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ロッカの輝石  作者: ゆ
一章
13/25

ロッカの目的



「701号室…ここか」

『角部屋じゃない。ラッキーね』


ドアノブに触れると、自然と鍵が開く。

声帯認証によって鍵が開くように術がかけられているようだった。



『すごいわ、こんな便利なことになってるなんて。昔はこんなのなかったわよ』

「アナログな方が便利なこともあるけどね。セキュリティはいいのかもしれないけど」



微かに軋む扉を開け中に入ると、窓から差し込む日差しが、柔らかくロッカたちを包んだ。

角部屋の特権か、窓が二つもあって、随分と明るい室内だ。

家具は、机と椅子と、ベッド。それからロッカの背丈よりも大きい本棚が一つ。事前に運んでもらった荷物は、最小限。どうせ学園にいる間は依頼主であるアレクシウスの傍にいるため、この部屋を利用することはほとんどないだろうから、問題はない。



「思ったよりも広くていい部屋だね」



ねぇ、リリィ。そう話しかけようとして、振り向いた時。



『……』



差し込む夕日に照らされて、金の輝きを放つリリィが静かに佇んでいた。

普段の様子とは違う、あまりの神々しさにロッカは口をつぐむ。


日に照らされると、リリィの白くぼやけた体の輪郭が少しだけはっきりする。

それがあまりにも幻想的で美しく、おとぎ話の中の天使のようだった。




『…ねぇ、ロッカ』

「なに?」

『私、あなたに謝りたいことがあるの』



改めてそう言われるほど、何か迷惑などをかけられただろうかと逡巡する。

しかし、これといって思い出せない。



「何か、されたっけ」

『…出会った日、塔の頂上で私、扉を開け閉めしたじゃない?』

「そうだね、それがどうかした?」

『私、何度も考えたんだけど、あの王子様が塔の異変に気づいたのは、それのせいじゃないかと思うのよ』



悲痛な声で、そう告げるリリィに、ロッカは呆気にとられた。

いつも笑顔で明るいリリィらしくない姿だったからだ。。



「いや、私も気を抜いていた部分はあるし、それだけとは限らないよ」

『いいえ、あなたはかなり気を付けていたと思うわ。窓の傍には近寄らなかったし、部屋に入る前に火も消していたでしょ。やっぱり、原因はあれしかないと思うの。ごめんなさい』



少しだけはっきりしたリリィの表情は、今にも泣きだしそうだった。



「どうして、急に」

『…あなた、髪色をわざわざ隠しているでしょう? 数週間あなたと過ごしてみて、あなたがどれほど気を付けて生活をしているかが分かったの。黒髪の人たちへの差別は私が生きていた時代にもあったけれど、まさかあなたがそうだとは思っていなかったし…。あの時、捕らえられたら一巻の終わりって言っていた意味が、後から分かったのよ』

「そういうこと。別に、王子様との取引は私にも実のある話だし、気にしなくていいよ。それに、別に差別が怖いから髪を隠しているわけじゃないし」

『え?』



ロッカの一言に、リリィは呆気にとられた返事をする。

リリィが柄にもなく神妙な雰囲気だからロッカはつい動きを止めてしまっていたが、言いたいことの趣旨が自分にとっては大したことではなかったため、あっけらかんとした態度で荷解きをし始めた。



「髪色は確かに隠して生活してるけど、それは差別されるって理由だけじゃないんだ。今は髪色に関わらず人権を守る法律も出来てて、表立って周りから差別されることは多くはないだろうし。だけど、私以外の黒髪の人が世間で見つかっていない以上、髪色を明かすことが出来なくてさ」

『それは、目立つと諜報活動がしづらいから?』

「ううん、まぁそれもあるけど、それは最近の理由。一番の理由は…」



そこまで言いかけて、ロッカは少しだけ迷った。しかし、この数週間のリリィの様子や、リリィの声や姿が周りの人には見えていないことを考えると、話しておいた方が良いという判断に至った。


