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ロッカの輝石  作者: ゆ
一章
17/25

賢者の血筋


「ごめん、待ったよね」



大聖堂前、顔を合わせて早々謝罪すると、ロビンは勢いよく首を振った。

全然と言っているが、周囲に人はおらず、待っている間恥ずかしい思いもしたかもしれない。

そう思って、再度謝罪する。



「本当にごめん。部屋を片付けていたらうとうとしてしまって」

「大丈夫、気にするなよ。それほど待ってないし」

「でも」

「いいって。誘ったのはこっちの方だし。それより早く会場に行こう、欠席扱いになるかも」



学園の授業は、開始時間より15分以上遅刻すると欠席扱いとなる。遅刻も、全同一授業の1割を超えると欠席1回、欠席が全同一授業の1割を超えると授業の単位がもらえない。だから、学生たちは皆授業に遅れたり休んだりしないよう努力する。そもそも、魔法士になるためわざわざ学園に通っている人たちなので、休もうとする人の方が稀のようだが。


時計を見れば、今は午後7時10分を回ったところ。急がなければ間に合わない。


小走りで大聖堂へ向かっていると、ロビンがそういえば、と切り出した。



「それ、取らないのか?」



つい4、5時間前にも聞いたようなセリフだった。

ロッカは、先ほどと同じく、フードを目深に被っている。



「顔をジロジロ見られるのって好きじゃないんだ」

「あー、珍しい目の色してるもんな」

「それもある」



そう返事をするが、フードを被っている理由はもちろんそれではない。



(入り口にあるらしいけど)



もう間近に見える大聖堂を見やる。


入り口には、出欠を確認しているらしい学園の教師が立っていた。

グレーの髪をハーフアップにした、飄々とした雰囲気の男だ。

印象的な三白眼がこちらを捉え、すぐに手元の名簿に落とされる。



「お前らで最後だ」



ボソリ、低い声でそう言われ、謝罪する。

だが、特に気にした様子もなく、男は中へと足を向けた。


怪しまれないように周囲を見回すと、趣のあるアンティークな雰囲気の入り口の横に、年季の入った巨大な銀の鏡を見つける。ロッカの拳が、小さく握られた。



(あれが、真実の鏡)



二千年前、王国で初めて魔法が使役され始めた時代。

王国史に残る賢者のうち一人、魔導具を作ることに長けたアンドレア・ヘッセンが創造したものだ。

彼が造った魔導具は、現代でも第一線級に活躍する代物ばかり。

その中でも“真実の鏡”と言われるその魔導具は、アンドレアの、ひいては、この大陸で最高傑作の一つとの呼び声高いもの。


アンドレアが晩年に制作したもので、彼が初代学園長を勤めたこの学園に置かれている。


その鏡は、()()()()()()()()姿()を映し出すという。


過去に、清廉潔白で美しい聖女と呼ばれた女性が、その時代の王子と恋仲になったというが、聖女のあまりに邪悪な精神が鏡に映ったためその本性がばれ、王族を誑かそうとした罪によって処刑されたという。


普段は王家管轄の博物館に置かれているが、王族が学園に在籍するということで、昨年こちらに移されたのだった。



(ほんと、いい迷惑だよ)



入り口を潜るには、鏡の前を通らなければならない。

それが分かっていたから、ロッカはフードを深く被っているのだ。自分の胸に刻まれた痕は、決して清廉なものとは言えないから、どのように鏡に映るか予想もつかなかった。



「…あぁ、そうだ」



不意に振り向いた教師に、ロッカの肩が強ばる。

鏡の前を通っている時、万が一にも誰かに見られてはいけない。



「お前ら、俺の授業で遅刻なんて真似するんじゃないぞ。遅刻したらすぐに単位を落としてやる」

「す、すいません…」



ロビンが申し訳なさそうに謝る。

あの教師は貴族家出身らしいが、実家同士に繋がりでもあるのだろうか。


そう思っていると、ちらりとロッカに視線が流れる。咄嗟にロッカも軽く頭を下げた。



「分かったならいい」



興味をなくしたように顔を背け、その後はもう振り返らなかった。


その後に続き、ホールへと足を踏み入れる。

今日の歓迎パーティのために飾られた上品なシャンデリア、カーテン、それからボルドーの絨毯。

ダンスホールには、金鈴の腕章をつけた男女が得意げにダンスを披露していた。彼らは、学園の制服とは違う色とりどりのドレスを着ていて、それを見る他寮の生徒の視線は呆れや憧れ、嫉妬など様々だった。


