美女と乾杯
「初めまして、誇りある魔法士の卵の皆さん」
ホール内に、色気のあるハスキーボイスが響き渡る。
真っ赤な唇が、美しく弧を描いた。
壇上でマイクを握るのは、妖艶という言葉がよく似合う、美しい女性だった。
「私は、学園長のロザリー・ヘッセンだ。入学式では顔を出せずすまなかったな。所用があって副学園長に祝辞を任せたが、退屈で眠くなってしまわなかったか?」
会場が穏やかな笑いに包まれる。
新入生は戸惑っているようだが、上級生が声を出して笑っているので、いつもこのような感じであることが分かった。
『すっごいグラマーな人ね。学生には目の毒だわ』
(同感。実際、多くの男子は釘付けだし。あれは同性でも見ちゃうレベル)
リリィの少し照れたような独り言に、ちらりと近くを見やれば、多くの学生が惚けた顔で学園長を見つめていた。
「夜の部ということで、長々と挨拶をするのも野暮というものだから…早速。皆、グラスは回っているか?」
その言葉で、学生たちが持っていたグラスを掲げた。
ロッカたちも近くの給仕からグラスを受け取り、控えめに倣った。
見計らって、学園長もそれを高く掲げる。
「今日、この佳き日に新たな仲間を迎え入れられたこと、嬉しく思う。これからの学生生活は、皆の人生にとってかけがえのない、色濃いものとなるだろう。未来の魔法士たちに、乾杯」
それぞれがグラスを掲げ空に向かって乾杯すると、場内に穏やかな音楽が流れ始めた。
それを聞きながら、皆が思い思いに会話を楽しんでいる。
夜の部、乾杯の後は無礼講。それは、アルテミス学園では常識だそうだ。
「さすが、学園長は話が簡潔で助かる」
「ねぇ、あの学園長って大賢者ヘッセンの子孫なんだよね?」
「あぁ、そうらしいな。天才魔導具師アンドレア・へッセンの子孫らしく、あの人も天才と呼ばれていて、学園内にある魔導具はあの人がメンテナンスしてるらしいぞ」
「へぇ…」
さっきは、何か映ってしまう恐怖からほとんど見ることもできなかった、銀の鏡。
たとえ何かが映っていたとしても、周りに人も少なかったし、誰にも見られてはいないはずである。
ただ、真実の姿がその人の真心を指すのであれば、もしかしたらロッカは映っても問題ないのでは、という期待もあった。ロッカは、人並み以上の欲望も嫉妬も持ち合わせていない、普通の少女である。
ただ、人より#邪悪なものを纏っている__・__#だけだった。
ただ、その邪悪なものから逃れたいという気持ち自体が過ぎたものなのであれば、きっと鏡にはそう映るのであろう。
「…お、王子殿下たちだ」
「!!」
びくり、肩が震え、恐る恐るロビンの視線の先を追う。
そこには、学園長と挨拶を交わす3つの仮面。
この国で王位継承権を持つ人物は三人。第二王子が第一王子の入学に合わせ今年一緒に入学してきたことにより、この学園内に王位継承候補者が三人も集まることになった。
入学式の日の朝刊でそれが発表され、世間は大騒ぎだったらしい。冷静に考えれば、万が一学園が攻め込まれた場合、王位継承者が一人もいなくなる可能性もあると、否定的な意見もあったようだ。
『どれが誰だか、意外と分からないわね』
リリィが呟いたので、三人の中でどれが第一王子なのか考えてみる。じっと見つめていると、ふとそのうちの一人と目が合った気がした。慌てて目をそらし、ややあって、再度盗み見れば、その人はもうこちらに背を向けていた。
(…気のせいか)
背を向けられたのをいいことに、ロッカはじっくりと三人を観察する。正直、背格好は三人ともそう大きく変わらない。身長は多少違うが、この距離だといまいち分かりにくかった。しかし、一人だけ明確に違いがある人物がいる。
学園の制服を着ている人物がいるのだ。王族なのに。
(金鈴の寮の人たちはドレスコードがあるんじゃなかったのかな)
「なぁ、ロッカ」
「え?」
見つめていると、突然ロビンが視界を遮るように覗き込んでくる。
「ロッカも、王子様みたいな感じが好きなのか?」
「あぁ、いや…すごい綺麗な髪だなぁと思って見てただけだよ。別に好みとかそういうのじゃない」
そう言うと、あからさまにホッとした顔つきになるロビン。
昼間から思っていたが、もしかして、この男は私に好意があるのだろうか。
そういう疑惑が湧き上がってきて、ロッカは人知れず警戒を強める。
「な、なんか喉乾くな。俺水貰ってくる」
「あ、うん」
そわそわと落ち着かない様子のロビンがその場を離れ、一人ポツンとその場に取り残された。特段寂しくもないが、することがないため邪魔にならなそうな場所へ移動する。
『ねぇロッカ、私どれが第一王子か分かったわ』
「え、どれ? 私全然分からない」
『うふ…ヒントはドレスコードよ』
「ドレスコード…?」
ニンマリと得意げな笑顔を向けるリリィ。何のことだかよく理解できず、もう一度三人組に目を向けた。
「あれ、いない」
『あら、本当ね。…あ、あそこのバルコニーから出て行くわ』
「…契約上は追わなきゃダメか」
”任務中は基本的に呼べばすぐに来られる場所にいること”
契約内容の一つだ。
「あれ、ロッカ? どうした?」
「なんでもない。でも、ちょっと熱気に当てられたから、外にいる」
パーティが開始してまだ十数分。理由としては不自然かもしれないが、対して追及もされないだろう。
顔を背け、王子たちがいるはずのバルコニーの、隣のバルコニーに進むロッカを、ロビンは悲しそうに目で追っていた。
バルコニーに出ると、熱気あふれていた室内に比べ、ひんやりと心地の良い風がロッカの頬を撫でる。
「外はちょっと寒いね」
『そう、まだそういう時期なのね。…王子たちはいる?』
「うん。そこからちょっとだけ見える」
何やら三人で談笑しているようだ。時折笑い声が聞こえた。
諜報員として自分を雇うくらいだから、平和な時代とはいえ、もしかしたら王家の仲もそれほど良いわけではないのかと思っていたが、そうではないらしい。
(…ずいぶん、仲のいい兄弟なんだな)
それからしばらく、三人の談笑は続いた。
(まだ中に戻らないのかな…寒くなってきた)
30分ほど時間が経っただろうか。王子たちは未だ動く気配がない。話している内容も、これからの学園生活についてなど大した内容ではなかった。
ロッカは、今日で二回目の強い焦燥感が胸に沸く。
それを目ざとく察知したリリィが、ふわりと肩を撫でた気がした。
『ロッカ、どうしたの?』
「…なんでもないよ」
「何がだ?」
突然、聞きなれない声がその場に届く。
リリィと二人、勢いよく声のした方に振り向いた。
土日が忙しく、遅くなってしまいすみません。