決断したロッカの行動は早い。荷解きの手を止め、自分のブラウスのボタンへと手を伸ばす。



『え、ちょっと待って、何してるの?』

「理由を見せてあげる」

『ちょ、ちょっと! お嫁に行けなくなるわよ!』



リリィは自身の目を手で覆い、恥ずかしがるように顔を背けた。



「いいから、見て」



ぐっと身を乗り出し、自身の左の胸元を見せる。

ちょうど心臓があるであろうあたりには、赤黒い文字で描かれた歪な魔法陣が鈍く脈打っていた。リリィは、先ほどまでの恥ずかしがっていた様子から一変。驚愕した様子でロッカの胸元を凝視する。



『な、なにこれ』

「”呪術痕”さ」

『じゅじゅつこん…?』

「そう。呪いを受けたものに浮かび上がる、正体不明の痣。生まれつきあるんだよね」



絶句したリリィが、胸元から視線を上げ、目が合った。



「私、生まれてすぐ雪山に捨てられていたみたいなんだけど、それを拾ったのがお人好しの聖騎士でね。呪術痕のことも少しだけ知っていたから、エリアス教団の神殿に解呪のために連れてったんだって。だけど、あまりにも強い呪いみたいで、神聖魔法も形無し。挙句の果てには神殿の結界が異物を排除するために暴走し出して、聖騎士は赤ん坊の私を殺して捨ててくるよう命じられたんだけど…」



ロッカが父のように慕う、隻眼の男を思い出す。彼を思い出すとき、ロッカはいつも罪悪感に駆られてしまう。その感情を悟られないよう、ボタンを閉めなおすふりをして俯いた。



「…赤ん坊に情が湧いちゃって、そのまま赤ん坊連れて逃げたんだってさ。結果、その人はいろいろ失うものがあったわけだけど、ついでに呪術痕のある黒髪の赤ん坊の情報が教団に周知されちゃっててさ、黒髪だってことがバレたら、芋づる式にあの時の呪術痕のある私のことまでバレるかもしれないから隠してるんだよ」



黙って俯いているリリィを見てため息を吐き、ボタンを閉めた。



「まぁ、そういうことで、この呪いを解きたくていろいろ調べているところってわけ。そんなの想像だにしないでしょ、普通。だから気にしないで」

『…やっぱり、ごめんなさい』

「え?」

『もっと深い理由があったなんて、考えもしなかった。結果的にいい取引が出来たとあなたは言うけど、あくまでも結果論だし、危険に晒したことは変わりないわ』



ぎゅ、とリリィに両手を握られた。


ロッカには、分からなかった。なぜ、他人であるリリィがそれほどまでに罪悪感を覚え、謝罪するのかが。ロッカにそんな事情があるなんて、普通は誰にも想像できないことだ。だから、リリィの罪悪感を軽くするためにもロッカは真実を話した。もちろん、リリィがそれを誰にも話せないだろうという前提があり、これから協力してもらうためという打算があったからこそ。


だから、リリィがますます落ち込むことは想像していなかったのだ。



『私、あなたのためならなんでもするわ。できることは特殊だけど、見つからないことだけはプロ級だと思うの。思う存分こき使ってちょうだい!』

「あなたって、ずいぶん…」

『え?』

「…なんでもない。それより、じゃあさ、この荷解き手伝って」

『がってんよ!』



リリィが手を一振りすると、麻縄で締められた荷物が宙に浮き、解かれていく。

魔法ではないけれど、魔法みたいに不思議なリリィだけの力だ。



「ほんとそれ便利だよね」

『幽霊になったら使えるかもしれないわよ』

「…まだ遠慮しとくよ」

『ねぇ、これどこ?』

「それは…」



改めて、リリィとは特別な絆を結んだような気がした。ロッカは不思議な気持ちだった。


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