賢者の血筋
「ごめん、待ったよね」
大聖堂前、顔を合わせて早々謝罪すると、ロビンは勢いよく首を振った。
全然と言っているが、周囲に人はおらず、待っている間恥ずかしい思いもしたかもしれない。
そう思って、再度謝罪する。
「本当にごめん。部屋を片付けていたらうとうとしてしまって」
「大丈夫、気にするなよ。それほど待ってないし」
「でも」
「いいって。誘ったのはこっちの方だし。それより早く会場に行こう、欠席扱いになるかも」
学園の授業は、開始時間より15分以上遅刻すると欠席扱いとなる。遅刻も、全同一授業の1割を超えると欠席1回、欠席が全同一授業の1割を超えると授業の単位がもらえない。だから、学生たちは皆授業に遅れたり休んだりしないよう努力する。そもそも、魔法士になるためわざわざ学園に通っている人たちなので、休もうとする人の方が稀のようだが。
時計を見れば、今は午後7時10分を回ったところ。急がなければ間に合わない。
小走りで大聖堂へ向かっていると、ロビンがそういえば、と切り出した。
「それ、取らないのか?」
つい4、5時間前にも聞いたようなセリフだった。
ロッカは、先ほどと同じく、フードを目深に被っている。
「顔をジロジロ見られるのって好きじゃないんだ」
「あー、珍しい目の色してるもんな」
「それもある」
そう返事をするが、フードを被っている理由はもちろんそれではない。
(入り口にあるらしいけど)
もう間近に見える大聖堂を見やる。
入り口には、出欠を確認しているらしい学園の教師が立っていた。
グレーの髪をハーフアップにした、飄々とした雰囲気の男だ。
印象的な三白眼がこちらを捉え、すぐに手元の名簿に落とされる。
「お前らで最後だ」
ボソリ、低い声でそう言われ、謝罪する。
だが、特に気にした様子もなく、男は中へと足を向けた。
怪しまれないように周囲を見回すと、趣のあるアンティークな雰囲気の入り口の横に、年季の入った巨大な銀の鏡を見つける。ロッカの拳が、小さく握られた。
(あれが、真実の鏡)
二千年前、王国で初めて魔法が使役され始めた時代。
王国史に残る賢者のうち一人、魔導具を作ることに長けたアンドレア・ヘッセンが創造したものだ。
彼が造った魔導具は、現代でも第一線級に活躍する代物ばかり。
その中でも“真実の鏡”と言われるその魔導具は、アンドレアの、ひいては、この大陸で最高傑作の一つとの呼び声高いもの。
アンドレアが晩年に制作したもので、彼が初代学園長を勤めたこの学園に置かれている。
その鏡は、映った者の本当の姿を映し出すという。
過去に、清廉潔白で美しい聖女と呼ばれた女性が、その時代の王子と恋仲になったというが、聖女のあまりに邪悪な精神が鏡に映ったためその本性がばれ、王族を誑かそうとした罪によって処刑されたという。
普段は王家管轄の博物館に置かれているが、王族が学園に在籍するということで、昨年こちらに移されたのだった。
(ほんと、いい迷惑だよ)
入り口を潜るには、鏡の前を通らなければならない。
それが分かっていたから、ロッカはフードを深く被っているのだ。自分の胸に刻まれた痕は、決して清廉なものとは言えないから、どのように鏡に映るか予想もつかなかった。
「…あぁ、そうだ」
不意に振り向いた教師に、ロッカの肩が強ばる。
鏡の前を通っている時、万が一にも誰かに見られてはいけない。
「お前ら、俺の授業で遅刻なんて真似するんじゃないぞ。遅刻したらすぐに単位を落としてやる」
「す、すいません…」
ロビンが申し訳なさそうに謝る。
あの教師は貴族家出身らしいが、実家同士に繋がりでもあるのだろうか。
そう思っていると、ちらりとロッカに視線が流れる。咄嗟にロッカも軽く頭を下げた。
「分かったならいい」
興味をなくしたように顔を背け、その後はもう振り返らなかった。
