっきりあなたもそっちにいると思ってたんですけど、どうしたんですか?」

「…分かっていてこっちに来たんじゃないのか」

「は?」



アレクシウスの怪訝な声に、ロッカは頭を回転させる。

だが、彼が言っていることの脈絡が分からずに困惑が深まるだけだった。



「なんのために私は制服を着たと思っている」

「…あ、制服だと壇上には上がれないとか?」

「違う。…お前、あっちを見てみろ」



骨ばった長い指が差している方を見ると、そこは隣のバルコニー。

そこには、先ほどまで話していた、むせ返るほどの百合の香りがする二人が体を寄せ合っていた。



「王女殿下とグロリアさん…?」

「音楽も、この曲は知らないか?」

「曲って…これくらいは知ってますよ。”月のワルツ”ですよね」



アルテミス王国を照らす淡い月光。

それを司る女神アルテミスのために作られた、国内でも1、2を争う有名な曲だ。さまざまなアレンジがされて広く出回っている。女神を好きになれないロッカでも、さすがに知っている曲だった。



「お前、この曲をどういうときに踊るか知らないのか」

「? 月光祭の時ですよね。社交界だけじゃなくて町でも踊るので分かりますよ」

『…ロッカ、ここまで言われて分からないのは、殿下が不憫よ』



第三者がいる時は返事をしないことがほとんどのため、先ほどから押し黙っていたリリィが呆れたように声を上げた。



『認識が昔と変わっていなければだけど、月光祭で踊る月のワルツって家族や恋人たちのための踊りでしょ。殿下は貴方をエスコートするためにわざわざ制服を着たってことよ。ほかの二人があんな綺麗な衣装を着ているのに、第一王子だけ制服なんておかしいじゃない』



そう言われて隣のバルコニーをもう一度見ると、第一王女とグロリアの衣装は色や装飾などを合わせているようにも見えた。それに、見つめ合ってワルツを踊っている。



「もしかして、服を合わせたってこと…?」

「最も親密な女性を社交界に伴うのは当然のことだ」

『ドレスを合わせるのもエスコートのうちなのよ! 本当は少なくとも二、三週間以上前にドレスを贈るのが普通だけど、貴族じゃないあなたに合わせたんだわ、きっと』



リリィの補足説明に、自分がしていることの無神経さに気が付いた。



(いやでも、気づくわけがない! こっちは庶民だし、ましてや一般的な庶民の暮らしすらも送ったことないのに!)



「あの…気づかなくてすみません」

「いや、私も説明が足りなかったようだ。気にするな」



気まずい沈黙が流れた。



「…あの」

「なんだ」

「踊っておきますか? 庶民踊りですけど」

「……」



沈黙に耐えかねて誘ってはみたものの、アレクシウスの反応を見る限りそれを求めていたわけではないのかもしれない。


恥ずかしくなって、ロッカは慌てて両手を振って撤回した。



「いや、嫌なら別にいいんですけど」

「…嫌ではない」

「え?」

「ただ、きっかけを与えたのは私だが、その手を取ったのは自分だということを忘れるな」

「は?」



言っている意味が分からない。そう言おうとしたとき、スッと手が差し出された。それ以上説明をする気が無さそうな能面に、諦めたように小さくため息をついて。

ロッカは、差し出された手のひらに自分のそれを重ねた。



「危なっかしい足取りだな」

「貴族が踊るような上品なステップなんて知りませんよ。全部踊ったことすらないし」

「月光祭で踊った経験はあるのか?」

「まぁ、…子どもの頃、何度か」

「そうか」



高価そうなつま先を踏まないように、必死でステップを踏むロッカを、リリィが微笑ましく見守っていた。



『この曲を女神様が見ているところで踊った二人は、永遠に結ばれるんですって』



リリィが呟いた言葉は、ロッカの耳には届かなかった。



「…伏せろ!」

「!!」



アレクシウスの焦ったような声と同時に、耳を塞ぎたくなるような轟音が響く。


襲い掛かる爆風を物陰に隠れて避け、音のした方を見れば、大聖堂のほぼ真横に鎮座する、校内の時刻を知らせる時計塔が吹き飛び、崩れようとしていた。あの中は、全国でも有数の蔵書量を誇る図書館になっている。



「体を出しすぎるな、瓦礫が飛んで来る」

「殿下の方からは爆破の瞬間が見えましたよね?」

「あぁ。だが人影はなかった。ただ、時計の文字盤が不自然に輝いたように見えた」

「時限式の魔法具が設置されていたんでしょうか」

「おそらくな。中の様子が気になる。戻ろう」

「いえ、ここで一緒に戻ったら変に勘繰られるかもしれません。私は時計塔を見てきます」



そう伝えると、不満げではあったが小さく頷いた。それを確認すると、ロッカはバルコニーの柵に足を掛ける。



「危険だと思ったらすぐに戻ってこい」



その言葉に視線だけで返事をし、飛び降りた。

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