祝辞
アルテミス王国ができるずっとずっと前の話。
最初そこには、黒い海だけが存在していた。そこに、一つの金色の光が生まれた。
光は、長い時を経て美しい女神へと成長する。太陽と実りの女神アポロニアの誕生だった。
アポロニアは実りの力を使って大地を創造する。そこにアポロニアの光が降り注ぎ、やがてその地は大きな大陸となった。時が経ち、アポロニアがふと大陸を見下ろすと、いつしかそこには動物や人間など、たくさんの生物が棲み始めていた。生き物たちに愛おしさを覚えたアポロニアは、大陸を守護する女神として生き物たちを見守っていた。
しかし、アポロニアが眠った後、大陸が夜を迎える時。闇の眷属は隙をつくように生き物たちを貪った。それを憂いた女神アポロニアは、自分が眠った後、自分の代わりに大陸を守護する存在を創造した。
女神と同じ守護の力をもつためには、女神の一部を与えなければならない。アポロニアは、自身の左目と声を捧げ、月と知恵の女神アルテミスを創った。
女神アルテミスは、女神アポロニアに代わり夜の世界を守護する。
しかし、たった一つ、アルテミスが救うことの出来ない地があった。
そこは厚い雲が光を遮っており、ことさら夜は女神の月の光が届かなかったのである。
太古の昔より、黒は闇に属するものたちの色。悪しきものの象徴。黒をもつそれらは一様に魔族と呼ばれた。中でも、特に残虐で、悪意に満ちた存在を悪魔と呼ぶ。悪魔は、他者を貶め、穢し、最後には魂を喰らう。
悪魔は絶望や悪意、嫉妬などの悪い感情に塗れ、穢れた魂を好んで喰った。
昼間は、女神アポロニアの眩いばかりの光が魔族の邪魔をするが、夜はアポロニアには程遠い淡い光しかない。悪魔たちは夜になると活発に動き出し、人間たちを貪った。
月の女神は嘆いた。自分にもアポロニアのように強い輝きがあれば、大陸の端のその場所まで照らせるのに、と。そして気づいた。アポロニアが自分にそうしたように、自分も自分の分身を創ればよいのだと。
しかしアルテミスには、自分の分身を作り出すほどの力がない。そのため、一人の人間の女の中にあった新しい命に、自身のたった一つの目を捧げ、力を使うための知恵を与えた。
新しい命は、女神と同じ眩いばかりの白金色の髪と、闇を見分ける不思議な瞳を持って生まれた。
命は、女神から与えられた知恵によって、生まれた時から自分の力の使い方を知っていた。
そして、常闇を切り裂く一筋の光となったのだ。
それが、アルテミス王国の最初の王、クロード・ディア・アルテミス。
王は、生涯をかけて国を守った。
そして、男が使命を全うし息を引き取ると、男の体は変化し、王国を守護する宝石となったのだ。
これが、アルテミス王国の創世記である。
そこから二千年の時が経ち、今もなお、王国には女神の愛が溢れている。
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「つまり、女神アルテミスや最初の王クロード・ディア・アルテミスによって、人々は知恵を得て、魔力の使い方を知り、魔法を使えるようになりました。このアルテミス魔法学園に入学する皆さんには、今、この瞬間にも女神の祝福が齎されているのです」
この国に生まれた者ならば、子供でも知っているような御伽噺を延々と語るだけの祝辞も、ようやく終わるらしい。
十分は下らない無意味な演説だったが、チラリと見渡せば、心を打たれ、これからの生活に希望を抱いている者もいるようだった。
それもそうかもしれない。なぜならここは、世界一の魔法王国であり、世界最古の同一君主が治める国。その国で最初に創設された学校。
学校という形を取り始めて千五百年近い歴史をもちながら、今もなお世界一と名高い魔法学園。
今日は、王立アルテミス魔法学園の入学式だった。
女神を象徴する白金と、明るい金緑色で飾られた大講堂に、一際目立つ白い像―――女神アルテミスを象ったものだ。どこを見ているかも分からないその空っぽな瞳に、憎しみをぶつけているのは、この大講堂の中でもただ一人だろう。
(あなたが黒を嫌いさえしなければ、わたしたちはこれほどまでに生きづらい思いなどしなかったのに)
どれだけの人が女神を心酔しようとも、この憎悪の念は生涯変わらない。
「女神の祝福を得て、この場所で過ごす五年間は人生のうちで最も価値あるものとなるでしょう。では…入学おめでとう、諸君」
ワッと歓声に湧く大講堂。
同時に、上空から白百合が降ってくる。アルテミス王国の国花だ。
『なーんか、よく考えたら国外から入学する学生もいるのに、王国の創立史を話すなんてナンセンスじゃないかしら』
頭上でぐちぐちと文句を言う存在を無視して、誘導に合わせて場所を移動する。
『ちょっとちょっと、置いてかないでよ』
慌てて付いて来るのは、塔で出会った幽霊少女、リリィ。
あの時はぐれてしまったと思っていたが、密かに王子の後をつけ、物陰からロッカとアレクシウスの様子を一部始終見ていたらしい。
ロッカは助けてくれてもよかったのに、と少し不満に思ったが、リリィも精一杯やったようだ。
後から聞いたのだが、リリィが現実世界のものに干渉するのは、制限があるそうだ。触れようとしてもリリィを認識していない人には触れられないし、持ち上げられる物質とそうでない物質がある。条件はまだわかっていないが、地下から出たのも600年ぶり(仮)のため、仕方がないとロッカは諦めた。
それに、王子との契約はロッカにとっても利のある話。
(…利があるといいんだけど)
ロッカは既に、王子との契約を少し後悔していた。
浮かれたようにざわめく同年代の学生を見ていると、強い焦燥感に襲われる。
(わたしには、時間がないというのに)
“まずは学校に通ってもらう”
そう言ったのは、記憶の中でも美しさと輝きを失わない男。
アレクシウス・ディア・アルテミス。ロッカの一時的な主人だった。




