33.応接室にて
お茶を運んできた首輪を付けた少女は年齢だけで言えば僕よりちょっと上くらいに見えた。ただ僕と大きく違うのはその背中に鳥のような翼があることだ。飾りではないだろうし、つまり僕らとは若干違う種族だということだ。
まぁそれは大して問題では無かったりする。地域によっては蜥蜴のような鱗で手足が覆われている種族も居るし、馬や蛇のような下半身の種族や水中で生活する種族なども居るので。彼らの事を侮蔑を含んで亜人と呼ぶ人も居るけど僕からすれば意思の疎通が出来れば同じ人だ。
そう言う意味ではゴブリン王国のゴブリンも人と言えるだろう。もっとも、王国外の野生のゴブリンは意思の疎通が全くできずただ襲い掛かってくるので魔物扱いだけど。魔物と彼らを呼び分ける為に魔人と呼ぶ場合もある。
と、ちょっと話が脱線したけど、何が言いたいかというとその少女は紛れもなく人だということだ。アイギス王国では奴隷は認めていないのでペットのように首輪を付けて他人を隷属させることは違法に当たる。他の国では知らないけど。
「あ、あの。ど、どうぞ」
「うん、ありがとう」
僕の前に湯気の立つ2杯のお茶を置いた少女はビクビクしながら一歩下がった。多分そのまま退室するつもりなんだろうけど、僕が呼び止めた。
「ねえ、綺麗な翼だね」
「え、あ、いえ、その」
怯えたような仕草をする少女は、司祭の方を見た。それは助けを求めるような目ではなく、叱られるのを恐れたような不安が浮かんでいた。その様子をみれば普段司祭にどう扱われているのかは想像に難くない。
僕は重ねて彼女に呼びかけた。
「少し触らせてもらえないかな。司教様、良いですよね?」
「ええもちろんですとも。ほらエンジュ、何をボサッとしている。早く彼の隣に行きなさい」
「は、はい」
わざと司教と間違えてお願いしてみれば、ほくほく顔で許可を出す司祭。
彼の許可と命令を受けて怯えながら何とか僕のそばまで来てくれた彼女に対し、僕は背中に手を回してその翼にそっと触れた。
「ちょっとだけ我慢してね」
「はい。……んっ!」
彼女の驚く様子が司祭にばれない様に認識阻害の魔法で護りながら、僕は触れたところから彼女にそっと魔力を流した。
(……あぁ、やっぱり)
彼女には虐待の跡と思われる傷が幾つもあるようだ。僕は司教からは子供が珍しいものに触れて喜んでいるように見せかけながら手早く治癒魔法を掛けて行く。といっても時間も無いし気付かれないようにしないといけないので完治には程遠い気休め程度になってしまった。
それでも少しは身体が楽になった様子に妥協して彼女から手を離した。
「ありがとう。もう良いよ」
「はい。その、失礼します」
退室する彼女を見送りつつ、満足しましたといった顔で司祭に向き直る。
「流石司教様ともなると素晴らしいモノをお持ちなんですね」
「いやはや随分と気に入っていただけたようですね」
「それはもう。あ、もしかして彼女以外にも居たりするんですか?」
「ええ。ですがまぁその話は後でしましょう。
それよりお茶が冷めてしまう前にどうぞお飲みください」
勧められるままにお茶のカップを手に取ろうとして、司祭の手元にお茶が無い事に気が付いた。
「あれ、司教様の分がないですね。
あ、あの子が間違って司教様の分をこっちに置いてしまったのか」
「いえ、それはそちらのお嬢さんの分です」
「この子には不要ですから、どうぞまだ手も付けていませんので司教様がお飲みください」
「はぁ、そうですか」
ちょっと強引だったかな、と思いつつもティーラの前にあったお茶を司祭の前に差し出す。それとこれは礼儀作法としては良くないんだけど僕は懐から小瓶を取り出してその中身を少量カップの中に入れた。当然それは向かいに居る司祭の目にも止まる。
「あのそれは?」
「最近流行のハーブなんです。お茶に入れると香りが引き立つのでこうして1回分を持ち歩いてるんですよ」
「ほほぉ、そんなものがあるんですね」
司祭に答えながらさも美味しそうにお茶を半分ほど飲んだ。それを見てほくそ笑む司祭。
さてここからが僕の演技力が試されるところだ。このお茶、というか飲むと頭がぼぉっとして難しい事が考えられなくなる毒薬茶なんだけど、今ハーブと偽って入れた中和剤のお陰もあって僕には一切効かない。だけどそれを悟られない為に効いてるフリをしないといけない。どれくらいで効果が出始めて切れるか、強さはどれくらいか、そう言った事を考えながら不自然じゃないようにしないと。
「美味しいお茶ですね」
「ありがとうございます。お替りが必要でしたら持ってこさせますので遠慮なく言ってください」
「はい。あ、それでお祈りに必要なものがあるんでしたっけ」
「ええそうです。ええと、あったこれです」
司祭が近くの棚から取り出したのは、子供の手のひらに乗るサイズのタリスマンだ。その端に輪になっている部分があるのでそこに紐を通して首から下げるのだろう。そして表面には胸元豊かな大人の女性が彫られている。
「これは、フィリス様の姿絵ですか」
「そうです。美しいでしょう?」
「え、ええ。そうですね~」
これ本人が見たらどう思うんだろう。多分激怒して跡形もなく踏み砕きそうだ。なにせ実際の女神様はとてもスレンダーな容姿だし。こっちの姿は男性の願望を形にしたものなんだろうな。
そして、これを持っていると微弱ながら魔力を吸われてるのが分かる。まさか吸魔の魔道具か。これを普段から身に付けさせることで本人には気付かれない内に魔力を少しずつ奪い取るんだろう。でも流石にこれにはそれ以上の効果が無い。集めた魔力をどうするんだろう。
っと、そうだ。そろそろ薬の効果が出てくる頃かな。
「えっとぉ。これを持って女神様にお祈りすれば良いんですよねぇ」
「ええ、ええ。そうですとも。そして月に1度こちらにお越しください。
奥に礼拝堂がありますのでより女神様に祈りが届く事でしょう」
「月に1度ですねぇ」
「はい。よろしくお願いします。
それと、そのタリスマンですが、それなりに高価なものでして。
お譲りする代わりにご寄付をお願いします」
ぼやっと視線を彷徨わせつつ口調を変にしてあげれば、あからさまに嬉しそうな顔をする司祭。まぁ薬が効いていればそんな司祭の様子を見ても変には思わないのかな。ティーラは、必死に我慢しているけど、今にも飛び掛かりそうだな。
「寄付ですねぇ。どれくらいしましょぉ」
「そうですね。銀貨20枚ほどお願いします」
吹っ掛けて来たなぁ。このタリスマン、魔道具になっている事を考慮しても銀貨2、3枚が良い所だろうに。
「わかりましたぁ。でも今手持ちのお金がないんですけどぉ」
「そういう事もあろうかと、証書も用意してあります。
こちらにご自身のお名前をお書きください」
いや思いっきり売買契約って書いてあるから。
心の中でツッコミを入れつつサッと証書の内容を確認すると『かの者から商品を金貨20で買った』って書いてあるんだけど。後から聞かれたら「聞き間違えたんじゃないですか?」とでも言うつもりかな。ま、良いんだけど。
「えっと『アルス・バックヲー』。これで良しっと。はい」
「ええ、たしかに」
僕の汚い署名が入った証書を受け取って司祭は満足げだ。
それにしてもアルス・バックヲーって誰だろうなぁ。




