表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
珈琲を飲めば桶屋が儲かる  作者: 弱男三世
6/29

東雲悠真 5


 翌日、悠真は近所に出向いていた。

 西洋チックな住宅街を歩き回り、獲物を狙う目で周囲を注視している。


「お願いしまーす」


 そうして通行人が通ればビラを押し付ける。受け取れば良し。受け取らなくとも視線が動いていれば可。デカデカとプリントした『リニューアル』の文字さえ認識させればよかった。


「あ、お姉さん。実はですね……」


 中でも立ち止まってくれた相手や、明らかに興味を持ってくれてる相手は貴重だ。焦り過ぎず、押し付けがましさを与えず、それでいて懇切丁寧に説明することを心掛ける。

 そうして気づけば相手は聞き込んでしまっている。腐っても政治家の息子だ。小さいころから社交界に連れ出された経験が、話術という形で発揮されていた。


「是非、お願いします! 美味しいコーヒーを淹れて待ってますから!」


 そう言って、悠真はにっこり笑顔で見送る。若い親子連れは紙面に目を落としながら、わいわいと盛り上がっていることが窺えた。


「ふぅ……」


 それがたっぷり印刷したビラの最後だった。どれだけ来てくれるかはさておいて、数は捌いたという事実に満足感を覚えながら――


「…………コーヒー」


 少し離れた位置で、ビラを手にしたミミにガックリとする。

 ロボットのように同じ単語を繰り返すばかりだった。見るからに不満そうで、伸ばした手も通行人に向いていない。これでは独り言の類と思われてしまうだろう。


「ミミ叔母さん」


「…………」


「もう少し真面目にやろうよ」


「…………なぜ、私がコーヒーなんぞを」


 要はそれが本音だった。特別コミュ障なわけでも会話が苦手というわけでもない。『コーヒーを売りにする』という一点に口を尖らせているのだ。


「チャーハンなら……チャーハンであるなら、私はPRするのに……!」


「叔母さん。叔母さんは中華料理屋がしたいの?」


「母がしたかったのは喫茶店です」


「ならやろうよ。コーヒーの宣伝を」


「ぐ、ぐぬぬ……!」


 そこまで言って、ようやく叔母はビラを目一杯に伸ばす。扱いを思い出してきたとは言え、色々と難儀な性格だった。


「あっ、ミミちゃん!」


「ミミっち!」


 それでもミミを連れて来ることには意味がある。

 今しがた駆け寄ってきた女子高生などがその効果だ。


「お店変えるの!? どんな風になるの!?」


「タピオカはー? タピオカも作る感じ?」

 

 二人組は営業トークも挟む必要もなく、わいわいと盛り上がってくれる。それが悠真にはない強みだった。

 ミミはずっとここに住んでいる住人であり、徒歩で十分程度の女子高に通っている。多少意固地なところはあっても、面倒を見るのが好きな性格だ。すなわち人と関わることを良しとしている彼女であり、その証拠に知己も少なくない。


「じゃあミミちゃん! 今度また寄るよ!」


「チャーハン以外で。あと出来ればタピティー」


 故に井戸端会議がそのまま営業へと繋がる。きっと彼女達は来てくれる。口コミが広がればそれだけ客足に繋がるだろうと、悠真は打算的なことを考えつつ――


「チャーハン……」


「チャーハンは無しで」


 どうしても作りたいなら僕が食べる。それでも満足出来ないならメニューの一つとしてだ。

そんな妥協案は一先ず吉に働いていた。




「じゃ、始めるよ?」


 スマホを片手に悠真は合図を出す。

狭い店内で、少しばかり中央へと寄せたテーブル。適度に陽の当たる位置を選んだ結果だ。差し込む光と影がコントラストとなって、そこに座るミミが一枚の絵のようにかたどられている。


「コピ・ルアク」


 言って、ミミはティーカップを手に取る。銘柄を口にしたのも、そこを伏せる意図がないことを示してのことだ。コーヒー自体のPRはさておいて、まずは顔を覚えてもらおうと悠真は思っていた。

