9.バックラー領は西の端
食堂に入ればすでに皆さん席について待っていた。サラの両親と思われる2人の他は兄弟姉妹かなと思われる男女が2人ずつ。みんなニコニコしてるし遅くなったことを窘められるかなと心配していたけど大丈夫そうだ。
「おはようございます。お待たせしてしまい申し訳ございません」
「おはようございます。王子。
いやぁ私としてはむしろ早かったなと驚いているところです。
なぁ、みんな」
サラの父上の言葉に男性陣は深く頷いてるし、女性陣もニコニコとしていて反論は無いようだ。でも皆忙しいだろうし、いくら僕が王子だからって20分も待たされたらイライラしていてもおかしくないと思うんだけど。
「私の妻など普段は優しいのですが怒り出したら1時間は止まりませんからな。
娘たちにもそれが遺伝したのか怒らせると大変なのです。
なので王子を起こしに行く際に『起きていたらお説教です』と呟いていたので、これはまあ当分は帰って来ないだろうなと覚悟していた訳ですよ」
「な、なるほど」
「まぁ積もる話は食べながらでも」
「そうですね」
席について運ばれて来た食事を摂りながらまずは自己紹介をしていく。
バックラー伯爵家はサラの両親のバックラー伯爵夫婦。そしてその長男夫婦。次男、長女、そしてサラが末っ子なのだそうだ。今更だけどサラのフルネームはサラッサ・バックラーというらしい。初めて挨拶された時も聞いたと思うけどずっとサラって呼んでたから忘れてた。
自己紹介が済めば次はこの領地の話になった。
「この地はアイギス王国の中でも西端に位置します。
ここより更に西にはゴブリンキングが支配するゴブリン王国の森が広がっています。過去にはゴブリンは討伐すべしと軍を派遣したこともあったそうですが、今は相互不可侵に近い状態です。
森に入ることは禁止していませんが、森の中で頭にバンダナを巻いたゴブリンを攻撃することは禁じています」
「バンダナ、ですか」
「目印みたいなものですな。王国に所属しない野良のゴブリンも居ますし見分けがつくようにとの配慮のようです。それ以前に人と遜色ない服装をしている事も多いのでバンダナが無くても分かりますが。
あ、野良ゴブリンについては討伐しても問題はありませんよ。基本意思疎通も出来ないでしょうし」
そういえば、昨日会ったゴブリン達も全員バンダナを着けてた。そういう流行のファッションなのかなって思ってたけどそんな意味があったのか。彼らはあの後無事に自分たちの家には帰れたんだろうか。病気だった女の子も施術自体は完ぺきだったと思うけど体力の低下で別の病気を併発することもあるから少しだけ心配だ。
「ゴブリン王国の人達とは交流はあるんですか?」
「森に入る猟師が時々物々交換をするのを除けばほぼありません。
お互いに干渉し過ぎない良き隣人であることこそ円満の秘訣です」
そっか。なら彼らがどうなったのかを知るのは難しそうだな。
ま、僕に出来る事はやった。後は彼ら自身に任せるとしよう。
「北はペルタ男爵領。うちとは昔から家族ぐるみの仲でしてな。妻も息子の嫁のリーナも男爵家の出身です」
「貴族としては他家とも繋がりを持つべきではあるのですけどね」
夫人が苦笑しているけど、本気で言ってる訳では無さそうだ。それだけ仲が良いということなんだろう。
「とは言ってもここは王国の西の端。ゴブリン王国がある以上、これ以上西に発展することもない。
豊かな自然以外に特に特産品がある訳でもないので他の貴族がこの地を欲することも無い。というよりも、ゴブリン王国の事を知らない者たちからすると、すぐ近くにゴブリンの巣があること自体が気に食わないでしょうから排除したくなるけど、その為の予算も人員も馬鹿にならない。それならバックラー家に任せておけばいいという事らしいです。
私達としては中央に出て行く気は無いし、過去の王位継承争いでも中立の立場を貫いてますから今更出てくることは無いだろうと思われてます」
「だから今回、僕が預けられた訳ですね」
権力争いとは無縁の領地。多分かなり珍しいんじゃないかな。そして僕のかかっていた病気。まぁ治癒魔法が効かなかったので恐らく呪いの類だったんだろうと思うけど、つまり僕を殺そうとした誰かが居たということになる。
その誰かは僕が元気になったと知ったら別の手を打ってくる可能性が高い。そうなる前にと安全なここに避難させられたのが今回の経緯。
「最後に南側ですが、こちらは槍の王国と接しています」
うん。……うん?それだけ?
朝食を食べ終えたから話を終えたって感じでもない。なにせゴブリン王国の話をしてた時よりも面白くなさそうに突き離した言い方だったから。仲良くないんだな。もしかしたら過去に小競り合いとかもあったのかもしれないな。