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ロッカの輝石  作者: ゆ
一章
19/25

薫る花の香


振り向いた先に居たのは、見慣れた白い仮面。

初めて見た日には気づかなかったが、それは近くで見ると繊細で美しい装飾がされており、さすが王族の身に着けるものは違うと皮肉を言ったのはいつだったか。



(声が似ているけど…この人はアレクシウス殿下かな?)



周囲から何番目の王子か分からないようにしているだけあって、普段から三人は服装や髪形、背格好や声色などを意図的に似せている。世界各国から見ても変わった風習だとつくづく思う。


変わっていると言えば、この国では王族に対する挨拶も変わっている。

世界で一般的なのは、立場を象徴する枕詞や敬称を申し上げ、恭しく礼をするというもの。だがこの国で国王と王配以外に対し敬称をつけるとなると、それは反逆を企てていると思われかねない。そのため、敬称や立場を表す言葉は一切話さずに挨拶するのが一般的だ。



「王国の輝く月の光に挨拶を…」

「いい、ここは学園だ。学生一人一人にいちいち挨拶されていては授業に出ることも叶わん」

「それは失礼を…それでは、名前をお伺いしてもいいですか?」

「ふん、簡易的だが真の挨拶をしようとした者が名乗りもせず私に名を尋ねるのか。礼儀があるのかないのか…お前変わっているな」

「それは申し訳ございませんでした。私の名はロッカと申します」

「ロッカか。私はアスタルテ・ディア・アルテミスだ」



その名前に、ロッカは少しだけ驚く。

何故ならその名は、この王国で初めに生まれた月光であり、唯一の王女だったから。



(まさかこんなに男性らしく見せることができるなんて)


「あまり驚かないようだな? 私が王女だと分かっていたのか?」

「まさか。むしろ驚きすぎて言葉を失っていたところです。声色も完全に男性のようだったので」

「多少無理はしているがな。変な風習のせいで難儀なものだよ、まったく」



仮面越しにも聞こえるほどのため息を吐き、王女は近づいてくる。

たしかに、王女だと思って見れば、ローブから歩くたびに覗くその足も、ずいぶん華奢に思えた。



「それで、お前はなぜここに? この隣は王族専用のバルコニーだから、暗黙的に誰も近づかないんだが、誰にも注意されなかったのか?」

「え、そうなんですか?」


(しまった、人目を盗んで来たから…怒られるか?)


「まぁ暗黙だから別にいいんだけどな。私たちもさすがにこんなところで機密情報を話したりはしないし」



あっけらかんとそう言うグロリアは、随分とさっぱりとした性格のようだ。

おおらかなところは弟と似ているらしい。



「それで、なんでなんだ? 何か独り言を言っていたようだが」

「ひ、独り言は癖でして…特に用はなく、中が暑かったので外に出てきただけです」

「そうか。それなら席を外してくれないか。ここで人と待ち合わせをしているのでな」

「あ、そうなんですね…分かりました」



第一王子の傍に居なければならないが、それはホール内のバルコニーへ続く扉の近くでもいい。そう思って入口の取っ手を掴もうとしたとき、扉が勢い良く開いた。


ゴンッという鈍い音がして、硬い鉄の扉が顔に当たる。ロッカは声もなく蹲った。



「あら…嘘、ごめんなさいね」

「グロリア、扉を開けるときは周囲に気をつけろとあれほど言っているじゃないか」

「貴方に早く会いたくて、急いでいたのよ…本当にごめんなさいね」



百合の香りがふわりと香り、細い指先がロッカの顎を優しく持ち上げた。

抵抗することも出来ず、されるがままに香りの主の方へ顔を向けさせられる。


そこにいたのは、まさに百合の君と呼ばれるのがピッタリなほどの、甘い色香を放つ美女。



「赤くなってしまっているわね…かわいそう」

「グロリア、君が原因だぞ」

「分かってるわ、だからこんなに胸が痛むんじゃない」



心臓を抑えるような仕草が、あまりにも愛らしく色っぽい。



『なぁに、この人…学生というにはあまりに成熟してるけど、まさか先生なの…? それはそれで問題がありそうだけど…』



ロッカは慌てて立ち上がり、飲み込まれそうなほどの色気から距離を置いた。



「き、気にしないでください。すぐに良くなります」

「そんな、鼻血を出している女の子をそのままにしておけないわ」

「え、鼻血?」

『ある意味それもこの人のせいかもしれないわね。十代の若者が浴びるには、致死量の色っぽさよ』



ぶつぶつとうるさいリリィを無視し、鼻を抑えると確かに赤くぬるっとしたものが手についた。



「鼻紙でも詰めていればすぐ治ります」

「そう遠慮しないで、少しだけれど、私神聖魔法が使えるの」



すっと近づいて来る度に、後ずさる。



(まずい、神聖魔法なんか使われたら…)



ロッカの体に神聖魔法は毒である。

呪いに蝕まれた体は、聖なる力に悉く弱かった。


つくづく人間よりも魔に近い体なのだと思い知る。



(どうにかして回避しないと…)



いっそのことバルコニーから飛び降りようかと魔が差した時だった。



「グロリア、やめておけ」



凛とした声が響き、グロリアがピタッと動きを止めた。



「嫌がっている女性にそう無理強いするものじゃない」

「でも…痛そうだし、わたくしのせいなんだもの」

「それは分かるが、相手の意思を尊重すべきだ。それに、神聖魔法はそう頻繁に人に使うべきではない。治癒魔法とは違って、人間本来の治癒力を下げる恐れがあると知っているだろう」

「…そうよね、ごめんなさい」



二人の様子に、ロッカは戸惑う。

グロリアの動きを止め、たしなめる今の声色は、ロッカが初対面で受けた男性的な声色とは違った。

おそらく、グロリアに話しかけている声が本来のアスタルテの声なのだろう。

グロリアも、先ほどまでの雰囲気とは一変ししおらしい。


というか、腰を引き寄せるアスタルテも、アスタルテの胸に頭を寄せるグロリアもただならぬ関係を思わせ、ロッカは気まずい思いが沸き上がる。



「あ、あの…お邪魔なようなので…」



そそくさとその場を後にし、ホールへ入った。アスタルテが片手を上げたのが見えたので、無礼にはならないと思う。



『…当てられちゃったわね』



リリィの呟きは無視した。


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