血の契約
黒髪は、この国で――いや、この大陸で、もっとも忌み嫌われる髪色だ。
なぜなら、大陸が女神によって創造されたとき、土地を奪うために襲ってきた大悪魔と同じ髪色だから。
悪魔は得てして黒を好み、特に生まれつき髪の黒い悪魔は力が強く、美しいとされている。
そのためか、この大陸内では過去に何度も黒髪の者が迫害され、罪なくして惨殺されてきた。
まともな職業にも就けず、奴隷のように扱われて、失意のままに死んでいった者も多かったと聞く。
ある時期を境に迫害は減っていったが、今でも信心深い者は黒を避けると言う。
かく言うロッカも、差別を受けたのは一度や二度の話ではない。
「辛気臭い顔だな」
先に沈黙を破ったのは、王子様の方だった。
随分な言い様に、ロッカはため息を吐きながら言い返す。
「そりゃ辛気臭くもなる。生まれつき黒とは対極の色をもっている人には分からないかもしれないけれど」
「言っておくが、本心だぞ」
「…紳士はお世辞が上手だものね」
「私が紳士的であるのは事実だが、世辞を言ったことはない」
堂々とそういうので、毒気を抜かれてしまった。先ほどまでの冷たい心が幾分か和らいでいる。
「それに、知らないのか?」
「なにを?」
「我が王家と、黒髪の従者の逸話だ」
「それ、賢王アマリリスがやった情報操作の一つでしょ。迫害を辞めさせるために、わざと物語にして世論を変えようとした…」
「いいや、違う」
大真面目にそう言うので、少しくらいは事実も含まれているのかもしれない、とロッカは思った。少なくとも、少しは信じてもいいように思えた。
自分を傷つけようと思って発した言葉ではないことが分かったから。
「…それも国家機密の一つでしょ?」
「ん? まあ…そうとも言えるな。見たいか?」
「いいです、見せてくれなくて。別に過去がどうであろうと、今の私の現状は変わらないし」
「しかし…」
「これ以上国家機密に詳しくなったら、一時的ではなく一生あなたから逃げられなさそうだしね」
そう言うと、王子の動きが止まる。
「それはつまり…」
「いいよ、諜報員。やっても」
「そうか。それはありがたい」
「ただし、条件がある」
ロッカとて暇ではない。公爵邸に侵入したのも、重大な目的があるからだ。
(成り行きでこうなったけど、考えてみればいい機会かもしれない)
ロッカには戸籍がなかった。偽の戸籍ならいくつか持っているが、本来の身分を証明するものは何一つ持っていない。そのため、断念してきた作戦も多くある。しかし、王族の後ろ盾が着くというのであれば、これから様々な活動がしやすくなる。
それに、相手は国家機密を漏らしたから、今はお互いにお互いの首の紐を握っている状態。つまり、相手も簡単にロッカのことを裏切れない。むしろ、立場があるだけ王子の方が不利益を被る可能性すらある。そう思っての提案だった。
「一つ、私の目的達成を可能な限り手伝うこと。一つ、私の目的を追求しないこと。一つ、月に…いや、週に一度、休暇を必ず与えること。これらの約束を破ったら、私と出会ったことも含め、見聞きしたもの全てを忘れることとする。どう?」
「はは、随分と思い切ったな。面白い。もちろん、こちらからの条件も飲んでくれるんだろう?」
「内容による」
「そうだな…では、一つ、特別な指示が無ければ任務中は基本的に呼べばすぐに来られる場所にいること。一つ、任務中の命令には従うこと。一つ、お互いに嘘を吐かないこと。一つ、私を最後まで裏切らないこと」
「全ての命令には従えないかもしれないよ」
「お前の目的達成の妨げになるような命令には従わなくていい。ただしその場合は先に言う。どうだ?」
「まぁ、それなら…。あ、あと報酬は日払いで現物支給で」
「分かった、そうしよう。じゃあ、確認してこれにサインを」
そう言って近づいて来る王子の手には、キラキラと輝く一枚の紙が握られていた。
今の一瞬で契約書を用意したようだ。
「期間は?」
「そうだな…最長でも、私が成人を迎えるまでだな」
「成人って、あなたいくつ?」
「今年16になる。あと2年と少しだ」
「2年ね。私としてもぎりぎりの範囲内かな」
「お前は?」
「何が?」
「年齢だ」
人から年齢を聞かれたことが無いので、一瞬だけ考える。
「たしか…今年18歳かな」
「年上だったか」
「今さら年長者に対する敬意がとか言わなくていいからね」
「年長者とはいえ従者だからな、人としての尊厳は守るが、私が遜る相手はこの王国にそれほど多くないぞ」
「そうえばあなた王子様でしたね。ねぇ、それより任務は一日中なの? 自分のこともあるから多少の自由時間が欲しいんだけど」
「呼んですぐに来られるならどこにいてもいいが、行きたいところや欲しいものがあれば言え。可能な限り意に沿うよう努力する。睡眠は…私が寝ているときはお前も寝ろ。ただし、休みでなければそう遠くない場所にいろ。寝床は用意してやる」
「寝床はいい。横になって寝ることはないから、その辺の床で寝るよ」
「…そうか。じゃあ、これで内容に不備はないか確認しろ」
渡された契約書に目を通す。お互いの出した条件に漏れはない。
「一応、最後にお互いの合意のもとなら条件を変更できるって書いといてくれる?」
「そうだな…これでいいだろう」
キラキラと光が契約書の空欄をなぞったと思えば、そこに文字が浮かび上がる。
改めて内容を確認し、手渡されたペンでサインをした。
「名はロッカというのか。白の月の生まれか?」
「そう。雪が降っていたんだってさ」
「美しい名だ」
「…アレクシウス・ディア・アルテミスには負けるよ」
ペンを置くと、王子がベッドサイドチェストからナイフを取り出した。
「血の契約の仕方は知っているな?」
「もちろん」
ロッカの返事を聞き、王子は自分の親指にナイフを引いた。
そのナイフを受け取り、自分の指にもナイフを引く。
赤い一線が引かれ、ぷくりと丸く血液が流れ出た。
お互いのそれを合わせ、血液が混ざり、契約書に一滴垂れるのを見守る。
ぽたり、どちらのものとも言えない赤い染みができた瞬間、契約書は金色の光を放つ。
『我ら、血の契約を結ぶ。今ここに、契約の議を成したことを示す』
その誓いを聞き届けたのか、契約書はより一層輝きを強くし、そして消えた。
「これから、どうぞよろしく」
二人は、どちらからともなく手を結び合う。
これが、それぞれの運命を大きく変える出会いだとは知らずに。