その後に続き、ホールへと足を踏み入れる。
今日の歓迎パーティのために飾られた上品なシャンデリア、カーテン、それからボルドーの絨毯。
ダンスホールには、金鈴の腕章をつけた男女が得意げにダンスを披露していた。彼らは、学園の制服とは違う色とりどりのドレスを着ていて、それを見る他寮の生徒の視線は呆れや憧れ、嫉妬など様々だった。
学園の全学生が、輝かしいホールで一堂に会する様は、まるで異世界のような空気である。
「学園長も所用で遅れているらしく、挨拶はもう少し後で行われるそうだ。待っている間先に余興でダンスをしているみたいだから、好きに楽しむといい。そっちのはダンス経験もあるだろうから、習ったらどうだ」
「ダンスは評価に入るんですか?」
「金鈴の二年生以上はな。興味がないなら食事でもしていろ」
そう言うと、男は人混みの中に姿を消す。
「あの人、俺の兄貴の同級生なんだ。キッドレー伯爵家の三男で、優秀なんだけど変わり者らしくてさ。実家の爵位のうち一つを継ぐ予定だったのを蹴って、学園の教師をしているんだって。実家は何かと黒い噂のあるところだから、気をつけたほうがいいぞ」
ロビンが耳打ちしてきた情報は、入学前に一通り調べたものと一致していた。ただ、意外と彼らの情報は一般的には知られていないらしい。世間に出回っているキッドレー伯爵家の黒い噂が大凡真実だということや、まだまだ氷山の一角だということは。
「時間や規律にうるさい人らしいけど、それをきちんと守れば意外といい先生だってさ。これは知り合いの先輩情報」
「交友関係が広いんだね?」
「これでも貴族の端くれだからな。社交会デビューはこの間したよ。大抵18歳の誕生日の時期にやるんだけど、入学してからだとなかなか時間が作れないだろうからって」
「今いくつなの?」
「今年16。大体これくらいの年から入学してくる人が多いよね。…ロッカは?」
「今年18。もっと早く通い始めたかったけど、入学金が払えなくてさ」
事前にアレクシウスと口裏を合わせておいた理由を説明する。
アルテミス学園は、20歳に満たない者であれば人種や性別、出身に関わらず入学試験を受けられる。大抵5年で単位を取り終えて働き始めるが、王国魔法士試験を受けられる年齢が20歳になる年からのため、16歳になる年に入学する者が多い。その方が、王国でも指折りの教師たちから、最新の魔法情報を教えてもらいながら試験を受けられるからだ。
ただ、ロッカは今年18になる。そういう人も少なくないが、突っ込まれることもあるだろう。そういったときにボロが出にくいように、聞かれやすそうな話題には問答集を作っておいたのである。
「じゃあ、ロッカはお酒が飲めるんだな」
「誕生日が半年以上先だから、一応まだ、ね。ロビンはまだあと2年先か」
「ん、まぁ。貴族はデビュタントで酔っ払わないように、大抵子供の時から嗜むけどね」
人となりが気さくとは言っても、やはり貴族は貴族。
所作は品があるし、こういった学園のパーティであっても目を引く立ち居振る舞いだ。
「まぁ、学園は10代に満たない学生もまれにいるからさ、学園生活の中で飲むことはないだろうけどね」
「それもそうだね。こういう時はお酒より食べ物を楽しむべきかもしれないね」
そう言って、近くの料理に手を伸ばした。
食べたこともないような料理が並んでいて、目移りがする。
赤いジュレの乗ったスフレを口に運んだ、その時だった。
空気を弾くような、ラッパの音が響き渡る。
騒がしかったホールが一瞬で静かになった。
視線の波が、誰からともなくホールの一部分を見つめていった。
『初めまして、誇りある魔法士の卵の皆さん』
流れるような緑色の長髪、赤色の瞳。
舞台上の白百合と同化するほど白い肌…まさに、妙齢の美女。
アルテミス魔法学園、稀代の学園長のお出ましだった。




