そして桶屋が儲かる
僕こと東雲悠真は――恥の多い生涯を送って来ました。
恵まれた環境に生まれながらも勉学を疎かにし、私腹を肥やす為の犯罪行為に手を伸ばしました。その後も反省することなく放蕩三昧を繰り返し、親不孝という概念を体現する存在であったことでしょう。
しかし僕はここから生まれ変わることを誓います。これからは勤勉勤労に努めます。二度と他者を恨みません。何よりも家族を大事にすることを念頭に置き、人として真っ当な道を歩んで見せます。
――と、そんな反省文がコンマ数秒で頭の中を駆け巡った。
いやぁ我ながら立派な懺悔だった。これなら十分閻魔様も納得して下さることだろうと、ひょっこりカウンターから顔を覗かせて見る。
――バキューン!
しかしこれだ。耳の真横を弾丸が通り過ぎた。
こんちくしょうめ。閻魔この野郎。情状酌量の余地もあったもんじゃない。
「あぁもう! なんなんだよこれ!!」
住み込みの喫茶店を襲う銃撃の嵐は止むことを知らない。借金の関係から目をつけられていることは知ってたけど、普通ここまでしないでしょ!?
「叔母さん! ミミ叔母さん!! 大丈夫!? 怪我はない!?」
「大丈夫です」
キッチンに呼びかけると、返事と共に小さな指を覗かせる。サムズアップじゃなくて何故かキツネの形だった。
「ユーマ君、落ち着きましょう。こういう時はパニックになってはいけません」
「そ、そうだね叔母さん。滅茶苦茶な事態だけど、冷静さを欠いちゃ駄目だよね」
「はい。ですから先ずは素数を数えましょう。一……二……三……五……七……」
と言って、叔母さんは無防備に姿を見せる。
真っ青な顔で、何故かコーヒーを作りながら。あとついでに一は素数じゃない。
「アンタが落ち着けよ!!」
能面だからと言って心中までそうではないらしい。慌てて引き寄せ間近で観察とすると――ガッタガタ震えていらっしゃった。
そんな叔母さんの肩を抱えて、僕はもう一人の従業員の安否を確かめようとする。
「狐坂さんは」
「おねえちゃーん!!」
キーンとした。
カウンター奥の方からで、聞くまでもなく元気そうだった。
「おねえちゃーん!! たすけっ! たすけ……え? 大した用もないのに電話してくんなって!? 大した用だから電話してんでしょうが! この税金泥棒のボンクラ相談員が!!」
狐坂さんもパニックそのもので、女の子と思えない怒声を上げている。
誰に助けを求めてるのか分かんないけど、とりあえずそのスマホで110番に通報してほしいなぁ。
『東雲ぇ!! 舐め腐ったことしやがって!!』
『親父の仇打ちじゃあ!! 出てこいやあ!!』
そんなことしている間にも、外の怖い人達がジワジワと近づいてきている。炙り出されるのも時間の問題だった。
口にしているのは――どういう理由か分からないけれど――僕の名前だ。ひょっとしたら出ていけば事態が収まるんじゃないかと思えてきて、
「ユーマ君」
身を乗り出そうとした僕を、叔母さんの指が引っ張る。
「話しておきたいことがあります」
「後にしてくれないかな?」
「前のお話の続きです。父は……いえ、政孝さんは」
「後にしてって言ってるでしょ?」
「最期になるかもしれませんから」
想像以上に強い力を込められ、思わず尻もちを付いてしまう。
そんな僕に覆いかぶさるように、叔母さんが見つめていた。
「彼は名家の長男ということで、自由のない日々を送っていたそうです」
そうして始まった話は他でもない――全ての諸悪足る男の話だ。
家族の恥で、僕だって尊敬なんか出来ない。叔母さんからしてみれば憎んでも憎み足りない相手の筈だ。
「親の決められた相手と結婚させられて、逃げ道のないまま指導者を強制されて、心を病んでも続けさせられて……」
でも叔母さんの口調はそうじゃない。
まるでそんな男を悼むように、憐れんでいるかのように。
「だから母は……放っておけなかったそうです」
「…………」
「寂しそうだったからって」
「…………そんなの」
勝手だと思った。
だからって捨てることが許されるのかと。
「一体、何処からが間違っていたんでしょうか?」
しかし僕は何も言えなかった。祖父の不義理ということもあったけれど、それが叔母さんの心からの告白に思えたから。
「母は幼い頃からこの広い屋敷だけを与えられていました。父は幼い頃から孤独な玉座だけを与えられていました。私だって母がいなくなった後はそうです」
ミサトさんのことと、祖父さんのことを瞳に宿しながら。
「そう思うと……私は彼のことを恨めなかったのです。ホントはみんな寂しいだけだって。そんな風に思えたから」
そして――ポロリと零れた。
まるで取り繕っていた仮面が剥がれ落ちたかのように、くしゃりと歪んでは、ゆっくりと生気を与えられていくかのように。
「だから代わりに願いました。寂しい時に、寂しいって言えたならって」
そんな泣き笑いだった。
大粒を流しながらも誰かを案ずる、あまりに優し過ぎる微笑。
「もう一回あるなら、みんな素直に生きられたらいいですよね?」
そう問いかける叔母さんはもう震えていなかった。目元の涙を拭い、思い残しを果たせたかのように微笑んでいた。
「…………馬鹿」
でも――一つだけ気に食わない。
誰も恨まないという考えは結構。叔母さんは僕なんかよりずっと人間が出来てる。
それは認める……けどね?
