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珈琲を飲めば桶屋が儲かる  作者: 弱男三世
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東雲悠真 3


「改革をしよう」

 

 悠真は提案した。いやだ待ってを繰り返した末に、逃げられないことを悟ったが故に。

 そしてレトロなんて言葉じゃ誤魔化せぬ店内を尻目に、このままではいけないと思ったからこそ。


「改革? 何を改める必要があると?」


「全部かな」


「全否定ですか。そうですか」


 つーんとミミがいじける。つーんと口でいいながら、つーんとわざとらしく口角を下げて。


「ふざけてる場合じゃないんだ。どうにかしないと住むとこがなくなっちゃうから」


「ふざけてなんかいません。むしろふざけてるのは、初日からマスターに意見するユーマ君の方で」


「ふぅん……これを見ても?」

 

 冷めた風に言って、悠真はメニューを突き付ける。プラスチックブックの中に差し込まれているA4用紙には、丸文字でセット内容が箇条書きされていた。


 Aセット チャーハン、お茶

Bセット チャーハン、本日のカップ麺(気まぐれ)

Cセット チャンギス・ハーン


 突っ込みどころは無数にあった。

 全部チャーハンだとか、カップ麺だとか、そもそもチャンギス・ハーンってなんやねん等々――それら全てを飲み込んで、悠真はただ一言だけを繰り返す。


「叔母さん。ここ喫茶店?」


「だからそう言ってるじゃないですか。ここは母から受け継いだ大事な大事な店であってですね」


「分かった。分かりたくないけど分かった。だったら店構えを変えよう。チャーハンが好きなら中華料理屋にしよう。ちょっとレイアウトを変えるくらいなら費用はそんなにいらないし、それなら――」


「別にチャーハンも好きじゃありません」


 と、衝撃的な告白。


「チャーハンを作るのが好きなだけです」


「…………」


「油っ気も糖質も高いですし、非健康的じゃありませんか?」


 駄目だコイツ。今すぐなんとかしないと。

 悠真は心の底から思った。「じゃあ食わせんなよ」とも。


「それに――」


 と、ミミは続ける。仏頂面を俯かせて。


「ここはカフェなんです。この街が好きだった母が、みんなに安らいでほしいと思っていたから作ったお店なんです」

 

 それから罅割れたテーブルに小さな指を這わす。ここにある全てが愛おしいと言わんばかりに。


「…………借金は?」


「え?」


「借金。幾らだって言ってるの」


 だから悠真も無理強いは出来なかった。所詮は雇われの身。所詮は部外者だと言い聞かせて、立ち向かうべき額を改めようとする。


「三百万」


「三百万か……結構な額だけど、まぁ」


「だったんですけど、一年もしない内に一千万になってました。どういうロジックなんでしょう?」


「悪徳金融!?」


「最初は気前が良かったんですけどねぇ……ハンコ一つでポンと貸してくれるだなんて」


「いやいやいやいや」


 年二百%超。言うまでもなく違法である。


「ありえないでしょ!? 契約書とか見なかったの!?」


「細かい文字は苦手です」


「アホか! 今すぐ見せて!! 今すぐに!!」


「見せろも何も、ユーマ君が手にしてるじゃないですか。そこですよ。その裏側に」


「何で裏紙にしてんだよ!!」

 

 ミミが指差した先、メニューの紙を悠真は抜き出す。

摩耗やら湿気やらでクシャクシャになった紙面は滲んでいる。それでもどうにか読み取っていくと――夢物語のような数字が飛び込んでくる。無論、それが悪夢の方であることは言うまでもない。


「ど……どうしよう」

 

 そして一通り読み終えて、悠真は呟く。

 違法な利息のことはまだいい。悠真の兄は法律事務所を経営している。多少の恥を忍べば無為にはしないだろう。

 しかし元本まではどうにもならない。自己破産でもすれば身の回りは綺麗になるだろうが、そうすると――


「店がなくなっちゃうよなぁ」

 

 自由財産に認められる可能性は限りなく低い。つまりはそればかりはどうにかしなければならないということで、最初の問題に立ち返ってしまう。


「ミミ叔母さん。ここってお客さんは来るの?」


「馬鹿にしてます?」

 

 悠真の無遠慮な言い回しに、ミミはムッと頬を膨らませる。


「ちゃんと常連客はいますよ」


「何処に? もう昼過ぎだってのに誰も来ないんだけど」


「もうすぐ来ます。頼んでもいないのに、やかましいのが一人――」

 

 と、その時だった。

 ちりんとベルが鳴り響く。振り返ると、そこには見知らぬ少女が立っていた。

 背丈は悠真より少し小さいくらいで、コートの上からでもスレンダーに整っていることが分かる。だが何よりも印象的なのはツリ上がった目つきだ。射貫くようなソレでぐるりと見渡し、やがてミミの姿を視界に入れると真っ直ぐに向かってくる。


「ダージリン」

 

 つっけんどんなオーダー。

 ガラガラにも関わらず、敢えて同じテーブルに座っての一言だった。


「ないです」

 

