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珈琲を飲めば桶屋が儲かる  作者: 弱男三世
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武澤大雅 2


 玄関前にそびえる支柱は、家屋というより神殿を思わせる。敷地一面を芝生がビッシリと覆い、丁寧に刈り込まれたトピアリーが点々としている。

 洋風な街並みの中でも特にらしさを強調している豪邸だった。そこに住まう住民も例外ではない。バルコニーへと繋がるガラス戸の向こうで、地毛と思しき金髪が揺れている。


 歳は二十かそこらか。白い肌にはニキビが浮かんでいて、だるんと弛んでいる。暖房をありったけ効かせているだろう? 一枚の肌着からは下腹がぷくりと膨れ上がっており、手に持ったピザの切れ端がその原因をありありと伝えている。


「あれがアニキの?」

 

 そこから幾分か離れた格子状の門扉。コソコソと身を隠すサブは、背後の大雅へと語り掛ける。


「…………ああ」

 大雅は目を逸らしつつ、蚊の鳴くような声で肯定する。それはターゲットに気づかれない為ではない。どちらかと言えば罪の告発に近く――認めたくないことを突き付けられているが故の小声であった。


「えーと……ゴミ攫い?」


しかしこの弟分。思ったことをそのまま口にするクセは治っていない。

 率直過ぎる感想を前に、大雅はピキリと青筋を走らせた。


「仕事だ」


「四時受けの?」


「……あぁ見えてもかなりの重要人物らしい。なんでも『ばずってるゆーちゅーば』とかいう奴らしくてな。カタギへの影響力も強くて、だから俺に任せられてだな」


「ただのアメリカンなデブじゃないっすか。手柄もクソもないっよね? みんなムショに入るのが嫌だから、上からたらい回しにされたってだけの話じゃ――あだぁ!!」


 鉄拳制裁(二度目)。

 無駄に腕っぷしだけが強い一発にサブは悶え苦しむ。


「あだだだだだ……!」


「ふん! ちょぉぉぉっと俺が落ちぶれちまったからってよぉ、デカイ口叩いてんじゃねぇぞ」


「い、いや……そんなつもりは、ねっすけど」


 涙目が大雅を捉える。そこに非難はあれど蔑みの色はない。良い意味でも悪い意味でも素直なところは何も変わっておらず、おかしいと思ったからこその発言だったのだろう。


「ちっ……!」


 無論、それは大雅自身も理解している。

 何せ仕事は四時団体による四時受けの暗殺稼業。上から下へとたらい回しを繰り返し、理由も因果も分からない。だというのにしっかりピンハネにピンハネを重ねて、雀の涙のような報酬で人を殺せと来たものだ。


「で、アニキはマジでやるつもりなんすか?」


「…………」


「見るからに苦労知らずって感じのアホ面っすけど、カタギっすよ?」


「……………………」


 サブの問いかけに大雅は答えない。首を横に振りたい気持ちはある。同じヤクザ者相手ならともかく、無関係の人間を巻き込めるほど道徳は捨てていない。


「…………今日のところはな」


 それでも否定は出来なかった。十五の時にヤクザになって、大雅はそれ以外の生き方を知らない。口ではどれだけ大きなことを言えても、破門を天秤にかけられることを恐れている。


