7.ゴブリンの感謝
今回は他者視点です。
「僕は寝るから後よろしく」
そう言って王子はすぐに寝息を立て始めました。それを見て慌てるゴブリン達。突然コテンと行きましたからね。見慣れてないとそうなります。
「ダ、大丈夫、ナノカ?」
「はい。恐らく魔力切れだと思います。
アル様はしっかりしていますがまだ5歳の子供ですから」
通常魔力を消費すると、使用者の最大魔力量に反比例して疲労が蓄積します。なので魔法を覚えたての魔力量の少ない子供はよくこうして魔法の練習の後はそのまま寝落ちします。流石の王子でもそこは変わらなかったようですね。
穏やかな寝顔は年相応で、でもその両手はゴブリンの血で真っ赤というアンバランスさ。貴族の中にはゴブリンの血は穢らわしいと嫌う者も居るのに王子は嫌な顔ひとつしませんでした。むしろ近くで見ていたティーラの方が顔色がよくありません。
私は布巾を取り出してその手を丹念に拭き取りながらゴブリン達に聞きました。
「あなた方はゴブリン王国の者だとは思いますが、それでも人の街に入れるかと言えばなかなか難しいと言わなければなりません」
「分カッテイル。ソレデモ、娘ノ命、救イタカッタ」
「多分ここで偶然アル様が通りかからなければ治療も受けられずに死んでいたでしょう」
「ソウダナ。間違イナク、彼ニ救ワレタ。
彼ノ名前、知リタイ」
名前。まぁ彼らは人族ではないし教えても今後会う事も無いでしょうね。
「この方はアイギス王国のアルファス王子です」
「ヨシ、覚エタ。
彼ガ起キタラ、伝エテホシイ。
俺ハ、ゴラフ族族長ゴーラム。
ゴブリンハ、受ケタ恩、死ンデモ忘レナイ。
ゴリアン・アルファスニ、心カラ敬意ト感謝ヲ」
そう言ってゴブリン達は胸の前で拳を突き合せた後、頭の上に持ち上げました。これは確か、ゴブリンにとっての最大級の礼の仕草ですね。
それが済めば彼等はそっと娘を抱き上げて森へと帰って行きました。その姿が見えなくなった頃、それまで呆然としていたティーラがポツリと呟いた。
「あれが噂に聞くゴブリン王国のゴブリン。
もう普通の人と見た目以外は違いがないな」
「むしろ下手な人間よりも誠実で礼儀正しいかもね」
「確かにな。
ところで彼らが言っていたゴリアンというのはどういう意味だったんだ?」
「さあ。話の流れから考えて尊称の一種じゃないかしら。
それよりアル様を馬車に運ぶのを手伝って。早く落ち着いた場所で寝かせてあげましょう」
「ああ、分かった」
二人がかりでそっと王子を馬車に運び込んだ私達は、王子を起こさないように静かに馬車を走らせ、無事に領都に到着するのでした。
……
…………
………………
気が付くと私は自分の寝床に居ました。
いや、それ自体は何も不思議なことは無いんだけど、いつもならここで脇腹を大蛇に喰い破られるような激しい痛みに襲われていた。でも今日はどれだけ待っても穏やかなままだ。むしろ脇腹がポカポカと暖かい。
「おや、起きたのかい」
「あ、オババ様」
声の方をみればオババ様が優しい目で私を見ていました。オババ様は私達の集落で最長老のお婆ちゃんです。噂では70年以上生きているのだとか。
「身体の調子はどうだい?どこか痛む所はないかい?」
「うん、どこも痛くないよ。
……もしかしてこれ、まだ夢の中なのかしら」
夢だというなら痛みを感じないのも穏やかな気持ちで居られるのも納得です。それならずっと覚めないで欲しいな。
「残念だけど夢じゃないよ」
「そうなの?」
「ああ。キャロ、お前の病気は治ったんだ」
「オババ様でも治せないって言ってたのに。
神様が奇跡を起こしてくれたの?」
「いいや、違う。
お前を助けたのは人族。名をアルファスと言うそうだよ」
アルファス。何処となくゴブリン王国の始祖アルゴス様と語呂が似てる。ということはもしかしたら始祖様のご加護だったのかな。
と、そこまで考えてはっと気がついた。
「人族に助けられたって、もしかして」
「ああ。ゴーラム達はお前を連れて人里に行ってきたらしい」
「族長自らルールを破ってどうするのよ」
昔からの習わしで森を出て人里に行くことは禁止されている。それは無用な諍いを避けるためだ。
人族の多くは私達を見たら魔物だと言って攻撃してくるか、馬鹿な奴らだと騙すかのどちらかだからだ。幸い最近は人族の族長もまともな人になったのか森の中に攻めてくる事は無いそうだけど。
「今回は人里に辿り着く手前で通りがかった者が助けてくれたらしい」
「そう。それは良かった」
「その者はお前の苦しむ姿を見て躊躇うことなく手を差し伸ばしてくれたそうだよ。
薬を飲ませ病気を治し、その代償に倒れてしまったらしいけどね」
「た、倒れたって大丈夫なの!?」
「聞けば魔力切れと、あとお前に飲ませる薬、恐らく麻酔効果のあるものだろう、それを自ら咀嚼して調合したと言うんだ。飲み込んでなくても自分にも薬の効果が出たんだろう。
どちらにしても一晩寝れば大丈夫さ」
「そっか」
良かった。これで私を助けた人が代わりに死んでましたって言われたら申し訳ないもの。
「いつかお礼を言いに行けるかな」
「どうだろうね。
でも。受けた恩を忘れてはいけないよ」
「うん、分かってる。神より尊き方に心から感謝を」
そう言って私は人族の集落がある方角に向けて祈りを捧げたのでした。いつか必ず直接お礼を伝えに行きます。