8.さあアル様、お説教です
目が覚めればそこは何処かの屋敷の一室だった。調度品から考えて、バックラー伯爵の領館かな。どうやらあの後は特に問題は無かったようだ。
ガチャッ
「お目覚めですか、アル様」
「うん。おはよう、サラ」
部屋に入って来たサラと挨拶を交わす。サラも旅装束からメイド服に着替えてる所を見ると完全に平常運行って感じだな。
「アル様、お体の具合は如何ですか?」
「よし。至って健康だね」
ベッドから降りて伸びをしながら元気なのをアピールする。うん、旅の疲れも無さそうだ。若いって素晴らしい。
「それは良かったです。ではアル様、そちらにお座り下さい」
「うん?」
言われるままに座ったけど、何故に床?この部屋には椅子もベッドもあるのに。
疑問を浮かべながら顔を上げれば、そこには笑顔のサラが、ってこの顔もしかして怒ってる?
「アル様、お説教です」
「え?」
「お説教です」
「なぜ?」
「アル様に怒られる理由に自覚が無いからです」
なるほど、それはごもっとも。
ちゃんと悪い事をした自覚があるなら怒られずとも反省出来る。でもそうじゃないなら言われないとなかなか気付けないし改善も出来ない。だからお説教。
「……まだ何を怒られるのか分かってない顔ですね?」
「えっと、うん」
「はあぁ〜〜」
僕の返事を聞いて深く溜め息をつくサラ。僕が寝ている間にそこまで深刻な何かがあったのだろうか。まぁあったんだな。少なくとも起きていた間には何もなかったし。
「何か勘違いしてそうな顔ですね?」
「え、顔に出てる?」
「表情は変わってませんが雰囲気で分かります。
伊達にずっと一緒に居りませんから」
確かにサラは両親以上に僕と一緒に居る時間が長い。体調が悪いのを隠しててもすぐに気付かれてたし、殊更そういうことを察知する能力に長けても居そうだ。
「やっぱりサラは優秀だね」
「褒めてもお説教は無くなりませんよ〜」
「だめ?」
「駄目です」
顔が少しにやけているのは見なかったことにしておこう。
そこでふと何かを考えたサラはにっこりと笑った。さっきと違ってこれ絶対に良くないことを考えてる時の笑顔だよ。
「お説教の理由ですが、アル様にも分かりやすく言いましょう。
昨日のゴブリン達との件です。
もしゴブリン達と何かあってアル様が怪我をしていたら私泣きますよ。それも盛大に。わんわん泣いちゃいます。
アル様が何を言っても泣き止んであげませんからね」
「うぇっ」
それは、確かに困る。
自分が怪我するのはまぁ仕方ない事だし、自分が我慢すれば良いだけだ。別にどうということはない。
でもサラに泣かれたらどうして良いか困ってしまう。しかもそれが自分のせいなのだから。謝っても許してくれないみたいだし。
「そして万が一にも死んでしまったら、私も迷わず後を追って死にますからね」
「いや待って。それは約束が違う」
「違いません。アル様との約束はアル様が死んだ時点で無効です」
サラには、僕に仕えてくれることになった日に『何があっても死なないこと』を約束してもらっている。僕は身近な人には元気で居てほしいし、僕が彼女に返せる事といえば彼女を護ることくらいだからだ。
しかし僕の軽はずみな行動次第では僕が彼女を殺す事になりかねないのか。
それは、なんとも恐ろしい。
「分かりますね?
それだけアル様の命は大事なのです。
アル様の事ですから無理をするなと言ってもまたするでしょう。でもその前に私達をお使い下さい。
昨日のゴブリンを助けに行く時だって私達を置き去りにしないで下さい」
「はい」
「アル様の命令なら私達は喜んで動きますからね。遠慮は禁止です」
「はい」
「顎で使うなり、馬車馬のようにこき使うなりして良いのです」
「いやそれは」
「良いんです!それだけのものを普段アル様は私達に与えて下さってるんですから。
分かりましたね?」
「はい」
頷き人形よろしくサラの言葉に首を縦に振る。そうしているとようやくお叱りタイムが終わりを迎えたようだ。
「ふぅ、アル様も少しは反省してくれたようなので今回はここまでにしましょう。
朝食の準備が出来ていますので身支度を済ませて食堂に向かいましょう」
「うん。……うん?」
あれおかしいな。なぜサラは朝食の準備が出来ていることを知っているんだろう。さっきからずっとここに居るのに。
……もしかして最初から朝食の為に僕を起こしに来た?仮に僕の分だけ用意してくれてるならここに持ってきているだろう。つまり誰か、多分伯爵達と一緒に食べるんだと思う。
「もしかして皆を待たせてる?」
「大丈夫です。多少待たせても問題ありません」
「いやいや、気心が知れた相手なら兎も角、やっぱり第一印象って大事だと思うんだ」
「大丈夫です。所詮私の家族ですから」
「え、家族?」
サラの言葉に首を傾げながら、ともかくこれ以上待たせてはいけないと急ぎ支度をして食堂にいけば、なるほどサラの家族だなと思える人達が待っていた。