「ミーちゃんの馬鹿」
だから僕は分からず屋のミーちゃんを抱き寄せる。
小さな頭を触れて、目と鼻の先で言ってやる。
「もう一回なんてない」
「え……?」
「もう一回なんてないよ。まだ始まったばかりなんだから」
そう。このまま終わらせてやるもんか。
だから僕は叔母さんの手を取って、ゆっくりと立ち上がって――
「うりゃ!」
コップに移し変えた『ソレ』を投げつけた。
「ぎゃっ!」
「な、なんじゃこりゃああああ!?」
間一髪だったのだろう。今まさに乗り込もうとしていたヤクザ二人に中身が直撃した。
そして――
「くさっ……おえっ……うげえええええええええ!!」
「目が……目がああああああああああ!!」
イカつい男達が悲鳴を上げて悶え苦しんでいた。
狙い通りで笑みが抑えきれない。僕は追い打ちをかけるようにカウンターに身を乗り出し、高らかに宣言する。
「どうだヤクザ共! この店の毒劇コーヒーの味は!!」
「ユーマ君?」
「ふははははは! 叔母さん(のコーヒー)は臭いだろう!? ヌルヌルするだろう!? これ以上近寄って来たらここいら一帯に散布してやるからな!!」
「ユーマ君?」
サーバー一杯のコーヒーを突き付けると、ヤクザ達が明らかにたじろぐ。先の被害者が泡を吹いて倒れてることも後押ししてくれている。
『し、東雲の野郎……! なんっちゅうもんを……!』
『猛獣を使うだけじゃなくて、こんな街中でVXガスだと?』
『ま、まさか国家転覆まで企んでるんじゃあ……?』
おまけにどんな精神状態なのか、とんでもなく飛躍したことまで言い出してるけど――錯乱してくれるなら結構なことだ。このままご退散願おう。
「ふざけっ……やがって!!」
ところがぎっちょん。
入口手前からバキュンと鉛玉がプレゼント。幸い軌道は明後日を向いていたけれど、思わずバランスを崩してしまう。
「うぉ……とと! 狐坂さん!」
「ふぇ!?」
取り零しそうになったサーバーを咄嗟にパス。
しかし当の狐坂さんはこちらのやり取りを見ていなかったのか、点になった目で受け止める。
「へ……なにこれ……ってクサッ!! なによコレ!? 下水から攫ってきたドブ!?」
「狐坂さん?」
「いやぁ!! 服についた! 汚い! 気持ち悪い!!」
「…………くすん」
しまった。思わぬフレンドリーファイアを招いてしまったらしい。
狐坂さんは僕をギロリと睨みつけ、サーバーをぽいと軽く手前に投げては――
「こんな汚いもん……こっちに投げんじゃないわよ!!」
蹴っ飛ばした。
美脚から生み出される、綺麗な線を描いた蹴りだった。
そのコントロールおそるべし。こちら側に向かうと見せかけて、ドア付近に隠れるヤクザの額に直撃する。
プロの試合でも早々見れないコーナーキックシュートだった。何でこの娘、喫茶店でバイトなんかしてんだろう?
『うわぁ! 毒ガスが! 毒ガスがぁ!!』
『吸うな! 吸ったら全身から血を吹いて死ぬぞ!』
『引け! 引けえええええぇぇぇぇぇ!!』
でもそれが甲を成した。ドア周辺にばら撒かれた毒劇物に恐れを成した連中が、蜘蛛の子を散らすように距離を離す。
すなわち――逃げるには今しかない!
