ドレスコード
「ロッカ!」
「!?」
眼前に、ここ最近で見慣れてしまった美しい顔。
その距離感に驚き、慌てて後ずさると、その拍子にバランスを崩して床に落っこちた。
「いたた…」
「うなされていたが、大丈夫か? 悪夢でも視たのか」
『ロッカ、平気?』
「えっと…えっと」
夢で視た内容は、それが悪夢なら、いつも鮮明に覚えている。
だからこそ、ロッカは眠ることが嫌いだった。しかし今回は、夢の最後の方が思い出せない。はじめのほうが思いだせないならまだ分かるが、最後の方が思い出せないのだ。
「…落ちた衝撃で忘れちゃった」
(大事なことを忘れている気がする)
ロッカは考え込むが、先ほど眼前にあった美しい顔を思い出し、思考が一瞬停止する。声のした方を振り返ると、そこには天使と見紛う人間と、宙に浮いた少女が。少女の方はいても構わないのだが、問題は天使のような人間の方だった。
「な、なんでここにいるの?」
ここは寮のロッカの部屋。王子の住まう金鈴の寮にいることが多くなるとは思っていたが、こちら側にこの高貴な人がやってくることは想定していなかった。
「私の部屋と繋いであるからだな」
「繋いである…?」
「すぐに行き来ができるよう、学園長に協力を仰いだ。この学園で私とお前の関係を知っているのは学園長と魔法理学の教師だけだからな、気をつけるんだぞ」
そう言ってアレクシウスがロッカの部屋の本棚を押すと、そこに空間のゆがみが生まれた。つまり、ここを潜ればアレクシウスの部屋に行けるのだろう。
便利だが、そういったことは事前に知らせておいてほしかった。
「十数秒すれば勝手に歪みは解消される。間違っても誰かにバレるなよ」
「それは気を付けるけど、私が寝てたからよかったものの、着替え中とかだったらどうする気だったんですか」
『そうよそうよ! 急に入ってきてびっくりしたんだから』
昼寝をする前、ロッカはちょうどリリィに自身の秘密を明かしていた。王族という立場で、エリアス教団と関係が深いであろうアレクシウスには、まだそのことを話す気はない。
「それは一理あるな。では、よほどのことがない限り私の方からこっち側に来ることはないと約束しよう。基本的にはお前のための扉だ」
「それなら、まぁ…。でも、あなたは着替え中に私が来てもいいの?」
「構わない。元より顔以外の素肌は着替えを担当する侍女に見られ慣れている」
さすがは雲上人。靴下すらも履かせてもらう立場の人は違う。
「あ、そうですか…。ていうか、え、下も?」
「…無礼者だな、本当に。下着の上からに決まっているだろう」
「びっくりした、全部見られ慣れてるのかと思った。私だったらそんな生活、性格歪んじゃう」
「昔はそうだったらしいがな。それより、歓迎会があるが、お前はきちんとした正装を持っているのか?」
「正装って、金鈴の寮生でもなければ制服で参加する人が多いって聞いたけど」
「やはり、制服で参加する気か。では私もそうしよう」
「え?」
王子はそれだけ言うと、自分の部屋に戻って行った。
「…何しに来たんだ、あの人」
『ねぇロッカ。もう日が暮れかけているけどパーティは大丈夫?」
「あ」
昼にした約束を思い出し、自分を待つオレンジ色の少年の姿が頭に浮かぶ。
「…行かないつもりだったんだけどな」
忘れている気がする夢の話は一旦置いておいて、ロッカは慌てて身支度を始めた。




