95.南へぶらり行商の旅
がたごとと揺れる馬車に乗って僕たちは一路南へと向かっていた。まぁ乗ってと言っても御者台に僕とサラが居て、キャロは馬車の横を歩いてるしエンジュは馬車の上をのんびりと飛んでいるので、実質半分の人数しか馬車には乗っていない。
「良い天気だねぇ」
「はい。偶にはこうしてのんびりとした旅っていうのも良いものですね」
春のうららかな日差しを浴びてついついあくびが出そうになる。そんな僕を見てサラがにっこり笑って自分の膝をぽんと叩いて膝枕を勧めてくれるので、お言葉に甘えてちょっと休むことにした。今休む分、夜の見張りは頑張るという事で。
サラの膝に頭を乗せれば、ふわりとした感触が頭を包み込み、同時にサラの手が優しく僕の髪を撫でてくれる。
「これで世界が平和だったら言う事無いんだけどね」
「少なくともこの馬車は平和ですから安心してゆっくり休んでください」
「うん。キャロもエンジュも1年前から更に腕を上げたみたいだね」
「ふたりともアル様が起きたらびっくりさせるんだって頑張ってましたから」
僕たちが今居るのは盾の国から国境を2つ越えた魔法の国だ。剣の国は国境の検問が厳しすぎて通るのを断念した。代わりに西の槍の国に渡ってから南へと進んでいる。お陰でバックラー伯爵にも久しぶりに挨拶出来たし、僕としてはそれ程悪いコースでもないと思ってる。最短最速で向かうルートに比べると10倍近い時間が掛かるけど、それはそれだ。特別急ぐ訳でもないし。
「それにしても国外に出てよく分かるね」
「はい。この国に入ってもう6度目です」
何がって魔物の襲撃がだ。
僕らの視線の先ではキャロが次々と魔物であるウェアタイガーを屠っていってる。以前なら頭を爆砕して返り血をどばどば浴びながら倒してただろうけど、今は逆に魔物からはほとんど血が出ていない。強いて言えば鼻や耳から血が垂れて来ているくらい。
「あれは以前僕が熊の魔物相手に見せた技の応用かな」
「そうみたいですね。訓練で味方で試す訳にもいかないからって色々悩んでいました」
「成功したら即死技だからねぇ」
僕は盾でやったから比較的簡単だったけど、あれをポールアックスで再現するのはどれだけ訓練を重ねたのか。
それと視線を上に向ければエンジュが弓の弦に指を当てて矢を番えずにピンピンと引いていた。と言っても別に遊んでる訳じゃない。あれは魔法で風の矢を生み出して放ってるんだ。狙ってるのは1キロ近く離れてる林の中かな。
「ご主人様~。林の中に隠れていた盗賊、倒しておきました~」
「うんありがとう。お疲れ様」
「それと林の向こうに武装した集団が居ます。
盗賊っぽくは無いですけど騎士の中に変な格好の人が混ざってます」
「ん?どれどれ」
エンジュの言葉を聞いて起き上がった僕は馬車から降りてジャンプでエンジュの居る所まで飛び上がった。そしてそのままエンジュの横に立って遠くを眺める。するとなるほど、馬に乗って移動してくる30人程の集団が見える。
「あれは、多分この国の騎士と魔導士の一団だ。間違って攻撃しちゃダメだよ」
「はーい。ってご主人様も空を飛べたんですか?」
空中でエンジュの横に並ぶ僕を見てどうやら勘違いしてしまったようだ。
「これは飛んでるんじゃなくて立ってるだけ。
足元に空気の盾を作ってその上に乗ってるんだ」
「なるほど~」
「それより彼らがこっちに来るみたいだ。
空からお出迎えはちょっと無礼だから地上で出迎えるよ」
「わかりました~」
馬車のところまで戻る僕達。あとキャロも馬車の近くに居てもらう。
そうして僕らが林の入口に来たところで先ほどの一団が近くまでやってきた。
「そこの馬車、止まりなさい」
「?」
若干高圧的な物言いに首を傾げるも、この国はそういう国なのかもと思い直して素直に馬車を止めた。さてどんな態度で接するべきか。少なくとも盾の国の王族であることは隠し通すつもりだけど。
「これはこれは、騎士様と魔導士様の御一行がこのようなところに。
何かございましたか?」