「叔母さん! 今のうちに!」
「つーん」
「…………叔母さん?」
「つーん」
なんか拗ねてた。
そっぽを向いて、体育座りまでして。
「ねぇ叔母さん? 早く逃げようよ?」
「ユーマ君をちょっとかっこいいと思った私が馬鹿でした。えぇえぇそうです。どうせ私は殺戮コーヒーを作るしか能のない女ですよ」
「いやそこまで言ってないって……ちょっと言葉の綾で、大袈裟に言ったかもしんないけどさ」
「逃げる? コーヒーを淹れればいいんでしょう? じゃあ淹れてやりますよ。私含めて全員飲めばハッピーエンドです。天国に直行してやろうじゃありませんか」
「ごめんって」
やばい。本格的にスネてる。
こうなると長いのが昔からのミーちゃんだ。ミサトさんはこれをあやすのが上手かったんだけど、今の僕にそれが出来るかどうか。
「あ……アレ、緑谷のだったんだ……」
と、そこで罰の悪そうな顔した狐坂さんが割り込む。
「ごめん。そうとは知らずに、汚いとか言って……」
「ふんっ、どうせ狐坂さんも臭いって思ってたんでしょう?」
「えぇと……えぇと……!」
フォローするつもりだったんだろうか?
何故か狐坂さん本人があわあわとし始め、あまつさえ泣きそうな表情になって、
「あ……」
「あ?」
「アバンギャルドな味だったわ!」
うん――狐坂さん。
料理にアバンギャルドはないと思うの。そもそもアンタ飲んでないし。
「…………ふぅ」
しかし叔母さんは体育座りを解除する。
制服の埃を払って立ち上がり、親指で裏口を指差す。
「向こうから行きましょう。この店の勝手口は外から分かり辛いですから」
「叔母さん、もういいの?」
「ええ。狐坂さんのコミュ障っぷりを見てたらどうでもよくなりました」
「はぁ!?」
怪鳥のような声を上げる狐坂さんを気に留めず、叔母さんはとてとてと裏口に向かって歩き出す。
その後を追って廊下を進み、ガラス戸を開くと、塀に囲まれた小さなテラスへと突き当たる。今は空っぽになっているが、多分暖かい時期はここでコーヒーを育てているんだろう。
隅にちょこんと添えられた扉の先が、きっと外に繋がってる筈だ。
「僕が先に行くよ」
僕は閂を外そうとする叔母さんの手を遮って、自ら先導を打って出る。
「そんなこと言って、先に逃げようって腹じゃないの?」
「外にはまだ別の連中が待ち伏せしてるかもしれない。正面から鉢合わせになったら今度こそハッタリは通じない」
「う……」
想像したのか、狐坂さんが顔を青くする。
正直言って僕だって怖い。でも自分より幼い二人を盾にするほど男は捨てちゃいない。
「ユーマ君。どうか気をつけて」
「うん……大丈夫だったら合図するから」
実際に外は何やらガヤガヤと騒がしい。それがさっきの騒ぎを聞きつけてのものか、待ち伏せてのものかが分からない。
僕は意を決して、震える手で扉を開いて――
「うらぁ!!」
「ぎゃあ!!」
「ほらよ!!」
「ぬわぁぁ!!」
「どうしたどうしたぁ!?」
「アバーーー!!」
半裸のハゲがヤクザをボコボコにしていた。
僕はそっと扉を閉じた。
「…………」
「ユーマ君?」
「えーと、東雲さん?」
「叔母さん、狐坂さん。ここは危険だ。タイの修行僧が修羅と化してる」
「どういう状況よ!?」
だって! そうとしか言いようがないもん!!
僕だって無茶苦茶なこと言ってることは分かってるさ!!