 と、ミミは即答する。

 少女の目が一層ツリ上がる。


「じゃあミルクティー」


「ないです」


「……カフェラテ」


「昨日コンビニで買った飲み差しなら」


「…………ほうじ茶」


「はいはい」

 

 三度のお断りを繰り返し、ようやくミミはカウンターに向かう。少女が青筋を立てていたのは言うまでもない。

「誰なんだろう?」と悠真は気になったが、イライラと指でテーブルを小突く姿は、とても話しかけられる様子ではない。


「お待たせしました」

 

 しかしそんな針のムシロは一瞬。

 白いグラスを手にしたミミが戻る。


「よく考えたらほうじ茶もありませんでした。牛乳で我慢してください」


「だぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 ついにキレた。少女はテーブルを叩いて、怒声を上げる。


「アンタの店! 何があんのよ!?」

 

 真っ当な突っ込みに悠真は安心する。この町の住人がおかしいわけではなかったのだと、今更のことながら。


「叔母さん、この子は?」


 口を開くと二人の視線が集まる。ミミはグラスをテーブルに置き、「彼女は」と続けようとしたところで、

 

「ってかアンタ誰よ?」

 

 少女の声が重なる。

 すっかり虚を突かれ、悠真は目を瞬かせてしまう。


「ユーマ君は今日からうちで働いてもらう従業員です」


「は…………従業員?」


「何かおかしいことでも?」


「いやだって、アンタ」


 ミミの説明に少女は顔をしかめる。見るからに顔見知りで、人を雇う余裕がないことを知っているのかもしれない。


「うん。今日から叔母……この店で働かせてもらう東雲悠真です」


「あ、そう……」


「よろしく。で、君は?」


 しかし敢えて身内の恥を晒す必要はない。そう思ったが故に悠真は早々に切り上げ、少女自身に話題を移した。


狐坂彩夏こさかさやか。コイツの同級生」


「ってことは……マスターのお友達、かな?」


「まさか」


 少女――彩夏はふんと鼻を鳴らす。


「この街でカフェをやってるわ」


「え……?」


「もっともうちは人気店。こんな寂れた店なんかじゃないけど」


 つまりはライバル店。シノギを削り合う仲なのだと、挑発的に言ってのけた。


「久しぶりに来てみたけど、相変わらずの体たらくじゃない。この様子じゃあ潰れるのも遠くないわね」


「そ、そんな言い方」


「でもま……場所は悪くないし、潰した暁には二号店でも構えようかしら? 今のうちに土下座して謝れば、そこで働かせてあげてもいいけど?」


「なっ…!」


 絵に描いたような傲慢っぷりに悠真は震える。

 湧き上がるのは怒りと、それ以上の焦り。ただでさえ借金を抱えているのに、このような相手も控えているのだと思うと――


「ユーマ君、安心して下さい」

 

 だがミミはちっとも応えていない。表情をピクリともさせぬまま、抑揚のない声を上げる。


「狐坂さんはそんなことしませんから」


「いや、でも……」


「一万歩譲って負けてることは認めますが、潰すなんて出来るわけありません。私は彼女のことを知ってます」


「せめてもうちょっと認めようよ。それに知ってるって言うけど、友達じゃないんでしょ?」


「えぇ。ですが狐坂さんはただのバイトですし」


「けどさ、幾らバイトだからってライバル店の……ってバイトかよ!! 何でバイトのクセにこんなに偉そうなの!?」


 かくして心配は音速で吹っ飛んだ。

 悠真が向き直ると、彩夏はそれでもふんぞり返っている。


「ふんっ! 人気店なのは事実でしょ!」


「いや、君の力じゃないじゃん」


「アタシが働いてるんだからアタシの店よ! たとえオーナーがいたってアタシの物! 間違ってる!? 違わないでしょ!?」


「えぇ……?」

 

 ジャイアニズムを超えた何かに言葉を失う。烈火のように捲し立てる様子に気圧されただけとも言える。根拠のない虚勢を振りかざす姿は、まるで何処かの誰かを見ているかのようで――


「潰そうとしたら本気で潰せるわよ! だってあそこはパパの……」

 

 と、独りでに歯切れが悪くなる。

 誰も横槍は挟んでいない。なのに痛いところを突かれたかのように、彩夏は勢いを失ってしまう。


「…………御馳走様」


 代わりにグラスの中を一気に飲み干し、顔をしかめる。空調も聞いていない十二月間近である。キンキンの牛乳は中々辛いものであったろう。


(無理に飲まなきゃいいのに)


 空っぽになったグラスを見下ろしながら悠真は思う。妙なところで律儀というか、所作の一つ一つに躾の良さが窺えた。


「釣りはいらないわ」


 そう言って千円札を差し出し、ミミも黙って受け取る。

 結局何の用だったのかも分からない。


「コーヒー」


 そして退店間際。入り込む外気と白い吐息。

 彩夏は一度だけ振り返って、鋭い目をカウンター奥の棚へと注ぐ。


「センスは悪くないのに……これじゃあ豆が泣くわね」


 それだけ言い残し、去っていった。


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