ひとまず下手に出てみれば彼らの中の魔導服を着た男性が前に出てきた。どうやら彼がこの集団の代表ということかな。
「失礼。先ほどあなた方が来た方角から強力な魔力反応を検知したのです。
もしや強力な魔物が発生したのではないかとこうして急ぎ駆け付けたのですが心当たりはありませんか?」
「いいえ?確かにここまでの道中、何度か魔物に遭遇はしましたが特別強いモノは居なかったように思います」
隣で主に魔物を倒してきたキャロの方を見てもそうだと頷いてるので間違いない。それとも僕たちでは気付けないような何かを彼らは検知できるという事だろうか。
ここは魔法の国だし、魔法や魔道具技術では僕らよりも上を行っててもおかしくない。だから遥か遠方から何かの反応をキャッチすることが出来たのだろう。
と考えてた所で騎士の一人が魔導士の男性に話しかけた。
「あのダルク様。この集団見るからに怪しくないですか?」
「なに?」
「え?」
まさか僕が盾の国の王子だってことがバレた? 服装とかも気を使ってよくある行商人スタイルなんだけど。
「この物騒な時に女子供に亜人の奴隷が2人。
よく魔物に襲われずに済んだなと思いますし、盗賊からしてもカモがネギ背負って歩いているようなものでしょう。
普通に考えて無事でいられるとは思えません」
「……確かにな」
ほっ。ひとまず身バレした訳じゃなさそうだ。だけど先ほどより警戒されているのは間違いないか。
それと彼らの概念では亜人=奴隷という認識なのかな。
「我々は第3魔導遊撃隊です。虚偽の報告は重罪になります。
あなた方は何者でどこへ向かっているのですか?」
キリっと問いかけるその姿から責任感の強さが窺える。まぁ話が通じるのは良い事だ。
「僕達はアルファ商会の行商人です。
僕はアル。隣に居るのはサラです。
そっちのふたりは護衛のキャロとエンジュです。奴隷ではありません。
普段は北の方で活動しているのですが昨今の魔物の被害を鑑みて南の癒しの国に僕たちの商品を提供できればと考えこうして旅をしています」
こういう時、嘘を言うと意外とバレるから事実を多少ぼかす位が丁度いい。後から問い詰められても言い訳が利くし。あとよどみなく堂々と話すのも大事だね。
「アルファ商会……あなた方の商品とは何ですか?」
「傷薬を始めとした治療薬です」
「その馬車に積んであるのですね。検分してもよろしいですか?」
「もちろんです。
キャロ、適当に幾つか降ろしてもらっていい?」
「わかった!」
キャロが降ろした箱の中身を見てみれば、1つめは乾燥させた薬草が詰まっていた。
「これは、私でも見たことがある薬草ですね」
「はい。煎じて飲ませることで傷の回復を早める効果があります。
生のままであればすり潰して傷口に直接塗った方が効果は高いです」
2つめの箱からは小さめの瓶に詰まった丸薬や軟膏が出てきた。もちろんビンには札が付いていてどれが何なのか一目でわかるようになっている。
「この軟膏は先ほどの薬草で作ったものです。生のままだと保存が利かないのでこうして軟膏に加工しています。
こっちの丸薬は胃薬に下剤、熱冷まし、鎮痛剤ですね」
「ふむ、流石にこちらは見ただけでは分かりませんね」
それはそうだろう。
ちゃんと知識と経験のある薬師なら、見ただけで何を使ったものでどんな効果があるのかある程度言い当てられるんだけど、彼らはどう見ても薬とは無縁だ。
「もし最近怪我をした人が居るなら軟膏を試してみますか?」
「残念ながら私達は治癒魔法も心得があるので怪我人は居ませんね」
だろうね。魔法の知識があれば肉体強化系の魔法も覚えている筈。そこから派生して基本的な傷を治療する魔法は覚えているだろう。魔力を温存しないといけないほど危機的な状況ならともかく、こんな呑気に会話が出来る状態なら怪我してたら魔法で治療してるはずだ。
「なら手っ取り早く怪我人を作れば良いんじゃないですか?
お誂え向きに奴隷が居る事ですし」
そう言って騎士の一人が剣を抜き放ち、あろうことかキャロに向けた。