 キャラクターという重要性を悠真は知っている。実が伴うに越したことはないが、そこに行き着くまでに視覚という要素は否定できない。


「いただきます」


 だからこその試飲動画だった。現役女子高生の経営する喫茶店という謳い文句と、見た目の幼さを前面に押し出す。

 豆は外部から取り寄せた出来合いで、小袋包装された粉末状の物だ。そこに専門的な技術は必要としない。その場限りの絵を取る為だけに用意された――言ってしまえば少々ズルイ方法である。


「ん……」


 ミミはカップを傾け、コーヒーを啜る。そこに物怖じをする様子はなく、撮られているという意識さえも感じさせない。

 それから無音でカップを置き、薄く微笑んで見せて――


「猫のクソみたいな味がします」


「はいアウト!」


 ありのままの感想が飛び出た。

 悠真は即座にスマホを下ろし、ズカズカと駆け寄る。


「まぁ猫のクソなんて食べたことないですけどね? ただそれ相応のレベルで、敢えて例えるならお向かいさんの生ゴミを漁った時のような」


「アウトっつってんだろ! カメラ止めろ!!」

 

 そうして二カメラと三カメラと、別視点の録画もオフにする。ミミのガラケーやら数世代前のデジカメやらと、蓋を開けばハリボテの撮影会であった。


「インパクト重視じゃなかったんですか?」


 と、ミミが首を傾げる。どうやら悪戯目的ではなかったらしい。インパクトという意味では確かに相応ではあったが、


「叔母さん。僕達がしたいのは広告であって、炎上じゃあないんだ」


「? 似たようなものでは?」


「一理ある。でもその議論は色々とアレだからやめとこう。っていうか台本にして渡したんだから、その通りに言ってくれればいいんだよ」


「ですが、台詞にインパクトが薄いと思ったので」


「悪かったな!」


「あと実際に美味しくもなかったですし」


「悪かったな!!」


 コーヒー好きを自称する悠真であるが、別にコーヒーを淹れるのに長けているわけではない。言葉選びのセンスも同様であり、謀を企てはしても、国語の成績は平均以下であった。


「とにかく撮り直し! ちゃんと出来るまでやるからね!!」


「マスターに指図とは……ユーマ君もエラくなりましたね。小さい頃はお姉ちゃんお姉ちゃんって、私の後をヒヨコのように付いてきていたというのに」


「そんな呼び方したこと一度もないでしょ? そもそも小さい頃は僕だって知らなかったんだし」


「いーえ、ユーマ君にはもう少しリスペクトの精神がありました。レディーファーストです。利蔵だってそう思ってます」


 と、ミミはカウンターで寝そべる猫に振り向く。


「ねぇ利蔵? 利蔵だってちゃんと覚えてますよね?」


「ンナァ」


「ほら」


「いや何が?」

 

 残念ながら悠真に猫語を介する力はない。というか世界中の大半がそうであり、ミミだってそうに違いない。『猫同士なら或いは』だなんて、そんなことを考えてみたところで通訳は存在せず――つまりは何とでも言えるということだ。


「ん?」

そんな詮なき思考を縫うように、不意に悠真は気づいた。不細工に広がる三種の毛色に、四色目が浮かび上がっていることを。


「いや…………なんで?」


シジミであった。狭い頭の上に、文字通り『猫の額』の上に、シジミがぽつんと乗っかっている。

 しかも縦に、ウルトラマンのアイスラッカーのようである。お魚咥えたドラ猫ならぬ、シジミを伸ばしたデブ猫であった。


「あぁ、昨日安かったですもんね」

 

 されどミミの反応は薄い。またかと言わんばかりに小さく息を吐き、利蔵の頭から引っこ抜く。


「よくくすねるんです。歳も歳ですから、そんなに食欲はない筈なんですけど」


 果たしてどんなつまみ食いをしたら、そこに刺さるのか?

悠真に疑問は尽きなかったが、乾いた貝はさっさとゴミ箱に放り込まれる。抜き取られた当人(猫)も一瞥すら寄越さず、なんなら刺さっていたことすら気づいてなかったのかもしれない。


「まぁ……いっか」

 

 考えても仕方ないと、悠真はカメラを再セットし始める。テーブルの上のコーヒーはすっかり冷めきっていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