56.悲しみの後は
僕らが謎の実験施設から戻った翌日の夕方。村では盛大なお祭りが執り行われていた。と言ってももちろんその規模は村人の人数相応だ。全員で村の広場に集まって飲めや歌えやと大騒ぎするだけのもの。
「さあ、肉が焼けたよ~」
「「待ってました!!」」
「「わーい♪」」
山で狩ってきた魔獣の肉を焼き、持ち込んだ香辛料で味付けをする。シンプルに塩だけでも十分美味しいんだけど、やっぱり独特の臭みがあるからね。酒飲みはともかく子供たちにはちょっときついのでハーブや森の薬草も使って臭みを消すひと工夫をしてある。
「肉うめぇ~~」
「あちし、こんなおっきいお肉食べるの初めて~」
美味しそうにステーキ肉に齧り付く子供たちにほっこりしつつ、彼らのお皿に一緒に焼いた薬草やキノコもじゃんじゃん乗せて行く。
「肉だけじゃなくこっちの野菜も一緒に食べるんだよ」
「「は~~い」」
さすが田舎の子供は野菜とかも好き嫌いなく食べてくれる。どっちかというと問題は大人の方だよね。
「アルフィリアの伝道師にかんぱーい」
「いえーい」
「バックラー伯爵にかんぱーい」
「いえーい」
「我らが救世主アル様にかんぱーい」
「いえーい」
もう完全に出来上がっちゃってる。お酒のみはどうしてあんなにお酒ばっかり飲めるのか不思議でならない。僕は前世も含めてお酒はあんまり好きじゃなかったからイマイチあの感覚が理解出来ないんだよね。酒好きにそれを言ったら人生の9割損してるって言われるんだけど。
ちなみに今回の立役者であるバーラさんは高齢という事もあって、あの酒盛りに巻き込まれることは無く少し離れたところで年配の方々とのんびりお茶とご飯を堪能している。
「もう。アル様も今回の功労者なのですから。
そんなところでお肉焼いてないで皆から持て成されてください」
「何を言うんだサラ。
ここに居れば自然と子供たちも集まって来て笑顔を見せてくれるし、大人たちとは焼きながら自然と会話も出来る実に便利なポジションなんだよ。
それと万が一肉に異常があったらすぐに気が付けるしね」
黒斑病に関しては魔力反応も無いし、元々熱に弱いのでこうして焼いてしまえば確実に死滅してるのは間違いないんだけどね。それでも別の病気も持ってる可能性も無くは無いし、警戒するに越したことはない。もちろん焼きながら皆と会話するのも重要なことだ。
お祭り。それは神様に感謝を捧げるって意味もあるけど今回の本命は鎮魂と慰霊、そして生き残った皆を元気づける意味合いが強い。
子供たちにはお腹いっぱいになって笑顔になってもらって、大人たちは流石にそこまで単純に割り切れないだろうからお酒の力も借りて馬鹿騒ぎをする。そうして大切な人を失った悲しみを乗り越える大切な儀式。
今でこそこうして笑ってくれているけど午前中は合同のお葬式を執り行ったばかりだから。
「あ、あの!」
緊張した面持ちで声を掛けて来た親子。何処かで見た覚えがあるような?
「村に来て視察の最中にアル様に向かって嘔吐した子です」
「ああ、あったね。そんなこと」
それでどこか申し訳無さそうにしてるのか。サラはちょっと憮然としてるけど、僕は全く気にしていない。今の今まで忘れてたくらいだし。
それより気になるのは。
「お母さん、生きてたんだね」
「は、はい。すみません」
「この子、私が急に寝てしまったのを見て勘違いしたらしいんです」
「そうだったんですね。無事で良かったです」
あの時は取り乱す少女を抑えるのに忙しくて、更には彼女の嘔吐で僕も病気に罹ったんじゃないかと発狂するサラの対応の為にお母さんの生死の確認をする間も無かったんだった。
「それより聞けばアル様はやんごとなきお方であるとか。
それなのにこの子がアル様に病気を移してしまったと聞いた時には気が気ではありませんでした。
この期に及んでは死んでお詫びを、とも考えたのですが騎士の皆様に止められてしまいました」
「そうですね。折角助かった命を無駄にするような真似は最も僕の嫌う所です」
まったくこっちが身体張って助けたっていうのに、同じように薬を飲んでそれでも助からなかった人も何人もいるんだ。無事に生き延びたなら変な事を考えずに平和な日々を謳歌して欲しいものだ。
「何か私達に出来る事はないでしょうか」
「アル様の為なら何でもします!」
いやそんなことを言われても困る。そもそも何か見返りを求めて助けた訳でもないし。僕としては「ありがとう」って一言お礼を言って元の生活に戻ってくれれば十分だ。でもそれを伝えても納得はしてくれなさそうだな。なら。
「それならこの村をお願い」
「村を?」
「うん。僕らがここでやることは終わった。後のことはここで暮らす人達に任せる事になる。
だけど病気が治ったとはいえまだまだ大変でしょう?
今は夏とは言え畑は壊滅状態。頑張らないと冬を越せない人だって出てくる。
だから僕が居なくなった後もみんなが一緒に笑顔で生きて行けるように協力して行って欲しい」
「そんなこと言われなくても」
「うん。頑張ってくれると信じてる」
「!」
ただ静かに少女に頷いて見せる。そんな僕に何を感じただろうか。彼女がぐっと何かを堪えたかと思うと深々と頭を下げて母親と一緒に離れて行くと酔っ払いたちの中に入って行った。
「こらーーっ。おじさんたち飲み過ぎよっ!!」
「おぉ、ヒナちゃんも飲むかい?」
「飲まないわよっ。ほらジードさんそんなところで寝ちゃダメよ」
おぉ、気合が入ってるなぁ。まあそれくらい元気があった方が良いか。
そうして僕たちはおじさん達が酔いつぶれるまで賑やかに過ごしたのだった。
翌朝。僕たちは日の出と共に村を後にした。
「アル様。挨拶もせずに行くのですか?」
「挨拶なら昨日のうちに済ませたよ。
それに僕らにはまだまだやることがあるしね」
「やること、ですか?」
「うん。主に騎士団の皆に頑張ってもらうけど」
そうして僕は騎士団の皆に仕事をお願いしつつ伯爵領へと帰ったのだった。
その1週間後。
方々に散ってもらった皆が流した噂によってあの村がアルフィリアの伝道師によって救われた事が広く伝わって行った。同時に司祭だとか司教だとか言う偽物が居るという話も添えてもらった。これで少しは影響が出てくれればいいけど。