「サブ。この辺で安い宿は知らねえか?」


「あ……うっす! 宿じゃねえけど、泊まれるところなら」


「案内してくれ。この街には来たばかりで良く知らねーんだ」


 そう言って歩き出そうとする大雅に、サブが目を丸くしては、


「あれ? アニキってこの街の出身じゃなかったっすか?」


 と首を傾げて、さも不思議そうに痛いところを突く。


「前に言ってたじゃないっすか? ガキの頃に工事がうざったかったって」


「…………知らねえな」


「いやいや――絶対言ってたっすよ。アニキって昔のこと言わねえから、結構印象的だったんすよ? 散々酔っぱらって泣き上戸になってましたけど」


「ちっ……!」


 舌打ちを打ちながら、大雅は皮肉だと思った

 人生に行き詰った先で辿り着くのがこの街だということに。


「確かこの街にはアニキの――」


「そんなことより!」


 見覚えのある風景を視界の端に映しながら、大きな声で追及を打ち切る。


「結局お前はどうしたんだ? 轟道会の小間使いになってることは分かった。それでわざわざこんな辺鄙なとこにまで来て、どういうシノギをしてるってんだ?」


「あ、あぁ……それは」


 と、サブは苦虫を潰すような表情。目をキョロキョロと泳がせ、誰に言われるでもなく声のトーンを下げ切っていた。


「その、取り立てっす」


「借金取りか?」


「悪徳っすけどね…………それもちっせーガキを相手に」


「大した仕事だ」


「…………うっす」


 余程嫌なのだろう。見るからに肩がしょぼくれている。

 彼はそういう性格だった。ヤクザ者にしては甘く、それを誤魔化すように見た目と威勢ばかりを取り繕う。

 

 故に喧嘩もしない。カチコミとなれば隅っこで震える。プライベートでは飲み打つ買うの三項目から離れ、薄暗い部屋の中で漫画ばかりを手にしている。「お前ヤクザやめれば?」と大雅が思ったことは一度や二度ではない。


「憂鬱っす。幾ら命令だからって、ガキ相手に揺するなんて……」


「じゃあ四時受けの殺し屋とどっちがいい? 顔も知らなきゃ恨みもない。何がなんだか分かりゃあしない相手をぶっ殺せだぞ? おまけにピンハネされまくって中古車一台くらいの値段で、豚箱入りまで確定させられる仕事だが?」


「借金取りがいいっす」

 

 キッパリ答えるサブに「抜かせ」と大雅は吐き捨てる。去っても残っても結局は縛られしまう。そんなところも皮肉に思えながら。


「あ、もう着くっすよ」


 と、サブは小走りに駆ける。

 取り留めもない軽口を続けること数十分。彼らが辿り着いた先は街外れであった。ニュータウンという名称でありながら、そこだけは大雅の記憶と寸分狂いない。半ばで頓挫した開発計画の名残であり、昭和中期からの趣を色濃く残している。


「……あんだ? このアパート?」


 すなわち――オンボロであった。

 木造建築万歳。おいでませ不快害虫。そう言わんばかりのレトロっぽさで、肝試しのスポットと言われても不思議ではない様相を醸し出していた。


「俺のヤサっす。長期仕事っつーことで、叔父貴連中が用意してくれたんっす」


「どうみても渋ってんだろ」


「違いねーです。でも見てくれはわりーけど、結構間取りは広いんっすよ?」


 そう言ってサブは階段を上がる。その後を追って大雅が錆び付いた段板に足を乗せると、グラグラと揺れていることが分かる。地震でも起ころうものなら、即座に倒壊するのが目に見えた。


「さ、ここがアニキの部屋っす」


 言われるがままに入ると、ガワを裏切らぬ内装が大雅を出迎える。契約も家賃もあったものではなく、空き家を勝手に使っているだけなのだろう。土埃と虫食いでボロボロになった畳が広がるばかりで、家具がない分ある意味では『広い間取り』には違いない。


「ふんっ……」


 そこに大雅はゴロリと寝転がる。当然隙間風だって酷いが、生まれてこの方風邪を引いたことがない。今の自分にはお似合いなんだろうと、そんなことを考えていた。


「サブ。俺は寝る」


「え?」


「旅疲れだよ。起こしたらぶっ殺す」


「…………分かりやした」


 サブは頷き、パタンとドアを閉じる、そこには錠前もなければ、ノブすら外れかかっている。防犯はおろか文化的という言葉さえ遠く離れた部屋の中で――大雅は目を閉じる。

すると雨の音が聞こえた。

 ハタハタと、ポツポツと、雨漏りの冷たささえも頬に感じる。

しかし実際に降っているわけではない。外は快晴だ。単にあの日もこんな部屋で籠っていたのだと――古い記憶に酔いながら、大雅は意識を手放した。


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