学園の全学生が、輝かしいホールで一堂に会する様は、まるで異世界のような空気である。



「学園長も所用で遅れているらしく、挨拶はもう少し後で行われるそうだ。待っている間先に余興でダンスをしているみたいだから、好きに楽しむといい。そっちのはダンス経験もあるだろうから、習ったらどうだ」

「ダンスは評価に入るんですか?」

「金鈴の二年生以上はな。興味がないなら食事でもしていろ」



そう言うと、男は人混みの中に姿を消す。



「あの人、俺の兄貴の同級生なんだ。キッドレー伯爵家の三男で、優秀なんだけど変わり者らしくてさ。実家の爵位のうち一つを継ぐ予定だったのを蹴って、学園の教師をしているんだって。実家は何かと黒い噂のあるところだから、気をつけたほうがいいぞ」



ロビンが耳打ちしてきた情報は、入学前に一通り調べたものと一致していた。ただ、意外と彼らの情報は一般的には知られていないらしい。世間に出回っているキッドレー伯爵家の黒い噂が大凡真実だということや、まだまだ氷山の一角だということは。



「時間や規律にうるさい人らしいけど、それをきちんと守れば意外といい先生だってさ。これは知り合いの先輩情報」

「交友関係が広いんだね?」

「これでも貴族の端くれだからな。社交会デビューはこの間したよ。大抵18歳の誕生日の時期にやるんだけど、入学してからだとなかなか時間が作れないだろうからって」

「今いくつなの?」

「今年16。大体これくらいの年から入学してくる人が多いよね。…ロッカは?」

「今年18。もっと早く通い始めたかったけど、入学金が払えなくてさ」



事前にアレクシウスと口裏を合わせておいた理由を説明する。

アルテミス学園は、20歳に満たない者であれば人種や性別、出身に関わらず入学試験を受けられる。大抵5年で単位を取り終えて働き始めるが、王国魔法士試験を受けられる年齢が20歳になる年からのため、16歳になる年に入学する者が多い。その方が、王国でも指折りの教師たちから、最新の魔法情報を教えてもらいながら試験を受けられるからだ。


ただ、ロッカは今年18になる。そういう人も少なくないが、突っ込まれることもあるだろう。そういったときにボロが出にくいように、聞かれやすそうな話題には問答集を作っておいたのである。



「じゃあ、ロッカはお酒が飲めるんだな」

「誕生日が半年以上先だから、一応まだ、ね。ロビンはまだあと2年先か」

「ん、まぁ。貴族はデビュタントで酔っ払わないように、大抵子供の時から嗜むけどね」



人となりが気さくとは言っても、やはり貴族は貴族。

所作は品があるし、こういった学園のパーティであっても目を引く立ち居振る舞いだ。



「まぁ、学園は10代に満たない学生もまれにいるからさ、学園生活の中で飲むことはないだろうけどね」

「それもそうだね。こういう時はお酒より食べ物を楽しむべきかもしれないね」



そう言って、近くの料理に手を伸ばした。

食べたこともないような料理が並んでいて、目移りがする。


赤いジュレの乗ったスフレを口に運んだ、その時だった。



空気を弾くような、ラッパの音が響き渡る。

騒がしかったホールが一瞬で静かになった。


視線の波が、誰からともなくホールの一部分を見つめていった。



『初めまして、誇りある魔法士の卵の皆さん』



流れるような緑色の長髪、赤色の瞳。

舞台上の白百合と同化するほど白い肌…まさに、妙齢の美女。


アルテミス魔法学園、稀代の学園長のお出ましだった。



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