「ユーマ君は何か見間違いをしたんじゃないでしょうか? 今は緊急事態ですし、きっと気が動転してるんです」
「そ、そうよ! 色々とパニックになって、周りがぐわーってなって、何が何だか分からなくなることって、アタシにもその……たまにあるから」
「そ……そうかな? そう、だよね?」
二人に言われて確かにそうだと思う。幾ら何でも脈絡が無さ過ぎる光景だ。ここ最近の激務も相まって、心が疲れていたのかもしれない。
「うん! きっと何かの間違いに違いない! もう一回見て来るから、二人はそこで待ってて!」
言って、僕はもう一度扉を開く。
今度は勢いよくガバッと。
「うぁーっはっはっはっはっは!!」
「ぎえええええええええええええ!!」
半裸のハゲが笑いながらジャイアントスイングしていた。
僕はそっと扉を閉じた。
「…………もうこの世界は終わりだ」
「何を見たのよ!? あぁもう……私が先に行く!」
「あっ、駄目だ狐坂さん! 今行ったら出家したモンスーンにバターにされるぞ!!」
「意味わかんないったら!!」
制止に耳を貸さず、狐坂さんが扉を開け放つ。
今行ったらとんでもないことが――
「御馳走さまは?」
「あう……あ……」
「聞こえねぇなぁ? じゃあもう一発行っとくかぁ!?」
起こってました。
三度目の正直なんてこたない。ヘッドバッド乾杯と言う煉獄の飲み会が開催されていた。
もはや意識もうろうなヤクザに、ツルッツルの額をゴスゴスとぶつけていらっしゃる。
「え……?」
狐坂さんも両目を引ん剥く。そりゃそうだろう。どう見たって地獄だもの。
周囲には餌食にされたであろう極道者が転がっていて、軽く数えるだけでも十人くらいは――
「キリシ……武澤さん!!」
と思っていたら、突然狐坂さんが駆け出した。
まだ動いてるヤクザが一杯いるのに、脇目も振らず一直線に。
「ちょ! 狐坂さん!?」
咄嗟に僕もその後を追おうとして――ぐいと制服を引っ張られる。
叔母さんだった。人を転けさせようとしながらも、ぽかんとした表情で外の様子を見つめている。
「叔母さん!? 何でこんな」
「ユーマ君!」
文句を言おうとして、真面目な口調に遮られる。
見ればその頬が震えていた。「信じられない」と言った様子で、修羅場の男を見つめている。
「そんな……あれは……」
「叔母さん、知ってるの?」
「知ってるも何も……だって……だって……!」
もしや叔母さんの知己なんだろうか? 小さい頃の生き別れとか?
ゆっくりとその指が上がって、すーっと動いて行って――
「アメリカンデイヴが歩いてる……!」
「誰だよ!?」
と思ったら違った。道路の向かいでこっちの騒ぎも知らずに、分厚いヘッドフォンを耳にして歩く太った白人だった。
っていうか何処見てんだこの叔母。
「知りません? ナウなヤングに人気な動画配信者で、最近はこの街の紹介をしてるとか」
「どうでもいいよ!! しかも表現も古いし!!」
「どうでもいいとは何ですか? 彼のおかげでこの街は最近うなぎ上りで、入居者が増えてるって評判なのに」
「どっちにしても今はどうでもいいよ!! そんなことよりここから抜け出す方が先決で――」
そんな風に文句を言おうとして、不意に浮遊感を感じる。
鷲掴みにされた肩が思い切り引っ張られた。勢いのまま振り返った先で、血走った目に晒される。
「はぁ……はぁ……ようやく捕まえたぞ」
ヤクザの一人だ。殴られた後なのか頬がぷくりと膨らんでいて。それでいて敵意の炎は消えていない。掴まれた肩は握りつぶされそうなくらいに痛くて、引き剥がそうとしてもビクともしない。
「ぶっ殺す……東雲……親父の仇だ……!」
言って、黒い物を額に突き付けられる。近過ぎて全体が見えなくても、人差し指の形と硬い質感から、ソレの正体は容易に分かる。
「ユーマ君!」
すかさず叔母さんが男の足に飛びつく。ひしりと握りしめ、顔を真っ赤にして押し出そうとする。
しかし小柄な少女と屈強な無頼漢だ。そもそもの体格差でビクともしていない。
「あぁ……? てめえから死にてえのか……?」
それが男は気に食わなかったらしい。僕の額から照準を離すと、必死に引き剥がそうとしている叔母さんの頭部に向けて――
「叔母さん!」
僕は咄嗟に叫んだ。
「緑谷!?」
狐坂さんも駆け出していた足を止める。
「緑谷海々!!」
