中:自分のため、だけじゃない。
キャラクターとのフラグは折りまくる、そう決めたはずなのに。
あの1件以来、レントはよく私に声をかけるようになった。先日一緒に買った本のことや、オススメの小説の話。そして私が書く小説の話も。最初は彼が一方的に喋っているのを聞いている感じで、相槌を打つくらいしか出来なかった。でも次第に慣れてきて、普通に会話できるようになった。
「そういえばクララ。あの時に書いてた小説、続きってある?」
「えっ、あ・・・一応、昨日、出来て」
「マジか!見せて見せて。お前の書く小説、楽しくて好きなんだよな」
手渡したのは、私が夜な夜な書いてきた創作小説。目を輝かせて読んでくれる彼を見て、私はなんとも言えない幸福感に包まれていた。
いつの間にか私とレントの間には、不思議な関係が出来ているみたい。原作では信じられないほど、彼とは良い友人になっている。
創作活動しているのは他の人には内緒にして、そう言えば「分かった」と約束してくれた彼。なるべく学内では秘密にして、図書館やら帰り道やら、2人だけの時に話に出してくれる。こうして誰かから見てくれると、作っている甲斐があるよね。
彼の態度が、原作とは全然違う。私の趣味に共感してくれて、自分の好きな作品を話してくれる。虐められることもなく、誰かと学生生活を送ることが出来ている。それって、こんな感じなんだ。1人でいるときとは違う楽しさを、ようやく実感できている。
レントの誘いは、偶然でほんの一時。そう思っていたけれど、彼はあの時以来、ずっと私に声をかけてくれる。不思議と他の女子から黄色い歓声をかけられているところが全く無い。私がストーリーから外れてるから、展開やら性格やらが変わっちゃったとか?
そういえば二次創作に「レントはクララを好いているけど、攻略対象と仲良くなる彼女を見返そうと、意地悪したり他の女子から人気になってる」っていう解釈があったなぁ・・・。これが、そういうことなのかな。
まぁコレはあくまで想像。本当のことは、レントにしか分からない。
私が言えることは、彼と一緒に過ごす時間は心地が良いこと。こんな日々が続けば良いな、心の底からそう願うくらいに。
だからクララは平民で、学園内では立場が低いことを忘れかけていた。ただでさえ平民であることは、悪目立ちすること。そして原作ではレント以外にも、嫌がらせを受けることも思い出した。
今まで楽しく作ってきた小説が書かれた手帳を含めて、私のノートが何冊も、廊下の流し場でびしょ濡れになってばらまかれていたのを見た時に。
クスクスと遠くで聞こえる、誰かの笑い声。「罰当たりよ」「いい気味ね」とも言われた。きっと犯人だろうけど、そんなのも見る気にもなれない。ここで無闇に騒ぎになれば、私は学園で目立ってしまうから。これ以上悪目立ちしたら、これからの学生生活の平穏を崩すかもしれないから。素知らぬふりをして、水を吸ったノートを取り出していく。
周囲もザワザワと完全に野次馬で、震えながらノートを回収する私をジロジロ見るだけ。お願いだから見ないで、変に騒がないで。そう言う勇気もなく、居心地悪く目立っているのが辛い。ビチャビチャのノートの束をハンカチでくるんで、早足で廊下から去った。午後の授業に出る気力も無くなって、誰もいない裏庭に座り込む。
・・・あ、マズい。何も考えないようにしたら、今度は涙が止まらない。既に持ってきたハンカチは水で濡れてるし、そもそもノートも全部びしょ濡れで、制服の袖も濡れている。ここに涙も出るなんて・・・悔しくて悲しくて、思わず膝を抱えて顔を伏せた。
前世では、どうやって乗り越えたんだっけ。ここまで追い込まれる前に、全部ポイッと諦めた記憶しかない。問題を抱えるのが嫌いで、問題として捉えるのを拒否して、好きなことでストレス発散するばかり。でも手帳をダメにされた今、好きなことを拒絶された感じで・・・。
もう、どうすれば良いか分かんない。もう、どうすれば・・・。
「クララ、ここにいたのか!」
私がモヤモヤと負の感情に飲み込まれそうな時、突然現れたのはレントだった。彼は少し息を切らしながら、私の隣に座る。
「・・・授業、じゃないの?」
「それはそっちもだろうが。いつも真面目なお前が出てないから、何があったんだと思って。今は授業より、お前を優先した方が・・・あ、いや」
うっかり言い過ぎたようで、レントは少し目をそらす。まだ使ってないからと、ハンカチを渡してくれた。私は何も言わずに受け取って、濡れた袖口や涙を拭く。
「酷いよな、人のモノを勝手にダメにしやがって。オマケに周りの奴らも、何も手伝わなかったんだろう?んなコトされたら授業なんて受けられるわけねぇだろ!ゴメンな、あの時近くにいれらなくて。次に犯人やら野次馬に会ったら、ソイツらにがっつり言ってやるから」
それだとレントも悪目立ちするよ、と涙声で言えば「1人でより、複数なら傷は浅いだろ」だって。何それ、どんな時でも私と同じ場所にいてくれるの?ひねくれた優しさに、また泣きそうになると・・・彼はそっと、抱きしめてくれる。
・・・あったかい。人の温もりを感じるのは、いつぶりかな。驚いて見上げた彼の顔はなんともない、って言いたげだけど、どこか照れてるのが分かっちゃう。思わずフフッと笑ってしまった。
「な、何だよその笑いっ」
「エヘヘ・・・ごめんなさい、でも嬉しくて」
なら良かった、と言い方は素っ気ないけど、相変わらず抱きしめてくれている。やっぱり彼、優しい。私を心配してくれる、唯一の存在。なんて思ってると先程より強く抱きしめられて、レントは力強く話し出した。
「ったく、お前はいつも1人で何でも抱えやがって。立場とかもあるだろうけど、教室でもどこでも1人で、話しかけるなオーラもちょい強かったぞ」
あれ、そうだったの?1人でいようと思ってたのが周りにバレてたと聞いて、私はちょっと恥ずかしくなった。いや、今更だけどね。逆にちゃんと意思表示が出来てたってことにしとこう。
「俺さ、最初はお前のコトは何とも思ってなかった。名前と顔が一致しなかったし、別に関わらなくても良い奴ではあったよ。
でもあの時、俺が本好きなのを受け入れてくれたよな?なんともないと思ってるみたいだけど、スッゲぇ嬉しかったんだよ。ウチはそれなりの実業家で、両親は無駄な知識を入れて欲しくないみたいな立場でさ。俺が小説読むのを良く思ってなかったんだ。家の繋がりが必要な学生には、告げ口されそうで一切言えなかったんだ。
本当の自分で関われるのが、こんなに嬉しいなんて。俺、初めて知ったよ」
そんな風に思ってくれていたなんて。彼の話を聞いて、私の胸はじんわりと暖かくなってきた。私が思った以上に、私は彼にとって大切になっている。私のことを大事にしてくれている。
「だから・・・さ。いや、深い意味は無い!無いんだけど・・・もし何か困ったことがあれば、頼れよな!俺もお前を、気付かれなくても良いから救ってやりたいから!!」
ゲームのような特殊すぎる場面。でも彼はゲームのように気取りもせず、ただただ本音のまま私に告げてくれた。さっきまでと違う涙が、ポロリと流れていく。あわあわと慌てる彼が、どこか愛らしい。
自分のためだけに過ごしてた学生生活は、いつの間にかレントも幸せにしたくなっていたみたい。
前世とか乙女ゲームとか関係なく、私はただただ、今の彼に惹かれていた。
「下」は本日夜に投稿します。