何故か半裸の男も目を見広げている。
「あ……あ……」
誰もが注目する中、叔母さんはギュッと観念したように目を閉じる。
引き金が引かれるまであと僅か。せめて僕が代わりになろうと、身体ごと投げ出そうとして――
「――ァァァァァァオオオオ!!」
飛来した。猛獣のような雄叫びだった。
高所から一直線に、球体が男の手を絡め取る。その重量に押し出されるがまま、照準は明後日の方向へとずれ、何もない方向に向かってズドンと弾丸が放たれる。
「利蔵!?」
叔母さんが叫ぶ。見れば確かにそうだった。三毛猫は普段の呑気そうな姿を潜め、鬼のような形相で男の腕に喰らいついている。
その咬合力は犬にも負けぬくらいで、肉が抉れて真っ赤に染まっている。伸ばした爪もフックのように引っかかっており、もがけばもがくほどに痛々しい線を伸ばす。
「がぁ! くそっ……話しやがれぇ!!」
それでも猫は猫だ。大人が本気で振り回せばどうしようもない。
やがて利蔵の牙は外れ、身体を掴まれ、力任せに石畳に叩きつけられる。
「ギャン!!」
「と、利蔵!!」
明らかに嫌な悲鳴が響き、叔母さんがいの一番に飛びつく。
少し遅れて駆け寄ってみると――酷い傷だった。頭部の何処かを切ってしまったのか、痛々しい深紅が溢れ出ている。
「ァ……ン……」
「利蔵! 利蔵! しっかり!!」
「なめ……やがってぇ……!」
しかし猛威は止まらない。安否を確かめようとする僕等に、男はより一層憤怒に染まった顔で銃口を向ける。
そんな中、僕は沸々と煮え立つのを感じた。これまで味わったことのない激情が、奥歯を強く噛み合わせる。
「…………なんでだよ?」
傷ついた利蔵と叔母さんを背に隠し、僕は立ち塞がる。
拳銃だろうとヤクザだろうと知ったこっちゃなかった。
「僕達が何したってんだよ! ただここにいようとしただけだろ!?」
男の手を取って吠える。
ガン比べでも雀と鷹だ。所詮はスネ齧りのガキが言うことで、吹けば飛んじゃうくらいに軽いことは分かってる…………けどね?
「遊び半分で僕の家族を傷つけるな!!」
それくらいは言っても許されるような気がした。
嘘みたいな家族で、嘘みたいな状況で共にしていて――それでも唯一だって思えてしまったんだから。
「…………」
でも結局は実を伴っちゃいないんだろう。所詮は一度家族を捨てた男の言うことだ。
ヒーローのように発言で圧を生み出せるわけでもなく、当然のように男の銃口は僕の胸元へと向かう。そこから引き金を引けばおしまい。心臓に風穴を開けて、悪知恵くらいしか能のなかった不孝者の人生が終わる。
「ユーマく――」
「ミーちゃ――」
瞬間、半端な呼びかけが重なった。
笑うと可愛いんだから、どうかこれからは笑って暮らしてほしい。
そんな風に思えた自分自身が嬉しかった。こんな自分でも、そんな風に家族を思えるんだと分かったから。
――ズドン。
そんな音を聞いた。
地の底から響くようなおどろおどろしい音で、鼓膜にざわりとこびり付く。
しかし不思議だ。ちっとも痛みがない。それどころか身体はピンピンとしていて、相変わらずクリアな聴覚がガリガリとした音を捉える。
それは敢えていうなら爪研ぎ音。猫が柱を引っ掻く時のソレだ。それを妙に感じて、閉じていた目を開くと――
「ね、ねこ……ってうわぁ!?」
一匹や二匹ではない。軽く二十を超える猫だった。
それらが先ほどまで銃を構えていた男に群がり、貪るように蹂躙している。その鋭い爪で手の皮を剥ぎ、足の肉を裂き、頭髪をブチブチと毟り取っている。
まるで一つの意志を持つ一個体。そんな暴力に晒されているのは、この一人だけではなかった。
『ギャアアアアアアアア』
『ひぃ! やめ……やめてくれぇ……!』
『って俺もか!? もう嫌だ! 坊主はもう嫌だぁあああああああ!!』
『きゃああああ! 武澤さああああん!!』
対象はここに集うヤクザ達全て――と半裸姿のハゲも含めてだ。暴漢という名の全てを、それよりも圧倒的な数を持って鎮圧している。
そんな姿を見て僕は思い知る。
この街を真に支配しているのはヤクザでも政治家でもなければ、そもそも人間ですらないと。
「利蔵……何時の間にこんなにお友達が」
我々がそうであるのだと――主人の膝元で喉を鳴らす三毛猫が、黙して語っているような気がした。
次回で終わりです




